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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
184/210

指先にマナを込め、

 指先にマナを込め、『セレスよ希う』と英語で綴る。


 この手法をリゼに見せるのは初めて。昔の真言法師達もやっていたから知ってはいるのだろうが。最近は音声入力ばかりで、あまり使わなくなっている。口に出しこそしないが、やはり怪訝そうだ。どこで聞いてるか分からないからね、と追記する。息を呑んで身を固くするにとどめたのは上出来。どこで見ているか分からないゆえ。


(最初は、まず基本からかな)


 晩餐会の間に、盛られた毒の解析は済ませておいた。あとはこれと同じものがどこにあるか――後生大事に仕舞っている者がいれば、そいつが犯人で間違いない。おかしな権力闘争のあおりで、冤罪を着せられようとしているのでもない限り。


 ライブラリによる検索の結果が出た。リアルタイムの該当なし。


(その場で反応させるタイプ。かつ触れただけでは害がない)


 大抵の化合物は、複数の合成過程が存在する。一番経済性が高いものしか普段は使われないだけだ。確実に存在した晩餐会の時間帯を指定、そこから遡って反応前の化合物がどこにあったかを追跡してゆく。


 手の込んだ真似をしていた。二種類ある前物質のうち、片方は一つの献立まるごとに入れる。もう片方は調味料として、使うかどうかは選択式――とはいえそれは醤油。ダイチ以外馴染みがなく、あるいはレフィアも使う程度。いかがですかと訊かれたが、恐らく給仕係に害意はなかろう。調味料を調べても毒そのものは出ない。そこから料理を調べたところで毒まみれ、他の皿は胃の中だから後の祭り。


 性質の悪いことに、醤油に入っていたほうの前物質はありふれている。比較的珍しいほうを鍋に入れ、証拠を隠滅した――できたと思っている。ライブラリを使えなければ、事実そうなっていただろう。


 仕込みの段階と当日、それぞれに毒の前物質を潜り込ませた人物。一度、迎賓館の外に遠回りしなければなるまい。だが最終的に、犯人の所在は必ずここへ戻ってくる。


「出来は悪かったけど、醤油だからね。製法なんか普通は知らないよ。その一方で僕が醤油にこだわってたことは、研究所に関わりがある人なら誰でも知ってる」


 カップラーメンその他諸々の開発だ。リゼの表情がさっと翳る。そのことを知っていて、ダイチに反感を抱いてそうな人物といえば。


 その疑惑は、直ちにダイチが首を振って否定する。


「いや……たぶん違う。醤油のほうの前物質、納入してきたのは工場がある地区の配給担当だ。情報漏洩はむしろ、メンバーとしか会話しないイスモとエイラ以外の全員だね」


 それをどこからか聞きつけて、何故か醤油の開発製造を始めた――上下水道局長の部下が日常的に接触する、汚水処理の微生物関連を取り扱う民間グループが。


 しかし、分かったのはそこまで。謀議がどの段階からか、あるいは最初からか?いずれにせよ、関わった人物全ての会話を調べなければ。肝心なところの意思疎通に自然な符牒を使われたら、まずどうやっても分からない。


「…上下水道局長が怪しいです。彼を締めあげればよいのでは?」


「そういうわけにもいかないよ。何せ証拠がないからね……証明するには、まずライブラリの存在を明かさないといけない」


 歴史上記録がなかったわけではないのだが、真言法師の話は半ば御伽噺扱いされて忘れられかけていた。いっそこのまま忘れてもらうとしよう。真言法の源流たる法創術へと遡った先に、問題のマナ収束弾があるのだから。


「このまま進めるしかないね。まあ……一つくらい爆弾を投げ込んでおくけど」


 そうしないとリゼの気持ちが収まりそうにないゆえ。


 翌朝。朝食の席でダイチは醤油を所望した。失礼のないよう、料理には直接かけず小皿にとって都度つけて食べる。


「……あれ?昨夜のと全然違うな。隠し味が入ってないのかな?」


「隠し味、と申しますと……?」


「入ってたんだ。味のしない隠し味。伝わる人には、伝わると思うよ」


「……承知いたしました。このことは、皆と共有いたします」


「よろしく。ところで、これの醸造施設って見学できるのかな?」


 正式なノアトゥン市民――外国人と認められた一行の滞在期限は今日いっぱい。


 現地を訪ね、土産として現物も貰い。無論、ライブラリによる検索は忘れない。いや後者が本命で前者は社交辞令のようなものだ。


 検索条件は『施設内・人の声』、バイオプロセッサを併用。対応してくれた工場長の相手をレフィアに任せ、この付近で行われた一切の会話を高速で流し聞いてゆく。もちろんダイチ以外には聞こえないよう、設定を調整済み。


 かくて……その中に、聖賢王を弑し奉るには無防備すぎるやりとりがあった。

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