神仙思想の集団に
神仙思想の集団に定まった拠点はない。
それぞれの暮らしがあり、それぞれの居場所でそれぞれの功夫に励む。
まあ無為自然は自然の多い環境から、という安直な理由により、郊外の山林原野に自然と集まってしまうことはあったのだが。
大きな草地と林の境目に、リゼ達は庵を構えていた。
二人とも六十歳を過ぎたが、弟子のほうは頑健そのもの。だが道士も、完全な不老不死の存在ではない。病んでいるリゼは、老化の影響が表れてきている。野垂れ死にをよしとしないなら、いずれは人里へ移ることも考えなければならないだろう。
そのような貧しい住処に来客があった。
今夜は人払いしてある。
陽が沈み、夕餉を摂り、飲み物などを用意して待つ。
やがて来訪を伝える声があり、戸口で迎える。
いかにも魔女といった妖艶な女と、冴えないが誠実そうな男。
本当に二人だけで来たらしい。
どちらが総督なのか、一瞬戸惑ってしまう。
鍔の広い帽子を取ると、やや先の尖った耳が明らかになる。
「…ハーフ、エルフ……」
「お初にお目にかかります。『学び舎』総督代理の……」
女が自己紹介した。
視線は後ろに控える冴えないほうへ。
つまり、こちらの男が。
「アレクセイ=レオーノフです。『学び舎』の総督と呼ばれております……」
若干耳が長い他は、普通の人間にしか見えなかった。
道士にマナを視る力はない。奇蹟や真言法とは無縁ゆえに。
仙気は感じられなかった。少なくとも道士ならざることの証である。
「…お待ちしておりました。ささやかではございますが、あなたがたを歓迎します」
弟子の言葉は正確ではない。割としっかりした食事だ。客をもてなすときは余るほど用意すべき、そういう土地柄である。
「これは見事な……ですが私達も負けておれません。伝統の料理をお見せしましょう」
アレクセイの持ってきた大荷物を魔女が解く。中身は、酒瓶と小料理の数々だった。細身のどこにそんな力が――やはりエルフの血なのだろうか。
三人で編み草を布いた床に料理を並べる。
宴の準備は調った。しかし役者がまだ揃っていない。
「連れてまいります。暫くお待ちを」
奥から手製の車椅子を押して戻ってくる。
今宵は体調がよいらしく、日没後も瞼を閉じていない。
「…わたしの師、リゼです。このとおり三十年前から、ほとんど水も飲まない暮らしを続けております……」
異常なことである。食べ物を口にしなければ、人間はひと月と経たずに死ぬ。
不健康とか栄養不足とか、そのような次元ではないのだ。
おかしな呪いでもかけられているのではないか?
そう考えたのは一度や二度ではない。
さもなければ、今この状態が本当にリゼの無為自然となってしまうから。
「ふむ……」
リゼの身体を調べていたアレクセイが瞑目する。
普通の観察や診察ではない。古の言葉を唱えたり、虚空に手指を走らせて何か綴ったり。これが神の奇蹟とか真言法と呼ばれるものなのだろう。
最後に、大きな溜息をつく。
「力になれるかもしれないと思ってまいりましたが……残念ながら。心の病だけは、プレゼンターの奇蹟でも治せない」
「プレゼンター……?」
「異界の侵略者ですよ。私達の力は、全て彼らに依存している」




