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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
夢  ~新暦180年~
12/210

「お疲れ様です。巡察視殿」

「お疲れ様です。巡察視殿」


 発着場に降り立つや、すぐさまハーフエルフの女性が現れた。


 総督の娘である。歳は二十代半ば、絵に描いたようなモデル体型。大抵の男は見蕩れるほどの美人だが年齢不詳のランディには効き目が薄い。


「出迎えはいいって言ったのに」


「いいえ。法術王の懐刀と呼ばれるあなたに粗相はできません」


「…えぇー……」


 文字どおり待ち構えていたわけだ。


 噂の根拠は外見。現在は二十歳未満の人工進化を禁じており、すなわちランディはミレニアム建国以前からのエルフということ。その推察は当たっている。


 ゆえに放っておけば刺されるかもしれない、と。自分同様、少年の姿も油断を誘うためだと思っているのだろう――真相は不可抗力なのだが。


「僕、怖くないのに」


「どこから御覧になりますか。私が御案内申し上げます」


 総督が遣わした監視役ファドワは取り合わない。ランディの本来すべき仕事も、彼女のせいで相当やりにくくなっている。


「いいよ。自分で行けるから」


「…それは困ります。是非、御案内させてください」


 萎れてみせる。こうなるとランディの負けだ。


「…職場訪問だよ。一緒に来られたら本音が聞けないし、抜き打ちにならないだろ」


 命令しても相手を殺すか常駐しない限り無駄である。地元にいることが、人々を治めるうえでいかに大切か。法に縛られながら悪を糺すのは難しい。


「分かりました。では少し離れてまいります」


 これもまた難しい。完全に撒くことは可能だが、それをやったとき娘を襲うだろう父親の仕打ちが気になる。ゆえにランディはファドワを追い払わない。ファドワもランディの仕事を邪魔しない。トリポリ行政区は、ぬるま湯の馴れあいに沈んでいた。


 昼行燈の巡察視。総督アーキルは、ランディをそのように見ているだろう。それは事実であり、実に多くのことを見ぬふりしている。全部ドーアという希少な才能を護るため。


「…じゃあ、とりあえず生活に困ってることはないんだね」


「え、ええ。まあ……落ち着いた暮らしをさせてもらってます」


 ハーフエルフの男は、周りを気にしながら質問に答えた。同僚を気にしているのではなく、見えない何かを探しているようにも。ちなみにここは、術式を用いた無人型長距離輸送ハイウェイの物流倉庫。そして彼は、ここの責任者ではない。


「何かあったら、言ってね。仕事がきついとか、その割に給料安いとか」


「い、いいえ。そんなことは」


「……能力に見合わない雑用ばかりさせられてるとか」


 総督に悪意がある以上、住民を人質に取られているようなもの。トリポリを離れている間に、あの総督は何をするか分からない。娘のファドワに対しても同様である。


 自分達の窮状が間違ったものであると、それを人々に憶えておいてもらう。事を荒立てられない今、ランディにできるのはその程度だった。


(今すぐ解任できれば楽なんだけどなあ……)


 したらしたで、いるのは更に碌でもない奴らばかり。政治風土というものは、一朝一夕に変わらない。必然、ドーアが成人したら見てろよ――ということになる。


 それからも小売店、警察署、工事現場と見て歩き、この日の仕事は終了。少しも残業をしない、理想的なホワイト労働の鑑である。


「…えっと。ここからは私用なんだけど」


「はい」


「いや、はいじゃなくて……」


「私も余暇を楽しみます。どうぞお構いなく」


 しれっと言い放ったものである。


「迷惑防止条例違反で被害届を出すよ?」


「その届出は、証拠不十分につき受理されません」


 書類を見る前から堂々握り潰す宣言とは恐れ入ったが、しかし。


「ここに今日一日の自撮り動画があるんだけど……あれ。背景にいつも同じ人が映ってるね」


「……くっ」


 若い世代にしては、案外情報技術に疎いようだ。若者のほうが馴染んでいるという感覚自体、インターネット文化華やかなりし二十一世紀のものであり古い。


 邪魔者がいなくなったところで養護院へ向かう。子供達に遠方の土産を持ってゆき、聖人君子を気取りたい俗物を演じるわけだ。目的は言うまでもなくドーアの近況。


「…こんばんは~。毎度おなじみのクール便でーす……」


 適当なことを言って中に入る。治安だけはよいゆえ、まだ遅くないこの時刻は勝手口が開いているのだ。とはいえ独り占めできる親のいない自立心旺盛な子供達が、縄張りに侵入してきた異物を見逃すはずはない。


