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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
179/210

「ようこそヴァルハラへ」

「ようこそヴァルハラへ」


 港で一行を迎えたのは、国境警備隊長のリクだった。


「少しの間、お世話になります。しばらくでしたね」


「はい。先生もお元気そうで」


 どこでも見かける、ユホのいつもの会話。


 下船したのは、とりあえず三人だけ。ユホとダイチとレフィア。ここでアラン達が姿を見せると、どんな騒ぎになるか分からない。処遇が決まるまでは船に留めておくべき――そのほうが、いざというときのカードにできる。人質という意味ではなく、ヴァルハラ加害の生き証人を口裏合わせもなしに釈放しますねという嫌がらせ。


 ダイチのほうへ顔を寄せて、リクが不思議そうに訊ねる。


「護衛はいないのか?」


「僕達がそうだよ。主賓は彼だからね」


「いや……君達もだろう……」


 意図的な行き違いもありつつ。下手に護衛をつけると、ヴァルハラ側が強硬な意思を示したいときの生贄にされかねない。護衛がダイチとレフィアなら、中核メンバーと思われているため向こうも手を出しにくい――全面戦争になるから。


「何なら模擬戦でもやる?僕はあまり好きじゃないし用事が済んでからだけど。たぶん、まともな勝負にならないんじゃないかな」


 レフィアの強さは有名だ。普通の格闘技の範疇だが。小柄な中等科生にしか見えないダイチが、武装した警備兵より強いなどと。


 前日、ダイチはノアトゥンの兵士達と組手をした。異常な身体能力のお蔭で、護身術を嗜んでいる程度でも圧倒できる。もちろん主戦力は法創術であり、聖賢王の正体に直結するそちらを見せはしなかったけれども。


「そうなのか?」


「私では相手になりませんよ」


 レフィアが請け負う。それでリクも納得したらしい。ちなみに彼の戦闘能力は平凡。英雄の名声は、潜航士としての実績によるものだ。


「それなりの人数がいるけど、気にしなくていいよ。食事とかは自前で用意してるから」


 船の運航だけで最低5人。警備のほうは10人程度。リクの見立てでは、少なく見積もってもそれ以上。実際は捕虜も含めると、30人近くいるのだが。


「隊長、そろそろ……」


「そうだった。迎えの車を待たせてるんだ」


 ソラが耳打ち。どうぞこちらへとユホを招き、ダイチとレフィアにも頷きかける。こういうとき、護衛も外して首脳同士が車内で会話したりするシーンを西暦時代の映画などでよく見たが。善人のユホだけを切り崩すなんて企みは、とりあえずなさそう。


 車の運転はカイ、助手席にリク。ユホ達は後部座席に乗り込んだ。車外の警護部隊を指揮するのはソラの担当である。


 浮島社会では、自動車の個人所有が認められていない。主に資源節約のためだが、走っているのは公共交通としてのバスと物資運搬用の自動運転車。後者は集配当番の市民や空きができたときは当番以外の市民も乗るから、実はそれほど大差がない。何なら今だって、そちらに乗ったほうがいいんじゃないかと思ってしまう……目立つし。


「悪いな。幹事会の意向でさ……みんな、いろいろ心配してるから」


「心配って?」


 何となく分かるが、一応訊いてみる。


「ノアトゥンと戦争になるんじゃないか、とか。他の島から来た元難民達も、それをきっかけに反乱を起こすんじゃないかって」


 荒唐無稽な話だが、ヴァルハラの市民にとっては他の浮島が復興するなんて話も荒唐無稽でしかなかった。いつまでも溶け込まない彼らを苦々しく思っていたら、まさかの半独立状態。あまり友好的に接してこなかった人々は、疑心暗鬼に囚われている。


「元難民や二世の中には、嫌がらせを受けている人達もいます。矛先が向かうの恐れているのか、警察は何もしません」


「…人の心が荒んでいる。卵が先か、鶏が先か……」


 これまで黙っていたユホが、ぽつりと呟く。


「幹事会がさせないんだろうね。ガス抜きのつもりかな?」


「矛先を幹事会へ向けさせないために?」


「そ。昔からある古典的な手法だよ。独裁者のね」


 植物生産研究所からのメッセージによって、人々は可能性を知ってしまった。それだけなら想像逞しい妄言だが、ダイチとレフィアが肩入れしたノアトゥンは現に復興している。もしかしたら自分の故郷も、あるいは遠い未来のことと思っていた地上さえ。


 こうなると、政府への不満が募ってくる。とにかく慎重とだけ言って何もしない。復興どころか調査も碌にしなかったじゃないか、と。実際のところはしないのではなく、技術がないからできなかったのだが。そこはダイチも同情する。


 挙句の果てに、政府は植物生産研究所との関係を断ってしまった。このまま支援を続けていれば、どれだけ恩恵があったか知れないのに。しかもその理由が、どうやらはっきりしない。幹事同士の利権争いとか、余所者に主導権を握られたくなかったとか。微妙な噂ばかりが聞こえてくる。余所者といっても今や国はヴァルハラだけなのだから、研究所ひとつ囲い込むのがそれほど難しかったとは思えない。


「争いには、させませんよ」


 ユホは、糸のような目を僅かに見開いて言った。


「話しあいましょう。大丈夫、きっと分かります……」

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