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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
瓦礫の中から  ~西暦2027年~
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人々の暮らしが落ち着いた頃。

 人々の暮らしが落ち着いた頃。クリメアだけの軍団を率いて、アルフ達は旧日本国のILC研究所跡地を目指す。


 今更だが、どこも酷い有様だった。目的地は東京より北に約五百キロメートルの岩手県南部山中。車で半日だった道を、十倍以上の時間をかけて進む。


 ところどころに大きな集落もあった。この国が爆心地であることを思えば、驚くほどの復興ぶりである。昔から災害が多く、その度に強くなり蘇ってきた。さすがに今回は度を越したのだろう、かつての超過密都市や巨大な鉄道網は見る影もなかったが。


「ヨコスカの連中は、どうしたんだ?こんな状態の同盟国を放ってよ」


「…本当に知らないのか?起動したばかりの統制者システムをタイムマシン扱いして、一方的に先制核攻撃を仕掛けたのだぞ。同盟破棄はおろか宣戦布告もなしにな」


「マジか。じゃあオキナワの第三軍も……」


「サウスコリアの国連軍と合流した。核攻撃に成功したら、全土を再占領するつもりだったらしい。ザマ、アツギ、ヨコタ、イワクニ、ミサワ……全部一緒だ」


 結果的に核攻撃は失敗。及びもつかない方法で究極の攻撃手段を無効化された――そのとき関係者達が抱いた恐怖は、想像するに余りある。それだけの技術力が攻撃に転じ、報復の刃を向けられたら。彼らの祖国は確実に滅ぶ。


 当然、同盟は破棄。しかし宣戦布告は行われなかったゆえ、終戦条約も休戦協定も必要なかった。体面を保つため、最小限の経済制裁が行われたのみ。これに対する日本側の反応は驚くほど薄く、今までどおりの友好を求めて世界中を困惑させた。


「…お喋りは、そこまでだよ。もう着くから」


 地名の標識は凸凹に折り畳まれて見えない。大きめの川に架かった橋を渡る。


「…KITAKAMI Rv.……んで、こっちはWAYA、DO……おい、これ何て読むんだ?」


「どうでもいいだろ。そんなこ、と」


 言うや、橋が崩れた。普通の人間と変わらない敏捷性のドワーフが一部巻き込まれて負傷した。痛い凡ミスである――盾役の離脱は、全体の防御力低下に直結する。とはいえ怪我人は足手纏いにしかならず、ここに残してゆかざるを得ない。


「妙だな……」


 応急処置を終えると、アルフが誰にともなく呟いた。


「研究所まで二十キロメートル。見張りもいないのは、おかしいと思わんか」


 ルースアは一度、日本政府を手中に収めた。それが今も続いているなら、水際で上陸を阻止しようとするはず。全く反応がないということは。


「政府自体なくなったんだろ。別におかしくはねえと思うぜ」


「少佐の意見に賛成。向こうの事情もこっちと似たようなものじゃないかな」


 五年前の敵戦力。ルースア本人と出自不明のエルフ四人。無数にいたはずのドワーフやホビットは、途中の集落で普通に見かけた。ドワーフとは本来、小人の妖精を指す言葉。仲間の連中と違い、人間を怖がらせないよう本当に背が低くしてあるゆえ簡単に分かる。制約から解き放たれ、貴重な労働力兼用心棒として受け容れられているらしい。


 こちらの戦力は一緒に来たエルフ七人、ドワーフ十人、ホビット十六人。それと生き残っていれば研究所のメンバー。核攻撃のとき祖国の側についた駐在武官達も、この期に及んでは味方だろう。ルースアとユルハ、どちらが正気か結果は出ている。


 アルフとライオネルもエルフの適性を確認した。適性者は軍人や警察官ばかりではなかったが、皆戦う覚悟を決めた。ルースアを生かしておけば、また同じことが起こる。そうすれば今度こそ――人類は終わってしまう、と。


 半分くらいはセレスの責任もあるのだが、それは黙っておいた。原因を作ったのは統制者システムを独占するためミカゼとダイチに追手をかけたルースアだし、必ずこうなるという確証もなかった。アルフとダイチは、この秘密を墓の中まで持ってゆくつもり。


 かなり近くまで来た。旧県道を頼りに進んだが、ここから先は何もない。恐らく未舗装の市道があったのだろうが、五年も経てば雑草の楽園だ。地面が硬くて根付きにくいから一応場所は分かるものの、掻き分けながら進まねばならない。


 と、不意に拡張現実の文字列が行く手を塞いだ。



 [VAROITUS] LÄPIKULKU KIELETTY

 Vaatin sinulle perääntyt,pikaisesti.

 Et peräänty,hyökätä.



 英語でも日本語でもない。考えられるのは統制者セラフィナの思考言語。


「待って。メモリに辞書が入ってるはずだから」


 バイオメモリの開発者西都原昌男は、所謂『中二病』なのだそうだ。ありもしない空想に基づいた言動を常日頃から繰り返し、腐れ縁の白石真琴にも呆れられていた。ダイチの『ランディ』やミカゼの『アウラ』など、研究室全員のアカウント名を勝手におかしなものへ変更したのも彼である。


 その趣味は多分にファンタジーかつSF的であり、北欧神話の原典を読むのに必要なフィンランド語の習得に余念がなかったという……ネイティヴの二人に言わせれば、大根どころか棒読みもいいところだったらしいが。


「警告、進入禁止。立ち去らなければ攻撃する……だってさ」


「何だそりゃ。ルースアって女が言ったのか?」


「多分。セラフィナは意識がないから」


「ぞっとしねぇな。ダチの頭弄りまわして、近づく奴には無差別攻撃かよ」


「……………」


 ライオネルの感想は正しい。ヴァルマ=ルースアが常識的な女だったら。


 ユルハが愛娘を統制者としたことには拒否感を示すだろう。その一方で愛する者の記憶を覗き、都合よく改竄し、道具として使うことに忌避はない。


 どちらも、ある意味現実的だ。ユルハの判断基準は「必要か否か」。統制者セラフィナ=カスキの暴走を抑えるのに他の手段がないから、やむを得ず愛娘を生贄に差し出した。ルースアの判断基準は「実害があるか否か」。どうせ今すぐ助けられないのなら、助けるために必要なことを手伝ってもらう。それで前に進めればよしとする。


(…必ずしも間違ってないんじゃないかな。僕に同じことができるかは疑問だけど……)


 母を恨んでいないと言えば嘘になる。だが同時に信じてもいた。本当にどうしようもなかったから、そうしないと姉や自分諸共世界が滅ぶと思ったからやったのだと。


 セラフィナとルースアの間柄は、余人が推し量れない。ゆえにアト達親子と似たような複雑さが存在する。

ルースアが作らせたクリメア(亜人種)は、外見(主に体格)が変わっています。

一方でアト達がバイオメモリの中から見つけた人工進化プログラムでは外見が変わりません。

前者は古典的なファンタジーのテンプレどおり、後者は普通の人間のまま。

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