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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
理想の国  ~新暦193年~
27/210

城がある。

 城がある。全てを拒み、遠ざける高き壁。


 『永遠断絶』。周囲のマナを取り込みつつ、彼我の断絶を続ける結界。


 遺言の意味を考える。ドーアの想像が正しいとすれば、全く矛盾していた。


(最初から自分ごと封じる気だった?あの術式は、狙って誰かを外せるものじゃない)


 自分とライオネルが退場することで歴史の表舞台からエルフを消す――あの術式を与えた存在と法術王アルフレッドは通じている。哀れなのは創術王ライオネル。利用するだけ利用され、仲間を失った挙句に自分も棄てられた。全てが終わった頃、見計らったように現れるもの。それこそ事件の黒幕、諸悪の根源と言えるだろう。


「…聖賢王アト。それが、あんたの正体か」


「いつ気づいたの。僕としては、このまま行方不明になりたかったんだけど」


「あんなメッセージを送るからだ。古参のエルフにしても自由過ぎたし、怖いものなど何もないようだった」


 それには首を振る。怖いものなら、あった。


 姉を失うこと。セラフィナに会えないこと。姉がセレスと会えなくなること。それらを避けるためアルフを犠牲にしたこと。深く追求しないでくれたライオネルを、騙し討ちも同然の生贄にしたこと。イシュカを巻き込んでしまったこと。


 そして今また、ドーアをも茨の道連れにしようとしている。だが、ここで逃げる選択肢はない。それこそ何もかも無駄になる。


 これは業。貫きとおす。敵と味方、関わった者達全員に報いるためにも。


「…元々君は、イシュカに対するセイフティだった」


 これまで二人には黙っていたことを伝える。


 イシュカもドーアの監視を望まれていた。寿命と実力からして、先に死ぬことは考えていなかった。アトとアルフの誤算である。近いうちに民主化を図ろうと思っていた。旧時代の歴史を知るアルフは、独裁体制の限界を強く認識していた。


「これもあんたらの思惑どおりだっていうのか?イシュカが死んだことも、俺が逆らうことも、神のいないニンゲンの国を造ろうとすることも」


「イシュカのことは違う。本当なら彼女が元首になるはずだった。君はその補佐とお目付け役を兼ねている」


「もう沢山だ!そういう欺瞞や嘘は!これで終わりにする!神は全員捕まえて、新しい世界の生贄にする。イシュカの最期の願い……平等で公正な国の礎となるんだ」


 ライオネルとアルフレッドを捕らえ、瞬く間に要塞を築きあげた術式。あんなものを考えなしに与えたとは言わせない。あれは多分、クリメアを核として働くよう仕組まれている。封印対象だけで足りなければ、周囲の空間からもマナを取り込む。


 自動的に『マナ収束』と『断絶結界』の術式を使わせる、その性質からして発動核はエルフが最適。設計次第では他の術式も使えるだろう――より簡便に、負担少なく。もしかしたらマナ適性がない原種さえも。『術式代行システム』といったところ。


 これから人類は爆発的に復興、いや発展することだろう。


 若き新たな指導者の下で。


「君の気が晴れるなら。でもハーフエルフはどうするの。君の友人は、全員ハーフエルフだと思ったけど」


 依怙贔屓をするなら許さない――黒幕とはいえ、アトも仲間を失っている。全てを引き継ぐにあたり、ここだけは譲れない。絶対に。


「…公職から追放する。ハーフエルフからエルフが生まれる確率は低いはずだ」


「ゼロではないけどね。でもここ二百年、血が薄くなることはあっても濃くなることはなかった」


 マリコとフユミ、エレナを魂の牢獄に繋ぐ覚悟はなかった。それ以外のハーフエルフを原種の連れあいから引き離すことも。


 エルフとその家族は抗うだろう。それを『永遠断絶』と数の力、虐げられてきた人々の怨念で圧し潰す。民衆に愛される一部の指導者は生き残るかもしれないが……


(ライブラリを使ってやり直すべきか?)


 今この地球で最も優勢な統制者セレスティア。彼女の強制力を以てすれば、過去の歴史とそれに連なる未来を書き換えることも可能。姉ミカゼは領域こそ維持しているが、どこか遠い星の彼方で働いているらしい。そちらが忙しくなったのか、あまりこちらに意識が向いていないようだ。最初の統制者セラフィナは一番弱く、時折異次元から混沌を呼び込むことはあっても概ね押さえこまれつつある。邪魔というほどのものではない。


 アトは考える。研究所時代の上司兼遊び仲間、西都原昌男から託されたインプラント型シミュレータ『バイオプロセッサ』を駆使して。いつ、どこで、何を、どのように――行動を改めても、結局同じ結果が現れる。イシュカとドーアのどちらかが死に、生き残ったほうも恐らく幸福な人生は送れない。心の中までは覗けないが、何となく分かる。


 それに使ったところで、ライブラリ起動前から生きていたエルフ達の記憶は残る。積もり積もったクリメアや王達に対する憎しみ。それがなくなるわけではない。


 結論。遅かれ早かれ現体制は終わる。それも最悪の形で。平和裏に民主化することなど不可能だったのだ。それが分かっていたからこそ、あの術式を開発したのではなかったか。正体を秘していると誤解されるほど引きこもり、二百年近くもかけて。


「…行くのか?」


「僕には、しなければならないことがある。世間のことは君に任せた」


 そう言い置いて去りかけ、またすぐに足を止める。


「…もう一つ、頼みたいことが。これは友人の後始末なんだけど……」


 イシュカの亡骸を背負い、アトについて南へ向かう。朽ちた金属板に日本語の表札がある。英語表記は錆びついて読めない――かつてアトの母が働き、姉が被検体となり、眠るセラフィナとヴァルマの遺体を見つけた場所。


 今もセラフィナは、同じ治療室で休み続けている。そこに寄り添うヴァルマの亡骸も――以前より風化が進み、砂や埃と見分けがつかなくなってきたが。


「二百年前ここに来たとき、実験棟で僕とアルフはあるものを見つけた」


 もう使われなくなった細長い一直線の空洞――量子加速器というらしいものの奥。あまり日の当たらない場所に、それらは潜んでいた。その数、百五十ほど。


「自然に増えてたんだ。繁殖力はそこそこだけど、身体が頑丈だからかな。『最後の日』も生き延びたというより、あれがきっかけで外に出られたのかもしれない」


 暗闇の向こうを覗き込む。師匠に倣い、ドーアも増光の術式を働かせた。


「あの子達も護ってほしい。一番最後に生まれた、人類の新しい仲間だよ」


 そして見つける。獣の耳と尻尾が生えた、小柄な少年少女の集まりを。

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