リゼは十二歳になった。
リゼは十二歳になった。
だが、そのことを理解できる彼女ではない。
数えかたを知らないのだ。
あれから二年。野山でひとり木の実や魚を獲って暮らす。
数など両手で足りるくらい分かればよい。
火の熾しかたも知らないゆえ、食中毒に悩まされることはしばしば。
とはいえ、しばらく休んでいれば治る。それが異常なことだと気づかなかった。
「…ふむ。目覚めかけておるな」
間近に人の声を聞いて、リゼは大樹の根元から飛び起きた。
息苦しさと手足の痺れ、腹の痛みも一時忘れる。
人間は危険だ。寝ている間に攫われたり、知らない土地へ運ばれたり。
食べるために狩りをする獣とは違う。
「だが、言葉を忘れつつもある」
老人は穏やかに笑った。
リゼは警戒する。縄張りを侵された獣のように。
「また来るよ」
その言葉どおり、老人は辛抱強く通った。
遠くから声をかけ、または単に居座り。少しずつ存在を認めさせてゆく。
どうにか話ができるようになると、老人は訊ねた。
「思い出してみなさい。突然身体が軽くなったり、力が強くなったりしたことはなかったかね。そのとき何かを強く願ったか……命の危険に曝されたはずだ」
「……そう、です。両方とも」
二年ぶりに人の言葉を話した。
今の今まで、自分が何者か忘れていたというのに。
「…リゼ……」
「リゼというのか。家の名前は?」
思い出せなかった。左右に頭を振る。
「そうか……」
「ない。いません。同じの、つかうひと」
「そうか」
汚れた金髪を優しく撫でると、碧い瞳を覗き込む。
「君は、まだ若い。このような山奥に籠るなど、五十年早い」
穏やかながら、叱るような口調だった。
老人は自らを『ダオシイ』と呼んだが、名前ではないらしい。
『道』を修める者、すなわち『道士』。
無為自然の力は、生きとし生けるもの全てに宿る。リゼの怪我がすぐ治り、食中毒になっても死なないのは、そのお蔭ではないかと。
道士の力は、それぞれ異なる。各人の個性を反映したものになるという。
すなわち往生際が悪く、食い意地が張っていると言われたに等しい。
「世界を見るのだ。君には可能性がある。大きな、大きな」
「……………」
それからリゼは、老人と三年の時を過ごした。
ある日、訊ねたことがある。あなたが師ではいけないのですか、と。
翌朝、いつもの塒から老人の姿は消えていた。
とうとう山を下り、人里に出る決意をしたのである。




