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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
理想の国  ~新暦193年~
20/210

二年後。

 二年後。エレナとマリコは卒業し、それぞれ地元に帰っていった。エレナは曽祖父が指揮するハバロフスク総督府、マリコは生まれ故郷の初等教育担当である。


 マリコより一つ下のフユミは、今もネムロにいる。優秀とされるハーフエルフゆえ学び舎に送り出されたが、元より勉強が好きではないのだ。当然やりたい仕事もなく、毎日が日曜日ならよかったのにと今なお願っている二十二歳で。


「ドアっち、ここ教えて。お願い~」


「…またか。フユミさん、自分で考えないと意味ないって言ったろ?」


 ドーア十五歳。先週法創術の基礎課程を修了し、今は応用研究の論文を書いている。どちらかと言えば実践のほうが得意なイシュカとは、よき実験仲間である。


「イっちょんにも同じこと言われた~。でもとにかく卒業しないと、半端者のハーフエルフは就職先がないんだよぉ」


「無駄に基礎能力は高いからな。安く雇うわけにはいかないし、それに見合う生産性があるとも限らない」


 旧時代、似たような立場に置かれた人々がいる。


 大学院博士課程の前期のみを修了した人々――修士マスターだ。

 四年生学部卒の学士と比べて専門性は高いものの、大学院の課程を全て終えた博士ドクターに比べれば見劣りする。イノベーションや生産性の点からすると、個人差はあるものの中途半端感が否めない。


「そだ。ドアっちが先に卒業したら、ウチのことも雇ってよ。荷物運びでも大工仕事でもヌシ釣りでも何だってやるからさあ」


「……いや。政府の仕事で魚釣りはないだろ……」


「やるかもしれないじゃん。今日は漁業の技術指導だ!とか」


 あるかもしれないが、フユミのは口から出まかせだ。そういうことなら漁協に就職すればよい。歪に優秀な不真面目ハーフエルフを雇う物好きがいたとしてだが。


 ふと、意地の悪い冗談を思いつく。


「スミンさんに頼んでみたらどうだ?そろそろ卒業だって聞くぞ」


「…冗談にしても笑えないっての。あいつ、いきなり行政区を持たせろって言ったんでしょ。実績もないくせに、直談判しようとしたとか」


 呆れた様子で溜息をつくフユミ。とはいえドーアには彼の気持ちが少しだけ解る。あくまで想像に過ぎないが……独自の言語を持つ民族でありながら、スミンの故郷は他の言語を公用語とする総督府の管轄下に置かれている。それが我慢ならないのだ。


 どこかの官吏として経験を積み、いずれはスミンも独立した故郷の総督となるのだろう。しかし、それは残念ながら今すぐではない。


「……久しぶりにヤな奴のこと思い出しちゃったな。うん、綺麗さっぱり忘れよう……ところでさ、イっちょん今日はどうしてるの?」


「そのヤな奴のところさ。メンターだからな、一応」


「げ」


 形式上のことでも、その繋がりは一生である。夫婦は離婚すれば終わりだが、こちらは厄介なことに取り消すことができない。しかも後輩側にしてみれば入学したとき既に決められており、そもそも選択の自由がないのだ。


 ドーアのメンターはイシュカ、フユミのメンターはマリコだった。それぞれ幼馴染みと姉、極めて運のよかった部類と言える。初対面の相手と組まされたエレナやマリコも、それなりの関係を築いて親しい交わりが続いている。


 メンターが自己顕示欲の強い、猜疑心の塊みたいな男。教え導いてくれるどころか、されたことといえば友人に対する嫌がらせばかり。誰が決めたか知らないが、その相手を恨まずにはいられない。


「卒業祝いの贈り物を届けると言っていた。どう考えても無関係な俺が、ついていくわけにはいかないしな」


「マジかよ……大丈夫なのかな、イっちょん」


 この二年、おかしな云い方をするならスミンは大人しかった。


 学び舎からの指導があったわけではない。そもそもミレニアムにおいては、自己救済が認められている。殺人や深刻な傷害は罪だが、殴り合い程度では逮捕されない。況してやイシュカとドーアは将来を期待された才能の持ち主。今後ますます妬みと羨望の的になるのだから、あしらう手管を身につけろというわけだ。


 一度だけ、指導代理のランディから言われたことがある。


 創術王ライオネルの言葉として、「本当にヤバそうなときは言え。いつでもスクールポリスの真似事をしてやる」と。


 この姿勢に対して、正直ドーアは物申したい。自分とイシュカに降りかかる火の粉は払う。マリコやフユミをはじめ、巻き込んでしまった友達も護る。だからといって妬みの対象ではない人々を、学び舎が放っておくのはどうなのか。


 姉の安全を気遣うあまり、フユミの修業は現に遅れてしまっている。ハーフエルフの長すぎる人生、一年や二年を気にするなというのも分かるが。やはり無責任だし、更に寿命が長いせいで普通の感覚が壊れているのではと思う。迷惑をかけている自覚があるから、苦言を呈しつつもドーアはフユミの手伝いをやめられない。またフユミのほうも、嫌がらせのことでイシュカやドーアを非難したことは一度もない。


「…本当に大丈夫かな。イっちょん……」


 外を見つめる呟きには、本物の憂いがあったのである。

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