「あっ。ランディだ!」


「捕まえろ!」


「身包み剝ぐんだ!」


 物騒である。だが意訳すると「お土産ちょうだい」。この唐突に始まる鬼ごっこは、ランディが訪れるようになった五年前からの風物詩。


 ルールはいつも同じ。施設や物を壊さない限り、子供達は何をしてもよい。ランディからの反撃はなし。見事捕まえた子にはおまけの御褒美。捕まえられなかった子、参加しなかった子も土産は平等に配る。もっともこの巡察視、子供相手でも容赦なく強化術式を使う。これまで鬼ごっこは都合四度、成功した子は誰もいないのだが。


「それ普通に犯罪だから。他所では言うなよ」


 素早さに自信のある数人以外は最初から諦めムード。囮として引っ張り出されたに過ぎない。その数人がランディを取り囲んだ後は攻めあぐねている。誰かが均衡を破れば、そこから隙を突いて脱出されると思っているのだろう。


 実際、これまではそうやって逃げおおせてきた。が、今年は何かが違う。


「誰か指揮を執ってる奴がいるわけ?」


 返事は無言と歳に似合わぬ不敵な笑い。


「…あっそ。じゃあ、そろそろ終わりにするか」


 五人の子供達が全く同じタイミングで包囲の輪を狭めてくる。古い白兵戦の常道に則ったやり方だ。捕まったらランディの負け――しかし彼には、天井を蹴って逃げるという奥の手がある。競争意識に呑まれず、情報を共有するところまでは至らなかったのだろう。


 ランディは勝利を確信した――その片足を下に引くものがある。縺れて床へ、微弱なマナの気配を感じ取る。こんな手を使える子供は一人しかいない。


「やった!ドーアがランディを捕まえたぞ!」


 口々に叫ぶ。彼らより頭二つほども小さな男の子が懸命にしがみついている。


 いずれ負けるだろうと思ったが、これほど早いとは。しかし約束は約束。大人は約束を守らねばならない。だが差し出された『特別な御褒美』に、ドーアはそっと頭を振った。


「数が違うんじゃないか?俺はみんなと一緒に捕まえたんだぜ」


 呆気に取られて目を瞠る。誇らしげな態度と、妙な早口が噛みあわない。


「俺ひとりで突っ走っても敵わないだろ。みんなが追い詰めてくれたから勝てたんだ」


 こういうことらしい。最終局面を作り上げるのに五人。この狭い部屋へ誘い込むため働いた人数は……ほぼ全員。よって『特別な御褒美』を全員分用意しろ、と。


 頭も回る。だが悪知恵について、大人は子供に負けない。


「いいや。御褒美はやっぱりこれだね。世の中に出たら、受け手側の都合で仕事の報酬が増えたりしない。考えてもみなよ?仕事を五人でやっても十人でやっても、頼んだほうにしてみれば同じ。少ない人数でやるほど取り分は増えるのさ」


「……………」


 情操教育もへったくれもない。冷酷な真実だが、日々道徳的な教えを授けてくれている先生達には聞かせられない話だ。我先に食べ物を奪いあうような、他人のことを考えない子に育ったらどうする、と。


 冷えきった視線が痛い。そこで同じ箱をもう一つ、手品のように取り出す。


「…でもまあ。協力して働いたら、収穫が二倍になることだってあるよね」


 箱の中身は、みんなで分けられる焼き菓子。子供達の歓声を聞きつけた院長らが、いつの間にやら傍まで来ている。


「巡察視様。いつもありがとうございます」


「僕は何もしてないよ。食糧は足りてるし、好きで焼いてくれる人がいるから」


「それでも。こうして子供達が笑顔になるのは、あなたが来てくださるお陰です」


 正面きって言われると照れくさい。そもそも養護院を訪ねる口実自体、思いついたのはランディでもアルフでもない。


 イシュカの母親アクサナだ。そして次に向かう土地の話をすると、余った小麦や砂糖を使って必ず何か作ってくれる。娘のことがなくとも、昔から子供好きだったらしい。


 アクサナの焼き菓子も、今まではこっそり他の土産と一緒に渡していた。毎回手の込んだ違うもので、また『特別な御褒美』の正体を明かしたことはない。本当は勝っても負けても同じなのだが、それゆえ嘘がバレないという姑息な絡繰りである。


 頭角を現しつつも、ドーアは仲間と上手くやっているようだ。満足して今夜の宿に帰ろうとしたランディを、一転深刻そうな院長が呼び止める。


「…巡察視様に、折り入って相談があるのです」

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