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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
瓦礫の中から  ~西暦2027年~
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文明の滅亡から五年。

 文明の滅亡から五年。


 アルフとダイチは、北米大陸中央部に拠点を置いていた。旧アメリカ合衆国と旧カナダ連邦のかつての国境付近である。


 ユーラシア大陸と北米を見て回ったが、まともに機能している国は一つもなかった。正確な生存者の数は不明。しかし一億人は下らないだろう。各地で百人から千人程度の集団を作り、どうにか生き延びている。


 死は、九十九パーセントの人々に等しく降り注いだ。一生のうちに知り合える数などほんのひと握り、この状況にあっては知人と出会えることのほうが幸運と言ってよい――たとえ苦手な相手だとしても。


「お前、アルフレッド=サトウか?東洋人のガキなんか連れ……おっと」


 アルフはクォーターだ。外見上、東洋の血はほとんどない。しかしファミリーネームには出自が残っているため、気を遣わせてしまうこともある。


「…ライオネル=クレイ?元海兵隊の?」


「ああ。憶えてやがったな。っし、これからはお前も手を貸せ」


 生存術に長けた元海兵隊少佐。粗暴なところがあり、荒くれの海兵共に対してはともかく普通の人々に対する指導力は疑問が残る。


 冷静さと分析力を買われ、アルフは二千人ほどのライオネルの集団に引き込まれた。そこに子供はいなかったが、十三歳になっていたことと聡明さをアルフが保証したためダイチも一緒に行くこととなった。


「よろしくなボーイ。俺はライオネル=クレイだ。まあみんなは少佐とかライとか、適当に呼ぶけどな。HAHAHA!」


「…どうも。ダイチ=アトジマです。お世話になります」


「んン?世話なんかしねえぞ。個人は集団に尽くすもんだ。それで居場所ができる……お前らジャパニーズの考えかただろ?」


 ライオネルの言うとおりだった。どの群れも何がきっかけで全滅するか分からない。かつての人類社会に比べ、あまりにも脆弱。未成年を気遣う余裕などない。


 先駆けて人工進化したルースア博士のこともある。カスキ博士を永の眠りに追いやった世界、その滅亡が復讐心を満たしてくれたならよいが。そのような甘い期待はできない。また普通の人間では、どれだけ鍛えてもエルフと戦うのは無理。圧倒的な身体能力の差、それを更に強化する術式の存在。目の前にいない敵を見つけて直接攻撃する力さえある。偵察衛星の探知能力とイージス艦の火力を身ひとつで扱えるようなもの。


 対抗するには、こちらもエルフ化するしかない。そのための手段を、ダイチは研究所を離れるとき託されている。防諜担当のホワイトハッカー・西都原昌男から。


「バイオメモリとバイオプロセッサ……今重要なのはメモリの中身だけど、人工進化適性診断アプリと人工進化アプリがセットで入ってる」


 厳密にはエルフもクリメアに含まれる。そしてどのクリメアに適性があるか、全くないかは個人差がある。エルフが知能体力生命力共に最強、ドワーフは筋力だけならエルフに優る、ホビットは器用で素早い。それらを活かせる性格かどうかも影響するだろう。


 ちなみにダイチはエルフの適性があった。遺伝的要素が大きいらしく、母ユルハと姉ミカゼもそうだったことを考えれば驚くには値しない。


「……使うつもりなのか」


「僕用にカスタマイズしてある。母さんがマサオとマコトに頼んでくれた。問題は他の人達だよ」


 研究所メンバーの人工進化は成功した。しかし、それも西都原昌男や白石真琴、ウド=バールというプログラム及び生物学の専門家がいてこそである。人工進化アプリをもたらしたプレゼンターは、恐らくヒトではない。人類にとっては存在の痕跡すら未確認である地球外のヒューマノイド――人型であることさえ疑わしい――と一緒の十把一絡げなプログラムなど、そのまま使って本当に大丈夫なのか。


「実は……もう使ったんだ。ずっと足手纏いじゃいられないし」


「…………っ!」


 ダイチの両肩に摑みかかるアルフの両手は痛かった。しかしそれ以上に、アルフの心の痛みが伝わってくる。大人としての責任感、友に誓った約束の重み、それらを果たせなかった、果たさせてもらえなかった空虚な気持ち。


 やがてアルフは膝から崩れ、同時に両手もはらりと落ちる。


「……すまない」


 地に伏して俯いた。そして何度も同じ言葉を繰り返す。


「すまない……」


 翌朝。ライオネルにも人工進化アプリのことを打ち明けた。最初は疑っていたが、華奢で小柄な少年に容易くあしらわれては信じざるを得ない。


「元凶とっ捉まえてブッちめるんだろ?…燃えるじゃねえか」


 簡単に言えば、そういうことだ。生き残りの中から人工進化の適性者を拾い集め、エルフやドワーフ、ホビットになってもらう。リスクはきちんと説明し、また成功者には集団への貢献とやがて来るだろうルースア博士との決戦に従軍を義務づける。


 アプリの人類への適合性は杞憂だった。特別な調整を施したダイチの性能を高めこそすれ、他の適合者が失敗することは一度もなかったのである。


 優れた身体能力と知能を以て農地を開き、食糧を確保し、文明の遺産を取り戻し。やがて群れから集団へ、村から町へ――軍閥から国家へ。


 アルフとアトの集団は、いつしか『神』と呼ばれていた。


 そう……この頃から、何故かダイチは『アト』と名乗るようになった。

ライオネル=クレイ少佐。間違ったイメージのアメリカ人。

外国人が「ニンジャ!」「ゲイシャ!」いうようなもの。

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