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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
瓦礫の中から  ~西暦2027年~
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研究所の傍まで来ると、

 研究所の傍まで来ると、周囲は警備ロボットで溢れかえっていた。


 今のところ敷地の外には出てこないが、防衛識別圏がどこにあるか。一歩足を踏み入れた途端、恐らく一斉に襲いかかってくる。


 普通の警備ロボットなら、人工進化したクリメアの敵ではない。しかしクリメアの技術自体、プレゼンター由来のものだ。平凡に見える警備ロボットでも、劇的な進歩を遂げていないとは限らない。とはいえ……


「戦いに関しては素人だ。シンプルな陽動でいい、仕掛けるぞ」


「俺に任せろ。派手に暴れりゃあいいんだろ」


 アルフとアト以外の、ライオネルに率いられた全員が正面から先行する。大半の警備ロボットが引き摺られていった隙間を、二人が息を潜めて通り抜ける。


 目指すは医務室。ここには仮眠室もあるが、まずルースアはいない。明るい時間ということではなく、セラフィナが最後に意識を失ってからは、ほとんど立てこもりに近い状態となっていたからだ。


 当然、市内の自宅にはいなかった。大きめのアパートを借りてルームシェアしていたのだが、その相手は言うまでもあるまい。


 ミカゼとダイチは、一時期セラフィナとルースアに面倒を見られていたことがある。母ユルハの担当業務が忙しくなり、日付が変わるまで帰ってこなくなったとき交替で食事を作りに来てくれたのだ。


 その頃からダイチはルースアに馴染みにくいものを感じていた。特に何が……というわけではなかったが、実際こうなってみると分かる。僅かな水漏れも許さない、自分の価値観と大切なものに対する偏執的な拘り。


 そう考えると、やはり今の状況はおかしい。大規模な侵入があったのに、自分の目で確かめようとしない。何か考えがあるのか、それとも今は手が離せないだけか。


 母のことは既に諦めている。あれから五年も経ったうえ……ライオネルら侵入者に呼応して動くものは、残念ながら感じ取れない。


 強烈なマナの気配が弾ける。刹那の後、何もない空間から熱線が放たれた。


「『変わらざるも……」


「無理だ!動け!」


 術式で対抗しようとしたアトをアルフが突き飛ばす。プレゼンターがもたらした奇蹟の系統『法創術』は、フィンランド語の詠唱により発動する。統制者システムはその粋を極めた奥義だが、すなわち法創術の下位に属す。とはいえ発動が遅ければ、どのような武器も実戦では役に立たない。


 あらかじめ身体強化の創術を使っておいて助かった。敵の正体は不明だが、熱線の光を見てからでも射線を予測して動けば何とか間に合う。それぞれ走りながら、改めて空間の断絶を利用した防壁を構築する。


「…『変わらざるもの』。彼我を隔てよ」


「このまま逃げ切るぞ!マナを集めろ!」


 不可視の敵が命令どおり動くだけの端末なら、一定の距離を取れば追ってこない。施設内にいる限り無駄という可能性もあるが、そのときはそのとき。ルースアの性格からして、自分とセラフィナの居住空間には不粋なものを配置しないだろうとの読みもある。


 それは当たった。医務室の表示が見えたあたりから、雲霞のごとく押し迫る背後の物騒な気配がなくなる。断絶結界と身体強化は解除しない――本物の危険はここからだ。


 無言のハンドサインを交わし、事前に決めたとおりアルフが先頭に立つ。パスワードを求める英語の拡張現実は無視。誰が作ったか知らないが、どうせそんなもの知らない。ここで時間をかけると致命的にリスクが増す。


 ドアノブに手をかけた。次の瞬間、銃口を部屋の奥に向けて一気に押し入る。威力は知れているものの、術式を使わずとも攻撃できるのは大きい。防御に手間を割かせられれば、その分だけ優位に立てる。エルフとて怪我はするし、傷つけられて死にもする。


 予想に反して、動くものは何もなかった。警戒は緩めず、銃口で部屋の隅々を探る。


 留守なのだろうか?それを予想外とは言わない。本当に意外だったのは……その物体に銃口を突きつけ、アルフが慎重に反対側へと回り込み。充分距離を取りながら、眠るセラフィナ=カスキの枕元で俯せになるものを挟み撃つ。


 十字砲火の飽和攻撃。しかし銃弾は全て白骨死体の手前で止まり、跳ね返った。


 そう――白骨死体。ベッドの人物を護るように、あるいは縋りつくように。首から提げたIDカードが不慮の最期を遂げただろう彼女の正体を明かしている。


 ヴァルマ=ルースア。偽装の可能性は低い――屍とはいえ、他の誰かが自分よりセラフィナの傍にいることを許すとは思えないから。


 先に銃口を降ろしたのはアト。相棒の変化を感じ取ったアルフもそれに倣う。


 追撃はなかった。そのことに不思議はない。銃弾を止めたのが誰か考えれば分かる。


「…正直、あまり好きじゃなかったけど……」


 跪いて祈りを捧げ、遠慮がちに手を伸ばす。


 せめて葬ろうとしたのだ。微弱な電流を感じ、アトは手を引っ込める。


「邪魔するな……って?せっかく一緒でいられるのに?」


「ここは後にするぞ。他の施設も調べなければ」


 生存者はいなかった。三つの力がせめぎあう奇蹟は、この研究所のどこにも起こらなかったらしい。世界には数千万もの助かった人達がいる、にもかかわらず。少年を知る人々は、アルフ以外全員が死んでしまった。


 いや……まだ三人。目覚めない彼女達が、いる。


「迎えに来るよ。いつか。いつになるか分からないけど、必ず」


 それが永遠の眠りに就いた、彼女への手向けともなろう。


 長い長い少年の旅は、この瞬間から始まる。

ここまで読んでくださった方は察せられてると思いますが。

ルースア博士は「がちゆり」です。

すみません。いろいろと。

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