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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
始まりの仙人  ~第二暦291年~
32/210

何もない寒村だった。

今回から新章。アト、ドーアに続く3人目の主人公です。

相変わらず苦労させますので、よろしく。

 何もない寒村だった。


 土地は痩せ、交易路を外れ、山から遠く、海にも面していない。すなわち畑の恵み、他者との関わりが生む富、山の幸、海の幸。どれからも見放された貧しい集落。


 それでも人々は硬い大地を耕し、遠くまで狩りや木の実集めに行き、慎ましくも幸せに暮らしていた。家族と食べてゆけるなら、これで充分と。


 不運ではあるが不幸ではなかった、ということだろう。


 しかし自ら認めるところの不運が、もっと積み重なるとしたら。いつか自分達も、本当の不幸になってしまうかもしれない。そう心の中で怯えながら。


 厳しくも公平な統治を布いた、いわゆるドーア帝国の滅亡から二百九十一年。


 残念なことに、今はそういう時代だった。



 ☆★☆★☆★☆★☆



 小高い丘は、守りやすく攻めにくい。


 二つの勢力がせめぎあっているとする。そこに見晴らしのよい、斜面が急で人馬の出入りを制限できる土地があったら。主な街道から離れていたり、水源が遠かったとしても、先を争って手に入れようとするだろう。


「絶対退くな!家など燃やされても構わん!この場所だけは死守するのだ!」


 見えない黒煙と燻る小さな焔の中、騎士らしき壮年の男が気勢を上げる。


 しかし、応ずる声は少ない。端的に言うと負け戦だ。通行税の取り分で隣の街と揉めごとになり、なら腕ずくで決着をつけようと始まったのが此度の争い。


「ええい、誰もおらんのか……!」


 敵を斬り伏せ、辺りを見まわす。味方はなく、敵らしい足音が近づいてくる。取り囲まれたら一巻の終わりだ。


 撤退しなくては。幸い、囮はいる。この退屈な村に住んでいた連中が。


(あんな奴らでも、売れば幾らかになる。多少の時間は稼げるだろう)


 最後の一人が尻に帆をかけて逃げだした頃。村の住人達は、広場の中心にある大きな丸太小屋で肩を寄せ合っていた。


 男衆が総出で建てた、創世神セレスティアの聖堂である。調和神とも呼ばれており、千年以上前に起こった邪神アウラと破壊神セラの戦いを鎮めたと言われる。


「…女神様。私達をお救いください」


「お救いください……」


「お救いください……」


 二百年以上続く戦乱により、セレスティア信仰は薄れつつある。


 現世利益がないからだ。分かりにくいから、と言ったほうが正確かもしれない。


 祈りを捧げて助かった事例は、確かにある。襲ってきた盗賊が落石に巻き込まれて死んだとか、火事の家が脱出しやすい形に崩れて助かったとか。


 世界統一セレスティア教団の神官達は、それを奇蹟と呼ぶ。しかし、本当はただの偶然ではないのか?信仰の篤い者が助からなかったことを、どう説明する?


 それでも信仰は根づいていた。切り捨てることができなかった。戦乱を生き抜く人々には、他に頼れるものがなかったのである。


「…おかあさん?」


「大丈夫よ。きっと女神様が助けてくださるから……」


 よく分からないけれど、たぶんそうなのだろう。会ったこともない誰かではなく、大好きな母のことを幼い少女は信じた。次の瞬間、すぐ裏切られるとも知らず。


 驚きの声をあげる暇もなかった。


 いきなり丸太小屋が崩れたのである。


 領主の兵士達に見捨てられたことを、村人達は知らない。勝手に前線基地に仕立てあげられた挙句、旗色が悪くなったゆえ放棄された。


 攻める側としては、どこに敵が隠れているか分からない。戦略的または資産的な価値がないと分かれば、徹底的に破壊する。


 分け隔てなく瓦礫が降り注ぐ。少女の上にも巨大な燃えさしが。


 目を瞑る。そして開いたとき、何もかもなくなっていた。


 聖堂も。周りの人々も。手を繋いでいたはずの……母の顔と身体も。


「……ひっ」


 摑んでいた何かを取り落とす。まだ生温かい、心強く感じていたそれを。


 闇雲に駆ける。どこかにいるはずの、父の姿を探して。


 少女は知らなかった。もう無駄であることを。


 動くものを見つけて、無意識に駆け寄る。


「おとうさ……」


「なんだあ?散々探しまわってガキ一匹かよ」


 いきなり頭を摑まれ、地面に押しつけられる。そして気を失う。


「…シケた村だぜ。ま、何もねえよりマシかぁ……」


 次に目が覚めたとき、少女は全く見知らぬ土地にいた。


 リゼ=ケンプフェル、七歳。希望を夢見たことはなく、未だ現実しか知らない。

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