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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
最後の日 ~????年~
159/210

恩師の家は、

 恩師の家は、庭付き平屋建ての小さなものだった。


 かなりの贅沢である。大半の住民が共同住宅暮らしであることを思えば、リクのような浮島二世や三世でもない限り。その彼でも、持っていたのは共同住宅の一室だった。独立したとき部屋が足りなかったため古い戸建てを割り振られたマルヨとイスモ以外、教え子達は全員家族向けの4~6人用アパートである。


 そこへ単身の高齢者が、程よい大きさの庭付き戸建て。気遣いの人たるパシでなくとも、お約束どおり住居を褒めるべきか二の足を踏む……はずなのだが。


「…い、いい家ですね。先生」


「!?ちょ、エイラさん!?」


「ははは、言いたいことは分かりますよ」


 おおらかに笑う。エイラは本当に素直に褒めただけなのだが――むしろ変な反応をしたことで、この場はパシのほうが失礼な態度になってしまった。恨みがましくエイラを睨みつつ、すみませんと謝罪する。


「いえいえ、本当のことですからね。そういう疑問を持つのは当然です」


 彼の生まれた時代は、公務員の利得に厳しかった。とはいえ状況が変われば、大人しくしていただけの俗物共が首をもたげてくるもの。況してや今のヴァルハラは、戦後世代が権力を握りはじめている。清廉だった旧世紀時代の地上など知らず、自分も老後にいい思いをしたいからと先輩達に便宜を図る者が現れても不思議ではない。


「かといって断れば角が立ちますしねえ……年寄りが国に睨まれると、どうしようもなくなってしまいますし」


 まあ余っているものだからと自分に言い聞かせて、その分は政府入りした教え子達に住宅不平等の問題解決を働きかけることで、罪の意識をごまかしているのだという。


 恩師は七人分の紅茶を淹れながら、そこまでをゆっくりと語ってくれた。


「…本当にすみません。そこまでお考えだったんですね……」


「なっ?だから気の遣いすぎだって」


 家主と対面に座るのはパシとアメリア。他の四人は探検に行ったり、二人で部屋のあれこれを眺めたり、勧められた椅子にも座らず手持ち無沙汰でうろうろしたりしている。


「さあどうぞ。できましたよ」


「おっ。じゃあいただきます」


 出てきた紅茶はルイボスティー、貧血に効くと言われている。薬ではないゆえ一度くらいでは大差ないが、教え子が訪ねてきたときのために備えていたのだろうか。苦手意識はどこへやら、ごくごく飲むアメリア。にこにこ眺める恩師。


「いい匂いですね、先生~♪」


「皆さんもどうぞ。冷めないうちに」


 香りにつられて四人とも戻ってきた。


 教え子達が生まれる前はできなかった、しかし恩師が若い頃は何でもなかったという贅沢をしばし楽しみ、ユミズノゴトクなんて言葉があった時代の話をする。


「…あの頃は、何でもありました。何でもあるのが当たり前でした……」


 今は第三暦0068年。今年81歳の恩師は、13歳で世界の滅亡を迎えた。そして0046年、定年間近の59歳で今度は地上からのミサイル。物資の奪い合いに端を発した殺戮の嵐が吹き荒れ、収まった頃にはあらゆる人材が不足していた。


 特に教師は――知識や技能などの職能はあれ、子供達を預けてもよいという親達からの信頼が。皆生き延びるのに必死だった、その責められる謂れはない行動により。同じような選択をしていたはずの者達に認められなかったのである。


 どうしてもと求められ、教職に復帰して二十年。科目担任は自分が育成した後進に任せ、主にクラス担任をやってきた。そうして80歳を迎え、そろそろこれを機に引退したいと申し出て承認された。教育局長の話も出たが断った。


 さも美味そうに紅茶をひと口含み、恩師は満足げに微笑む。


「…しかし、今は大分よくなりました。昔と比べることはできませんけれど、それでも水には困りません。湖の情報を下さった、研究所の皆さんのお蔭ですね……っと」


 今は皆さんも研究所の人でしたね、と苦笑する。自分が紹介しておいて忘れるとはいよいよボケましたか、とも。


 同級生の顔を見回し、委員長のパシが頷く。それに全員頷き返した。今こそ、ここへきた本題の半分を切り出すとき。


「実は、そのことなんですが……僕達、植物生産研究所を辞めることにしまして」


 辞めたいのですが、ではなく辞めることにしました――突然の宣言を聞いて、恩師は驚くでもなく不思議そうに訊ねる。


「ほう……それは、どうしてまた?」


 働くのが嫌になったとか、そういうふうには見えない。そもそも休職していたマルヨとイスモは復帰したばかりだ。


「独立して、カイシャを興します。植物生産研究所で学んだことを活かして、これからは研究所だけでなく幅広い人達の助けになる仕事をしたいと」


「……………」


 ヴァルハラでは、法人の設立が認められない。集会・結社の自由はあるものの、いわゆる『人格のない社団』だ。植物生産研究所も国の機関に当たる。


 それでどこから収入を得るのか――恩師の喉まで出かかったが、完全配給制のヴァルハラでは生活のための労働は必要ない。すなわち労働を対価として配給券や物資を手に入れるか、もしくは生産物の出荷をもって組織的に闇市へ参入するということだろう。


 今までに、そのような事例はない。闇市は、個人同士の細々とした取引だ。決まった店があるわけではなく、大体そのあたりに行くと売りたいものを欲しがっている人の情報が聞ける。運がよければ偶然会える。


 サービスの提供はよい、政府がしていないゆえ。問題は財のほうだ。政府は配給をコントロールすることにより、今の権力を維持している。警察、水、配給――三つある柱の一つが奪われそうになったら、どのような反応をするか。


「…危険ですね。それは気づいていますか?」


「はい。ですが、こんなことを思いついたのには理由がありまして……」


 高等科を卒業後、何をするでもなく無為に過ごしていた自分達。暇を見れば人助けしていたパシも何か違うような気がしていた。手の届く範囲だけできればよい、確かにそういう考えかたもある。しかし、それさえ満足にできているのか。


「え~?イスモくんとピクニックとか、ちゃんと楽しかったよ?」


「マルヨ。とりあえず今は、黙ってような」


「…お前、そいつに言われるようじゃおしまいだぞ……?」


 マルヨが呟き、イスモが窘め、アメリアが突っ込む。実はアメリアも、形は違えどパシと似たようなことをしていた。配給を受けられない隠れ難民の子供達が、誰かの手伝いをしておこぼれを貰えるような何かを。働く必要はなくても、日々の雑事はしなければならない。そこに身元の不確かな子供達でも入り込める余地が。


 植物生産研究所も、遠からず施設の立ち退きを迫られるだろう。しかしダイチとレフィア、個人としての配給が止められる動きはない。善良な避難民として認識され、正規の戸籍を得たからだ。既得権を侵す動きであっても罪を犯したわけではなく、上層部も戸籍の抹消や市民権の剝奪まではできない。


 そう考えると、パシ達の考えは大丈夫のように思える。ただ国の配給増に貢献するのではなく、闇市の活性化を目的としているところが引っかかるかもしれない。見方によっては、腕力をふるう粗暴犯より経済を変質させる知能犯のほうが悪質である。


 もう一つの問題は、植物生産研究所がやっていた仕事を国が全部乗っ取るだろうということ。ダイチとレフィアが外されたら、何も頼んでもらえない。かつ今の施設を立ち退きしたら、二人には生産手段がない。それはヴァルハラ市内、どこへ行っても同じ。


「改めて、お伺いします。それは皆さん自身の考えですか?」

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