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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
理想の国  ~新暦193年~
23/210

次の漁が明ける日曜日の午後、

 次の漁が明ける日曜日の午後、ドーアはイシュカと共にガヴァニへ向かった。言うまでもなく、二人の婚約と今後のことをニコライとアクサナに報告するためである。


 もちろん、殺された。この日が来ることは八年前から何となく察していたようだが、それでやり場のない気持ちが収まるものではない。お前のような男にうちの娘はやらん、と一度は啖呵を切るのが万国共通の儀式。それで本当に話が終わる場合もあれば……たらふく自棄酒の入った父親から、最後は娘のことをよろしく頼むと泣き上戸で絡まれる場合も。ニコライは途中で退場、聞き役が母親のアクサナに変わる。


「それで、どうすることにしたの?その……エルフ化のほうは」


「まだ決めてないの。どっちを選んでも一緒に生きよう、って。そう言ってくれたの」


 茶を喉に詰まらせるドーア。元が相手からだったとはいえ、事実とはいえプロポーズの言葉を暴露されるのは心臓に悪い。


(くれぐれも、マリコさんとフユミさんには黙ってろと釘を刺しておこう)


 どう考えても無理なのだが、そう思わずにはいられない。少なくとも手紙を書いて婚約のことを知らせる必要はあろう。ハバロフスクのエレナ達にも。


「そう……」


 アクサナは何も言わなかった。言おうとして言わなかった、言えなかった、言うべきではないと戒めている?どれか一つではなく、それら全部という感じ。


 人間としての人生なら、答えは無理でも多くの助言をすることができる。しかしその寿命を超えた領域に入ると、もう何もしてあげられない――そう伝えることが、結果として反対したことになるのではないか。それは不公平だ、と。


「あなた達のしたいようにしなさい。決して放り投げるような意味じゃなく……わたし達は、イシュカのことを愛してる。今までも、これからもずっと。それと同じように、ドーア君もイシュカを不幸にしたりしないと信じている」


「…ありがとう、ございます」


「ありがとう、お母さん。まだ決めたわけじゃないけど、心の中はほとんど決まってるの。わたしにしかできないことでガヴァニや今まで関わった人達にお礼がしたい……それならエルフになって、総督や巡察視を目指すのが一番だって思うの。子供の頃からいろんなことを教えてくれた、今も教えてくれてるランディさんみたいに」


「……………」


「…………?」


 ドーアの目には、アクサナが思い悩んでいるように見えた。それがイシュカの話したことのうち、どれについてなのかは分からない。しかし最後には満面の笑みを浮かべて娘を抱き締めたことから、杞憂だったのだろうと思いなおす。


「さ、今日はもう帰りなさい。普通は泊まっていきなさいっていうところだけど……」


「……うん。お父さんが起きると、面倒だもんね」


「本当にすみません。ニコライさんにとっては、疲れているところにいきなり押しかける形となってしまって……」


 いいのよ、とアクサナが被せた毛布を直しながら笑う。


「この人も、分かっていたことだから。イシュカを任せられるのはドーア君しかいない、って。お酒が入ると、いつもそればかり言ってたもの」


 ちゃんと話してくれてありがとうね、と片目を瞑る。それから今後は『お義父さん』と呼んであげて、とも。今の親馬鹿溺愛ぶりからは想像もつかないが、イシュカが生まれる前のニコライは本当は男の子が欲しかったのだと。釣りを教えたり大工仕事を教えたり……父親にとって男の子とは、我が子であると同時に自分の全てを託せる弟子でもある。


「何それ。わたしも初耳なんだけど」


「言ったことないもの。あの人が恥をかくでしょ?」


 だが、もう時効だ。何もかもよいほうへ向かっている。家族の幸せに向かって。


 長年支え続けてきた父親の、赤く染まった寝顔に頭を垂れる。同じ男として、これから背負うものの大きさに覚悟を決めて。


「…むにゃう……うちの娘を盗もうなんて……そんな悪い奴は、ニ プーハ ニ ペラー。ニ プーハ ニ ペラーだ……分かるか?ぐう……」


 すかさず応える。ネムロでイシュカと再会した、あのときと同じように。


「でもな親父。人を呪わば穴二つ、って。どこかの国では、そう言うんだぞ」


 新しい親子が三人。互いの顔を見合わせて笑った。

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