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セレスティア人の手記  作者: 五月雨
夢  ~新暦180年~
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それから五年経った。

 それから五年経った。総督府の監察体制は強化され、弛みかけた統治も順調に持ち直している。三十の総督府を三人で調べていたところ、一気に二人も増員したのだ。


 巡察視各員の受け持ちは六つ。同じ場所に連続一月以上滞在し、合間に本部の用事を足してから次の現場へ移る。この繰り返し。毎年訪れるため、顔馴染みも増えて忌憚のない声を聞けるようになる。本当に困っている者は、知り合いでなくとも陳情した。エルフは耳の先が尖っており、見てそれと分かるからだ。


 頼まれなくとも、特別に力を入れた分野がある。監察体制見直しのきっかけとなった、主に児童を中心とする福祉関係の実務である。人口の急激な増加による貧困や虐待の見落としをなくすよう指摘。近隣住民の情報を重く受け止め、迅速な対応を指導した。


 これにより養護院を含む子供達の養育環境は改善。そもそも物資は足りていたが、より人の目が行き届くようになった。責任が一人に集中した結果、抱えきれない個人が闇を深めて子供達を抑圧するようなことはない。


 肝心のイシュカとドーアも、健全に育っている。イシュカは大人しめの悪戯好き、ドーアは正直過ぎるという些細な問題はあったが。イシュカは両親の愛を全身に感じ、ドーアは家族のいない寂しさを強さに昇華させている。実の親たるニコライとアクサナもさることながら、トリポリ養護院に勤める教母達の弛まぬ努力の賜物だった。


 二人が住むハバロフスク行政区とトリポリ行政区を担当する巡察視ランディは、今日も港町ガヴァニのカフェで緩やかな午後を過ごしている。元は漁村ゆえ洒落てなどいないが、この素朴な雰囲気をランディは気に入った。新鮮な魚介を使ったメニューはどれも美味しく、何より客が少ないから転寝しても怒られないところが素晴らしい。


 だが今日という日は、少しばかり事情が異なるようだった。


「巡察視さん、起きておくれな。ここで寝られると困るんだよ」


「……んぁ?」


 外見が十四、五歳の少年であるせいか、どこへ行っても一部の人々を除いて遠慮がない。巡察視とは世界に五人しかおらず、資格要件のエルフ自体二桁なのに。その大半はネムロのミレニアム本部と支部たる総督府を繋ぐ連絡役、その次に多いのが三十人いる総督。珍しさで言えば、巡察視の上には三人の王しかいないのだが……


「寝ぼけてんじゃないよ。食べたら、さっさと席を空けてくれないかね。今日は、この後がとんでもなくつかえてるんだ」


「…今日、は……?」


 まだ頭がはっきりしない。ガヴァニへ来たのは、そもそも何のためだったか。


「船が入るんだよ。久しぶりに野郎共が帰ってくるんだ。そのお祝いに使うから、他所の人がいても肩身が狭いんじゃないのかい」


「ああ……」


 普段軽く扱っていても巡察視は巡察視。宴の席にいられたら、肩が凝って楽しめないのではと思ったのだろう。今日はイシュカの父親ニコライが漁から戻る。彼と話したいことがあり、それに合わせて訪れたのだった。


 イシュカはよい子に育っている。だが寂しい思いをさせているとはいえ、少々甘やかしすぎではないのか。父親とは、娘に対してそういうものだという。それにしても半年前に船着き場で見かけたあの光景は、いくら何でも目に余る。



 ――じゃあね、いってらっしゃい。

 ――うう……イシュカああああ!

 ――なかないで、おとうさん。わたしがおまじないしてあげる。ニ プーハ ニ ペラー(鳥も獣も獲れませんように)。ね、これでだいじょうぶ。

 ――お、おう。ありがとな。元気が出てきた……

 ――だめだよおとうさん。そこはク チョルトゥ(地獄に堕ちろ)!っていわなきゃ。



 この後、ニコライは先輩漁師に引きずられて船へ乗り込んだ。


 四歳児に伝統の言い回しを教わる二十二歳。ニコライが残念なのかイシュカが凄いのかは意見の分かれるところだが。重要な場面を迎える人が悪霊に妬まれまないよう願ってかける言葉らしい。教えたのはアクサナか近所の大人か。海と陸の違いがあるとはいえ、これから漁へ出かけるニコライには相応しい。


「……やっぱり、僕もいるよ。ここの魚には、お世話になってるからね」


 本部のネムロも元は漁港だが、規模ではガヴァニに及ばない。付近で最大の水揚げを誇ったクシロは人口が減り、漁自体行われなくなっている。


「そういうことなら、覚悟しとくんだね。うちの連中は容赦しないよ」


「…ははは」


 このあたりの人々は飲む。本当によく飲む。それは旧世紀から変わらない習慣だ。そもそも遺伝子レベルから違い、他地域の人々とは別の生き物と言ってよいくらい。


 陽気なガヤが響いてきた。港で家族と再会の挨拶を済ませた野郎共が、次は祝杯をあげるために来たのだろう。


「やっぱ……いいかな。次で」


「言わんこっちゃない。ほら、こっちだよ」


 寸前に裏口から逃げ出し、充分離れたところで振り返る。


 子供の頃から騒がしいのが苦手だった。常に息を潜め、逃亡生活を送ったことも関係あるかもしれない。


(…なんだ。ちゃんとやってるじゃん)


 ランディは眩しそうに見つめた。父親の肩車に喜ぶ幼い娘の姿を。

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