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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
時の潜航者  ~第三暦28年~
117/210

「さて。飯でも食いにいくか。

「さて。飯でも食いにいくか。やることはあるが、お前の英気も養わないとな」


 村中央の広場では、夕餉の煮炊きが始まっていた。そこでもう一人の案内役と合流することになっている。


 ヨエルは浮島との繋ぎ役を期待されていたが、リクの出現でその案内役に変更された。とはいえ親族ということを差し引いても、浮島出身の人間だけで話を進めさせるわけにはゆかない。ここはもう一人、地元民の監視役をつけるところ。


 来るのは二十代後半の女性だという。夫と子供を同時に亡くしたが、なお気丈に見せている人。ヘリュがいなかったら惚れてたなとヨエルなどは言う。


「いいんじゃないか。どうせ上には戻れないんだし」


「やらかして家に入れなくなったみたいに言うなよ……そもそも、まだ三日なんだ。ウルプさんが旦那さんと娘さんを亡くしてから」


 適当に返してみたが、意外と脈はあるようだ。ヘリュとヨエルは不運に見舞われたが、幸せになってほしい。そのウルプという女性も、できることなら。


 目を皿のようにして広場を見渡していたヨエルが明るい声を上げる。


「お、いたいた。ウルプさん、待たせてすみません」


 呼ばれて振り向いたのは、濃い金髪のやや小柄な人だった。つぶらな瞳は可愛らしい印象を与えるが、伏し目がちな様子と紙のような肌の白さが実年齢を思い出させる。後ろ二つの特徴は、最近家族を亡くしたことと無関係ではあるまい。


 何せ三日前だ。気丈な人とはいえ、笑顔でいたら正気を疑う。


「いいえ。ここの手伝いをしてましたから……」


 一瞬だけ視線を合わせ、すぐに外す。この消え入りそうな声と空気――以前どこかで似た人と会っているような。


「こいつがリク、俺の従弟です。前に話しましたよね」


「リク=ハラッカです。はじめまして」


「ウルプ=ユハナ……よろしくお願いします」


 軽い握手を交わし、一緒に配給の列へ並ぶ。その間に、スオミと浮島の現状を共有することにした。浮島の統治体制や食糧事情、水事情、物資は配給制であることなどの話を終えると、リクは気になっていたことを訊ねる。


「…外で会った連中は、そもそもどうしたいんですか。ここを攻めてくるわけでもないんですよね」


 ウルプは一瞬、不思議そうな顔をした。それを見てリクも首を傾げる。その二人を比べて、ヨエルが苦笑いを浮かべる。


「リク。上のほうは今、何年だ」


「え?三歴32年……いや33年くらいだけど」


 それが何か、というふうに訊き返す。


「逆算してみろ。ここと浮島の時間速度差は、約700倍って言ったよな。つまり浮島での二年はここの一日だ。てことは……」


 ウルプが俯き加減に顔を伏せる。そこまで言われて、リクも気がつく。


「……16日しか……経ってないってことなのか?終末戦争が終わってから」


「そこまでではありませんよ。大規模攻撃がやんで、半年ほど過ぎました」


 一応、理屈は分かっている。マナ収束弾の直撃を受けたところと、影響が小さかったところの間でマナ濃度の平準化が進んでいるのだ。つまり爆心から遠かったところの時間速度は徐々に遅く――いずれ反転するだろうが、それは空の上とも平準化を果たしたとき。何千年いや何万年先のことなのか、まるで見当もつかない。


「私達はまだ、戦後の混乱期を生きています。いいえ……正式な終戦条約を結べない以上、今も戦争中と言ったほうがいいかもしれませんね」


 様々なことに合点がいった。疲れきった人々の顔、にもかかわらず困窮状態と言ってよい現状に文句ひとつなく。それどころか時には笑顔さえある。


 麻痺しているのだ。うち続く戦乱に慣らされ、これが絶望的な状況であることに。


 話は最初の問題に戻る。ならばそのことが、あの連中――元スオミ軍過激派の威圧的な振る舞いと、どのように繋がってくるのか。


 ここに及ぶと、ウルプの表情がますます沈む。


「…終末思想に、囚われてるんだと思います。何と言いましたか……『全き終わりの日』。そこから神々の親政が始まり、皇帝ドーアの革命でその時代は終わりました。しかし戦争というほどのことにはなっていません。だからラグナロクはまだ起きていないと。今回の大戦こそが最終戦争なのだと」


 ラグナロクというのはエウロペ地方でも更に狭い地域、新中海沿岸の一部でのみ語られていた伝承だという。エルフなどと同じだが、こちらは失伝しなかったらしい。


 ラグナロクとは本来『神々の黄昏』という意味であり、既に神々が滅んだ今では微妙に合わないのだが。こういったロマンや懐古趣味に囚われた連中は、概して他人の話を聞かない。論理的な説得を試みても、その努力は大抵無駄に終わる。


「何をするか分かりません。我々はまだ同胞扱いを受けていますが……世界中を敵視する彼らは、それこそ本当に」


 彼らは『敵』を求めているという。自分達を今の窮状に追い込んだ敵を。その敵が見つかったら、持てる力の全てを結集して攻撃するだろう、と。


 大体の話は終わった。煮炊きした麦と根菜の混ぜ物は、もう胃の中に収まっている。


 この後リクとヨエルは、整備班のところに戻って飛行艇の操縦訓練。実機は飛ばせないが、同型の動かないものでもイメージトレーニングくらいにはなる。


「そう、ですか。待っている方がおられるのですね……」


 ちらとヨエルを見、ヨエルが苦笑。事情は全部知っているらしい。


「…どうでしょう。そう、かもしれません」


 同じ言葉で言い淀むリク。ウルプの含むところを、何となく察した。自分と似ている、しかし生きて会える分、自分はマシなのだと。


 会釈して立ち上がり、そのままウルプと別れる。あと少しで整備班のところに着くというとき、後ろから走ってきた息も絶え絶えな声に呼び止められた。


「あ、あの……」


「ウルプさん?どうしたんですか」


「何か訊き忘れたことでも」


「…っ、はい………」


 どうにか呼吸を落ち着けて、それからもう一度深呼吸。まだ何か迷っていたが、ようやく覚悟を決めたらしい。しっかりリクの顔を見て訊ねる。


「…ウルスラという女の子をご存じありませんでしょうか?膚の色が少し濃い、スオミとニケイアのクォーターです。髪は私と同じような、六歳か七歳くらいの……」

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