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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
始まりの仙人  ~第二暦291年~
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神仙思想の集団に

 神仙思想の集団に定まった拠点はない。


 それぞれの暮らしがあり、それぞれの居場所でそれぞれの功夫に励む。


 まあ無為自然は自然の多い環境から、という安直な理由により、郊外の山林原野に自然と集まってしまうことはあったのだが。


 大きな草地と林の境目に、リゼ達は庵を構えていた。


 二人とも六十歳を過ぎたが、弟子のほうは頑健そのもの。だが道士も、完全な不老不死の存在ではない。病んでいるリゼは、老化の影響が表れてきている。野垂れ死にをよしとしないなら、いずれは人里へ移ることも考えなければならないだろう。


 そのような貧しい住処に来客があった。


 今夜は人払いしてある。


 陽が沈み、夕餉を摂り、飲み物などを用意して待つ。


 やがて来訪を伝える声があり、戸口で迎える。


 いかにも魔女といった妖艶な女と、冴えないが誠実そうな男。


 本当に二人だけで来たらしい。


 どちらが総督なのか、一瞬戸惑ってしまう。


 鍔の広い帽子を取ると、やや先の尖った耳が明らかになる。


「…ハーフ、エルフ……」


「お初にお目にかかります。『学び舎』総督代理の……」


 女が自己紹介した。


 視線は後ろに控える冴えないほうへ。


 つまり、こちらの男が。


「アレクセイ=レオーノフです。『学び舎』の総督と呼ばれております……」


 若干耳が長い他は、普通の人間にしか見えなかった。


 道士にマナを視る力はない。奇蹟や真言法とは無縁ゆえに。


 仙気は感じられなかった。少なくとも道士ならざることの証である。


「…お待ちしておりました。ささやかではございますが、あなたがたを歓迎します」


 弟子の言葉は正確ではない。割としっかりした食事だ。客をもてなすときは余るほど用意すべき、そういう土地柄である。


「これは見事な……ですが私達も負けておれません。伝統の料理をお見せしましょう」


 アレクセイの持ってきた大荷物を魔女が解く。中身は、酒瓶と小料理の数々だった。細身のどこにそんな力が――やはりエルフの血なのだろうか。


 三人で編み草を布いた床に料理を並べる。


 宴の準備は調った。しかし役者がまだ揃っていない。


「連れてまいります。暫くお待ちを」


 奥から手製の車椅子を押して戻ってくる。


 今宵は体調がよいらしく、日没後も瞼を閉じていない。


「…わたしの師、リゼです。このとおり三十年前から、ほとんど水も飲まない暮らしを続けております……」


 異常なことである。食べ物を口にしなければ、人間はひと月と経たずに死ぬ。


 不健康とか栄養不足とか、そのような次元ではないのだ。


 おかしな呪いでもかけられているのではないか?


 そう考えたのは一度や二度ではない。


 さもなければ、今この状態が本当にリゼの無為自然となってしまうから。


「ふむ……」


 リゼの身体を調べていたアレクセイが瞑目する。


 普通の観察や診察ではない。古の言葉を唱えたり、虚空に手指を走らせて何か綴ったり。これが神の奇蹟とか真言法と呼ばれるものなのだろう。


 最後に、大きな溜息をつく。


「力になれるかもしれないと思ってまいりましたが……残念ながら。心の病だけは、プレゼンターの奇蹟でも治せない」


「プレゼンター……?」


「異界の侵略者ですよ。私達の力は、全て彼らに依存している」

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