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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
幸色の季節  ~第二暦450年~
54/210

「いろいろ、あったわよね・・・・・・」

「いろいろ、あったわよね……」


「何だ、突然昔語りとは。そろそろ寿命か」


 ルーナのしみじみした呟きを、ドラッドが混ぜかえす。


「うっさい。修業だとか偉そうなこと言って、結局ただの家出だったでしょうが」


「お前さんもな。歳に見合う実力がないから、村に居づらかったのだろう」


 帝国時代の遺跡を調べる仕事の後、その依頼主であるエルフの里に寄ったとき。冒険者達は大いに歓待され、そして仲間の昔話を聞かされた――酸いも甘いも。


 優れた才能を持つエルフの端くれでありながら、たまに家事手伝いをするのみで己を磨こうとしなかった怠け者。無論、同年代からも後輩からも相手にされない。唯一構ってくれたのは、幼い頃に面倒をみたうちの一人だけ。


 里のために大きく貢献したルーナを、故郷は温かく迎えてくれた。そろそろ帰ってきてもいいんだよ、また一緒に暮らそう……と。


 しかし結局、戻らなかった。そのまま冒険者を続け、幾つもの遺跡を踏破し、人々を脅かす魔獣を討ち、時には戦の火種を消しさえした。もはや大陸東部――いや大陸中に彼らの名を知らぬ者はない。弱きを救うため富を蓄える、独特な経済観念と共に。


 翌朝。冒険者達は、再び装置の元へ。


 創術に加えて高度な法術が使われており、当代随一の真言法師も歯が立たない。これを解析できるとしたら、造った本人か伝説的な術師だった王達くらいのものだろう。


 逆に真言法は、一切使われていなかった。


 本当に奇妙である。大抵の遺跡は、真言法の研究が花開いたドーア帝国時代のもの。違うとすれば、それはミレニアムまたは神代のものと言わざるを得ない。


 そんなものが今更聖地の近くに見つかるなど。恐れをなしたセレス教団が、異教徒を含む集団に面子を棄てて頼み込んだのも無理からぬこと。


 無為自然を旨とする道士、その信奉者たるリゼ教徒。かつてはセレス教団の一員であり、今は袂を分かった真言法師。最大宗派の座と研究機関及び教育機関としての地位も奪われ、現在のセレス教団は半ば風前の灯火である。


 教団のためではない。聖地巡礼に訪れる、無力な信者達のためだった。


「…さて、と。準備は調いましたが……」


 微妙に気が進まなさそうなサイラス。丸めた背中を、大きな肉球のついた手が思いきり叩く。程よい弾力のお蔭で、あまり痛くはない。


「よぅし!ちゃっちゃと動かしてちゃっちゃと終わろう!でもって一杯ふんだくろう!帰りに温泉寄ってこう!…にゅへへへへへ」


 メリルは相変わらずである。拷問好きが発覚したときは誰しも引いたが、その内容が性的なものであることを知って安心したようなますます引いたような。


 今回もエリザとルーナを心ゆくまで鑑賞するつもりらしい。余裕があれば、当然男湯も覗く。何が当然か分からないが、幼気な童顔から下劣な欲情を垂れ流している。


「とりあえず却下に賛成の人?」


 賛成五、反対一で温泉は延期となった。


 えぐえぐすんすんと高度な嘘泣きテクニックを披露するメリルの頭を撫でながら、エリザも不安を口にする。


「…『幻の都』というのが気になりますね。ここはかつて、ミレニアムの首都があった島。南の島には帝国の首都もありましたが……真言法を使っていないところからして」


「ミレニアムのほうじゃないか、と?」


「はい。あるいは……もっと古いものなのかも」


「馬鹿な。神代文明の遺跡とでも?」


 仮にそうだとしたら、『幻の都』が示す意味は更に変わってくる。神代にこの列島を治めていた国の首都は、南の島が折れ曲がるあたりにあったという。


 三つの都市は、帝都の地上部に設置された術式代行システムから漏れだすマナに呑み込まれた。人々を中毒から護るための長大な壁に阻まれて近づけない。浄化の鍵となるものが見つかれば、どれだけ大きく世の中を変えるか。


「説明文によれば、いわゆる『幻の都』とやらに行けるようですね。どうやって行くのか見当もつきませんが……」


「備えだけはしておきましょ。マナ量定常化と汚染濾過の結界をお願い。水と食糧は、まだしばらく充分よね」


「金貨千枚置いてきた。僕達が帰れなくてもイワンとニーナは大丈夫だ」


「準備万端。いつでもいいぞ」


「では……お願いします」


 ごっそりとマナの減る気配がして、魔導装置は起動した。


 虚空に淡く光る文字列が刻まれ、猛烈な速さで流れてゆく。普段使っているものと違うため、辛うじて意味が分かる三人もほとんど読み取れない。


(……マ。…ァ……ルマ………)


 何かが聞こえた。女性の哀しく悶えるような叫び。


 音ではなく、心の傷として魂に刻まれる――どうしたら癒せるのだろう?この深い絶望は?原因も過程も結果すらなく、ただひとつの名だけを呼ぶ。子が親を、もしくは恋する乙女が愛しい人を求めるように。


「……………?」


「…何も、起こらないな」


「油断するのは早いぞ。先程、大量のマナを消費した。疑似的に未来へ飛ばされたのかもしれん。それこそ百年後とかにな」


「ちょ……さすがにそれマズくない?依頼料も取っぱぐれるし」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 全員、慌てて遺跡の外へ出る。


 星の位置を見るに、季節が巡っていたりはしなかった。樹木から野花に至るまで、植生も今朝と変わらない。一年か二年が過ぎ去ったということもないようだ。


 朝一番だったのが、夜にはなっていた。ドラッドの杞憂は、当たらずとも遠からずといったところ。とりあえず、すぐ外に出て正解だった。


 大きく背伸びをして、それぞれ帰り支度を始める。


「結局、何だったのかしらね。ここ」


 呟くルーナ。ドラッドも短い首を傾げる。


「さあな。ゴーレムの多さからして、他人を信じられなかったことだけは分かるが」


「造ったの、寂しい人だったんだね」


「理由は……やっぱり、よくないことを考えていたのでしょうか……」


「ただの悪ふざけかもしれませんよ。あの変な声を聞かせるための」


「それは趣味悪すぎるだろ……」


 帰途につく。


 冒険者の旅は終わらない。人類が過去の力を取り戻すまで。


 それから三百年、騒がしくも穏やかな時代が続いた。

この頃の彼らは、ソード・ワールドver.1でいうところの冒険者レベル10(上限)。

ユラシア大陸ではなく、某列島の危険地帯にある遺跡に潜っています。

誰が何のために造った施設なのかは、察していただけるものと。

過去作「私の中のリアル」関係です。

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