ユラシア戦争。現在から二十五年前の
ユラシア戦争。現在から二十五年前の第二暦九〇五年、ユラシア大陸を舞台に大国同士が戦火を交えた争いは、そのように呼ばれている。
兵士と民間人を合わせて死者一千万人、負傷者八百万人を出したと言われるが、正確なところは不明だ。あまりにも被害の規模が大きすぎたゆえに。
勝ったのは、ユラシア大陸東部を支配するシベリア共和国連邦。文明が崩壊した二千年前のポールシフトにより温暖化し、地下資源の開発が可能になったことと海上交通の要となったことから発展した広大な国だ。
類似の経歴を辿った国は、かつて北極海と呼ばれた新中海の沿岸に二つ。
まず同じユラシア大陸の西部、スオミ大公国。法創術と呼ばれる古代奇蹟の言語を公用語とする魔導大国。破壊神セラとその眷属たる魔女ルースアに関わりがあるらしく、五百年程前まで最大宗派だったセレス教団からは異端視されている。
もうひとつは、ユラシア大陸の対岸にある北イーリカ大陸のイーリカ連邦。およそ百年前から急速に科学技術を進歩させ、法創術や真言法に頼らず発展してきた。宗教的には多元主義の立場を取っているが、セレス教徒の色彩が最も濃い。
なお、シベリアの主な信仰はリゼ教。悟りを開いた仙人を崇め、自らも道士として道を模索するというもの。神の救いを求めたりしないが、神の存在を否定もしない。暮らしと経済を支える技術的な体系は、どちらかといえば科学寄り。
新中海沿岸の国にはユラシア大陸最西端のライン連合王国もあるが、ここはポールシフトの結果寒冷化した土地。列強として立つには条件が悪すぎた。
新たな世界の中心、新中海沿岸の情勢は概ねこのとおりである。
『神々の黄昏』以降最大の戦、その戦勝国同士でも明暗は大きく分かれた。戦略物資を大量に売りつけて莫大な利益と債権を得たイーリカ。一方直接戦うことが多かったシベリアの被害は大きく、相対的な地位の低下を余儀なくされている。
列強の一角スオミ大公国は大敗を喫し、戦後処理で武装解除――主武装は国民のスオミ語能力ゆえ、軍事的に弱体化させる効果は低いのだが。国家予算の数十年分という莫大な賠償金を課せられ、青色吐息の経済は通貨危機を繰り返した。
それでも必死に働き、スオミは驚異的な復興を遂げる。しかし、その手に入れた富は民の懐や国庫に残らず、大半を戦勝国が吸い上げてゆく。
こんなのは、おかしい。たった一度負けただけで、何故こうも虐げられなくてはならないのか?たった一度勝ったくらいで思いのまま。そんなの間違っている。
スオミは象徴君主制、事実上の民主国家である。ゆえに政治は民衆の報われない想いを吸い上げてゆく。以前にも増して強くなった国力は政府と国民に自信をつけ、とうとう賠償金の支払いを拒否するに至った。戦勝国側が黙っているはずはない。
しかし、ここで更に大きな問題が発生する。
経済不況だ。生半可なものではない。恐慌と呼ばれる規模の金融不安。
戦勝国で最大の力を持つイーリカも、スオミに圧力こそかけるがそこまで。最悪の事態を招くことだけは拒絶した――すなわち戦争である。
広い意味では現状に満足し、目先の不況を何とかしてほしい戦勝国民。現在の国際秩序、ひいては富の配分ルールそのものに不満を抱く敗戦国民。同じ苦境に置かれても、その感覚差がそれぞれの政府を真逆の方向へ走らせようとしている。
これがユラシア戦争後における国際情勢のあらましだ。
時を同じくして、国際社会の表舞台に頭角を現してきた国がある。
ニケイア皇国だ。千年前にドーア帝国が滅亡したとき、世界首都だった列島を逃れてユラシア大陸南方の島へ移住した人々の国である。
ニケイア人は『幻の民』とも呼ばれていた。世界各国が原種人類だけの国を築く中、様々な亜人種を分け隔てなく受け容れたゆえ。
一方で言葉の壁が高く、ニケイア語かタイヤン語を習得できなかった者は移住を諦めてしまうことも。そういうエルフは黄金樹の結界に閉じこもり、ドワーフとホビットは遥か南西の大陸へ去った。ワンテとニャッテは、元より数が少ない――それゆえの『幻』。
他国と違うことをするのには、当然ながら理由がある。
伝説によれば、神代のニケイア人が全ての亜人種を生み出したからだと。今も子孫達は、その責任を果たそうとしているのだと。
よく言えばお人好し、悪く言えば世間知らず。善意をもって接すれば、大体分かってもらえると信じている。基本的に他人の悪意は想像しない。
それは穢れたことだからだ。言葉にするほど意識していないが、よくないことだと。他人は警戒し疑うものだという、世界共通の常識が通じない。この一点だけを取ってみても、彼らが亜人種を受け容れるのは単純な創造者責任ではないと分かる。
ニケイアは、亜人種への理解を求めていた。人種平等という国是実現のため。
スオミは、経済的な救いの手を求めていた。自分達に不利な秩序を覆すため。
選択の余地はなかった。他に現状変更を望む国が存在しない。
二つの国が同盟を結んだところから、この物語は始まる。




