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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
理想の国  ~新暦193年~
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「・・・そういえば、お前が

「…そういえば、お前がこの部屋に入るのは初めてだったな」


 研究棟の居室を片づける手も止めず、スミンはしみじみ語りだした。


「はぁ、まあ……呼ばれることもありませんでしたし」


 イシュカは簡潔に答える。自分のほうから相談したいことはなかった――先輩として頼りない、今後も頼るつもりはないと。そう言いきったに等しい。


 部屋の主が何か言おうとする。その前に後輩の小さな手が、ひと抱えもあろう大きな包みを差し出す。


「…これは?」


「卒業祝いです。お気に召すか分かりませんけど」


 反射的に受け取りかけて、スミンは苛々と頭を掻く。常に含むところを持たせてきたイシュカも、今回ばかりは裏などない。


「念のため訊くが……わざとでは、ないだろうな」


「え?」


 噛んで含めるように、ゆっくり尋ねなおす。


「今から引っ越す俺の、手荷物となるよう……」


「……………」


「……………」


「……あ」


 そこまで考えが回らなかった。今回は純粋に、義務的な気持ちから用意しただけ。小さなものを贈ると文化的に失礼とか、私生活を知らないことや不本意とはいえムクデン総督府に採用されたことを踏まえ、よいと思われるものを選んだつもりである。


「…善意なら、いい。中身は何だ」


「ペルシャの、カーリシュです。居室用の」


 手織りの絨毯だ。そこまで高いものではないが、一応本物である。


「……………」


 いろいろ疑っているのだろう。おかしな含意がありはしないかと。


「……いただいておこう」


 問題ないとの結論に達したようだった。双方共に、ほっと溜息をつく。


「それじゃあ、わたしはこれで」


「もう帰るのか?茶でも飲んでいくがいい」


 上機嫌である。ここで気をよくされても、イシュカにとっては有難迷惑なのだが。とはいえ……せっかくの無難な訣別を、あえてぶち壊しにする道理もない。


「お言葉に甘えて、少しだけ……」


「ああ。すぐ持ってくる」


 そわそわと妙に慌ただしく、廊下の向こうへ歩いていった。今更一服盛るでもなかろうが、早まったような気がしなくもない。


「……どうしよ」


 一緒に来てくれるというドーアの助け舟を断ったのは自分。ここは独力で何とかすべき。覚悟を決めるうちに、給湯室からスミンが戻ってきた。意外に懐かしい、ガヴァニでも好まれているヨーロッパ風の紅茶だ。


「待たせたな」


「いいえ。あの、わたしが……」


「いい。客は大人しくもてなされるのが礼儀だ」


 イシュカのほうを見もしなかった男の話だが、一応は正論である。


 無言で茶の香りを愉しむ。元より共通の話題などない。あるとすれば、あのときどちらがしてやったとかの刺々しい記憶のみ。


(今度こそ帰ろう)


 何やらスミンが苦慮していることに、このときイシュカは気づかなかった。


「御馳走様でした。では先輩、今までお世話に」


「待て。俺の話を聞いてくれ」


 いきなり頭を下げられる。これまで一度もなかったことだ。


「……はい?」


「俺を先輩と呼んだな?それなら一つくらい、頼みを聞いてくれてもいいはずだ」


 土下座せんばかりの勢い。極端から極端へ――少し引くのと、変わり身の早さについてゆけない。つい気圧されて不用意な台詞を口走ってしまう。


「…聞いてみないことには……」


「聞いてくれるのか!ありがたい!」


「……………」


 しまった、と思うが既に遅し。二年前、エレナがしていた話を思い出す。頼みの内容に至っては、思いもよらない代物だった。


「…俺を、聖賢王様に推薦してくれ。祖国の光復を一日でも早めたい」


 そういえば誰かが言っていた。ムクデン行政区からスミンの故郷を分離し、彼を新たな総督にするよう談判したと。素行を顧みれば認められないと分かりそうなものだが。況してや聖賢王アトは、今まで散々嫌がらせをしてきたイシュカとドーアの師である。


「弟子の君が言えば、必ず考えなおしてくださるはずだ。頼む!」


 考える余地もない。だが、自分の意思を伝える言葉には悩んだ。


「ごめんなさい。その頼みは、聞けません」


「謝るのか。自分が悪いと認めるのだな?本当は間違っていると」


「え?んん、えっと……」


 二年の付き合いでマリコの癖が伝染ったようだ。思わず面食らったが、誤解される言い回しだったかもしれない。もう一度、改めて言いなおす。


「…そのお願いは、聞けません。わたしは、あなたのほうが間違っていると思います」


「先輩を蔑ろにするのか?後輩の分際で!」


「いえ、ですから……そういうことじゃなくて」


「なら頼んでこい!俺をダイハンの総督にするんだ!」


 いつの間にか頼みが命令になっていて。ますます訳が分からなくなる。どうにか宥めて研究棟を辞したとき、時刻は朝から昼過ぎに変わっていた。ドーアの前で弱音を吐きたくないイシュカが、フユミお姉さんに甘えたのは言うまでもない。


 それからは穏やかな日々が続き、三年の間にフユミも卒業。姉と家族の待つ故郷へ帰っていった。仕事については……自営としか知らない。本当に大丈夫なのか。


 そんなある日。ドーアとイシュカは久しぶりにスミンの噂を聞いた。やらかして辞職に追い込まれたらしいが、二人には関わりのないことである。


「寂しい人。なくならないね」


 イシュカはただ一言、そう呟いたという。

念のため言いますが、スミンは悪人じゃありません。決して。

ただ、ちょっと・・・思い込みが激しいだけなんです。それと超・愛国者。

ホントデスヨ。ホント。

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