王国騎士団に招かれ、
王国騎士団に招かれ、リゼは都の王城へ。
遠くからでも分かるその威容を、複雑な気持ちで眺める。どれだけ多くの民から資材と金を集めれば、このような大それたものを造れるのか。
招かれたと言えば聞こえはよい、実質連行だ。理不尽な命令に従うつもりはないものの、さりとて村を巻き込むわけにもゆかない。
また将軍をはじめ騎士達の態度が、本当に丁寧だったこともある。二十歳を一つ二つ回ったばかりの小娘に対するものではない。裏を感じなくはないが、領主二人の引き攣る笑顔を見たときは少しばかり気の毒に思ったほど。
とはいえ、全ては国王の話次第。リゼが不在の間に村人を害そうものなら、ただで済ませるつもりはない。相応の代償を払ってもらう。
「お入りください」
意外なことに、馬車は王城へ向かわなかった。
場末の酒場である。まだ開店前――どころか閉店したばかりらしく、他の客は見当たらない。それもそのはず、朝早いリゼでさえ寝起きを襲われたのだから。
このような場所に王がいるのか。世事に疎い彼女でも違和感を覚える。
「…お入りください」
将軍が改めて懇願する。ここは従うしかないようだ。
店内に人の姿はなかった。しかし美味しそうな匂いが漂ってくる。厨房で何か作っているのかもしれない。
誘われるまま奥へ。そこには安卓で安酒を傾ける、王と呼ぶには似つかわしくない庶民的な印象の男がひとり。
零したものを拭き取りながら、白髪の王はあけすけに驚いた。
「もう来たのか!いやあ夜までかかると思っていたぞ」
嬉しそうに、だが少し残念そうにも呟く。
「賭けは、私の勝ちですね。秘蔵の一本を頂戴します」
「煩い奴を隠居させられると思ったんだがなあ……ま、いいや。持ってけ泥棒」
驚いたことに、将軍は同席しないらしい。それどころか、この部屋には給仕のひとりも見当たらない。店の主らしき男が、大皿の炒め物を運んできただけである。
「どうした。早く座れ。でないと冷めるぞ」
リゼのことはお構いなしに、さっさと食べはじめる。
呼んでおいて失礼な話だが、堅苦しい王宮の高みで刃を向けられるよりマシかもしれない。それに万一毒を盛られても、リゼなら死なずに切り抜けられる。
「…いただきます」
こういう手の込んだ料理は久しぶりだ。期待に胸が高鳴る。
大皿に直接フォークを突き刺す。そしてそのまま自分の口へ。小皿に毒を塗る細工を潰せるのは元より、面倒くさかったからだ。
「おっ、いいねえ。じゃあ俺も相伴しようか」
小皿を脇へ押しやり、王も同じようにする。
一緒に三皿空けて、宴はひと段落した。
「いやあ、喰ったな。お前も見事な食べっぷりだ」
胃に違和感はない。手足が痺れたりということも。
ここからが本題だろう。
この男は腕が立つ。ゆえに腹六分目でやめておいた。
「…話というのは?」
「そう急くな。酒でも飲みながら話そう」
大きく頭を振るリゼ。その様子に首を傾げる王。
「…もしかして下戸か?」
「……………」
「なら、無理には勧めんが……」
ひとりで器を傾ける。それはそれは美味そうに。
「……………」
卓上の酒瓶を目の端に捉えた。
飲めないのではなく飲まないのだと言いたい。弱みを見せたような気がするから。
これを飲めばどうなるか、それはリゼも知っている。
本当のところは、一度も飲んだことがない。
だが……それを言ってしまったら、もっと弱みになるのではないか?
余計なことを考えているうちに、何やらよい香りの水がリゼの元へ運ばれてきた。説明する機会を失ったが、まあよい。この話は、これで終わりだろう。
まるで変わらない様子の王が、空になった酒杯を置く。
「単刀直入に訊くぜ。俺が知りたいのは、セレス教団をどう思うかだ」
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「…セレス教……?」
「違う違う、セレス教団だ。セレス教そのものじゃあない」
リゼの誤りを即座に訂正した。
「女神セレスの実在は疑わんよ。だが正直、教団の連中には物申したい」
そういうことか。しかしリゼは、セレスティアの存在自体に疑問を抱いている。
もっとも、だからといって他人の信仰に水を差すつもりはないが。
「私達の求める無為自然は、信仰ではありません」
あえて言うなら人生哲学。生きる指針を探すための方法論に近い。
「そうなのか?最近あの村では、お前さん自体を崇めてる奴が多いと聞くぞ……まあそれならそれで、別にいいんだ」
「よくありません。私は人間。神や仏ではありません」
「ホトケ?…ああ、東洋の天使か。よく知ってるなあ……」
微妙に間違っているが、とりあえず今はどうでもよい。どちらにとっても。
「また単刀直入に言おう。このまま続けてくれないか。できれば積極的に教えを広めて、セレス教の信者を減らしてほしい」
言うことがますます生臭くなってくる。
無為自然の考えは、別にセレスの教義と矛盾しない。神話を基礎としていないから、ある意味では当たり前だ。
超自然的な現世利益を得られるのは、ほんのひと握り。仙気を纏えるまでに功夫を重ねた、正真正銘の道士だけ。王の期待に添えるとは思えない。
そもそも何故、セレス教団を目の敵にするのか。
「…あいつら厚かましいんだよ。何かにつけて寄附しろ、寄附しろってな。そんなに銭が欲しいなら、自分で商売でもやりゃあいいんだ」
国を建てるということは、下手な慈善事業より金を使う。
王は、傭兵の出だった。
彼が国を興したとき、セレス教団の連中は何と言ったか。
秩序を乱す破壊の徒。殺戮の限りを尽くした大罪人。
どこに秩序があった?民衆を苦しめる無能な支配者を大勢殺したかもしれないが、それ以上に多くの人々を救ってきたという自負はある。
あれはするな、これもするな。挙句は創世神の御心に反する、ときた。
金は、幾らあっても足りない。無心するだけの俗物にくれてやる分など。
「言いたいことは、分かりました。ですが私達は、誰かと争うつもりなんてありません。況してや信仰を棄てるように唆したりなど」
人が生きる力を得られるなら。
自分で道を切り拓くのも、神を心の支えにするのでも。
どちらだろうと構わない。それが本当の幸せに結びつきさえすれば。
王は、リゼの答えに満足して頷いた。
「それでも構わん。セレス教団に対して、こういう意見があることを憶えといてくれ」
これまでどおり、王はリゼ達の村に手を出さない。
リゼ達は自由にやる。王国ともセレス教団とも是々非々、民衆のためになると思えば協力するし、ならないと思えば関わらない。できるだけ争いを避ける。
全面的な信用には足らない。だが損のない申し出だ。
王も同じだろう。リゼ達が脅威となるなら、そのときは約束を破ればよい。
「……………」
一見、決裂している。
双方にとって、有意義な沈黙だった。
それからの六年は、リゼの生涯で最も充実した時間となる。
仲間と議論し、功夫を重ね、心弱き人々を導く。
王の尽力もあったろう。セレス教団を抑えてくれと言いながら、その実リゼ達の自由を守っていたのが王だった。
しかし、その平穏も終わりを告げる。
突然、王が崩御したのだ。




