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第一話

 魔法。それは、この地球において、なくてはならないものだ。


 人類誕生以来、人類は魔法を科学(知能)と同じく、地球で生き残る武器()として地球でふるってきた。結果、人類は地球全土を支配することになった。


 しかし、魔法は科学(知能)と違い、人類全体が平等に振るえる武器()とはならなかった。


 魔導士。魔法師や魔法使いなどとも呼ばれ、全人類の約0.1%しかいないとされるその存在は人類が生存競争で生き残るにも、勢力争いで生き残るにも必要な存在であった。


 それは現代にも言える。2035年当時、世界情勢は混迷の極みに陥っていた。2020年代後半に中華民国(中華)に端を発した不景気は、瞬く間に世界に波及し世界大恐慌を引き起こした。かつての超大国としての余裕を失っていたアメリカ合衆国(米国)はこの不景気を所謂戦争特需によって解消しようと画策。


 議会の反発を大統領の強権発動によって捻じ伏せ、痛い目を一度見たはずの中東に介入。魔導士五千人を含む約十万人の大軍勢を派遣したものの、相次ぐテロや、現地住人の反発、さらには米国民の厭戦ムードの蔓延などを受け、何もしないまま僅か三か月で全軍撤退。超大国・米国の権威は地に落ちた。


 悪いことは連続して起こる。米軍が中東に介入している最中、国共内戦に敗れ、ソ連邦の支援を受け、台湾島に逃げていた中国共産党(中共)が中華大陸全土を支配する中華に宣戦布告。密かに力を蓄えていた中共は、台湾島の目と鼻の先である福州を攻撃しこれを占拠した。第二次国共内戦の始まりである。


 中華は、国連安保理で中共を激しく非難。だが、安保理はソ連の後進で、旧独立国家共同体(CIS)を併呑し、目下勢力を大幅に拡大しているロシア連邦(ロシア)の拒否権発動により動くことが出来ず、結果長年米国と歩調を合わせ、中華を支援してきた欧州(European)連邦(Union)が中心となり極東へ多国籍軍を派遣した。


しかし、EUとともに中華を支援してきた肝心の米国は先の中東介入への不満が高まり、社会の分断が急激に加速した結果、大統領が暗殺される事態に発展。副大統領への政権移譲を認めない人々が蜂起し、第二次南北戦争が勃発した。米国は内戦状態に陥り、とても外国の内戦に介入する余力などなく、多国籍軍は長年中心になってきた米軍がいないまま内戦に参加した。


 多国籍軍は、数に物を言わせ中共軍を撃破していったが、これまで指揮を執っていた米国軍がいなかったため、指揮系統が乱れ単身敵陣深くまで突出する部隊や命令が通らない部隊が続出。さらに、山岳地帯に誘い込まれ、突如現れた中共軍の魔法部隊に包囲され大部分が殲滅された。


 この大敗を受け、多国籍軍は一時停止。さらにこのころ、ロシアとEUとの間で戦闘が発生。多国籍軍の大部分を担っていたEU軍もその大半が撤退し、構成する軍隊の大部分がいなくなった多国籍軍は消滅。第二次国共内戦は長期化することになる。


 だが、世界情勢は混沌としている中でも、日本皇国(日本)はまだ幸せであろう。


 不景気もいち早く脱し、主だった戦争には巻き込まれず、国防の要の軍隊は精強。皇軍は徴兵制ではなく、志願制を採っており、士気も高い。


 多くの日本国民は戦争なぞどこ吹く風である。だが、それは高々一般人の話。平民の話なのだ。


 政治家、外交官、軍人、そして魔導士。国の中枢に鎮座する者たちにとってはこの国際状況は既に対岸の火事と切って捨てるような段階にはない。


 当然であろう。寧ろこの国際状況を見て何も感じない日本国民の方がおかしいのだ。一種の戦争アレルギーに罹患しているといってもいいだろう。


 先の大戦の後、米国との間の講和交渉をまとめ上げ、辛うじて大国の地位に残った日本皇国だが、続く冷戦の時代になり、経済政策に失敗。米国にもソ連邦にも大きく離されるほど成長は停滞。この嫌な状況を打開しようと時の総理は積極的な対外政策を打ち出す。数々の内戦に介入し、結果皇軍は深く傷つく。


 野党に責任を追及され、時の総理は衆議院を解散。衆議院選挙で与党は下野し、政権交代が実現した。


 与党となった政党は数々の内向的政策を打ち出す。この政策によって、日本はこれまで軍事費に充てられていた予算を経済政策に回すことができるようになり、高度経済成長が実現した。


 しかし、この成功によって日本国民の思考もより平和ボケしていく。


 冷戦当時の国際状況を遥かに上回る現在の危険な状況でも一般人は無関心。投票率は40%を切り、皇軍不要論が噴出する。


 こうした歴史的経緯もあってか、外国からは日本は世界で最も平和だと()()()()()国、という不名誉な名前で呼ばれている。



 閑話休題


 先程も言ったが、平民の意識は地を這うようでも国政に一定の関与をする人物たちは外国のそれと比べても遜色は無い。当然軍人もそうだ。


 そして軍人には当然魔導士も含まれる。近代戦略ドクトリンの要になるのだから当然である。


 皇軍所属の魔導士には大きく分けて二種類いる。魔導大学校上がりの生粋のエリートと、そうではないぽっと出の魔導士だ。


 前者は入隊して即中尉以上の地位を得て、小隊を任せられる。後者は他の一兵卒と同様に一からのスタートになり、多くの軍属魔導士が後者である。


 ある基地のある部屋の一角にいるこの青年もまた、昨年皇軍にぽっと出で入隊したばかりの若者であった。


 だが、他の一兵卒とは少し様子が違う。その青年が着ているのは将校仕様の軍服。桜をかたどった帽章が配されているそれは、少尉仕様のものであった。


 青年は急いでいるのか慌てた様子でドアを開けようとするが、その動作の最中、机に脛をぶつける。


「っ―――」


 青年は声にならない悲鳴を上げるが、しかしなおも急ぎ、ドアを乱暴に開けると廊下を走っていった。




――――――――




檜町皇国陸軍基地



 メガロポリスの中心部に一つ佇む大きな基地。檜町皇国陸軍基地は日本皇軍陸海空軍大本営が置かれる市ヶ谷基地と並んで皇都防衛の要であり、皇軍きっての猛者たちが配属される基地だ。


「……何をやっとるんだ彼奴は。時間を十何分も過ぎてるぞ。」


 強面の屈強な男が呟く。推測するに教官だろうか。晴れわたる空の下、基地のだだっ広いグラウンドには既に数十人の若者たちが男を前に整列していた。


「彼奴と相部屋の野郎は誰だ?」


 妙に響く声を張り上げ、男が怒鳴る。手を挙げたのは人当たりの良い顔をした短髪の青年だった。


「俺ですが、彼奴はいくら揺すっても起きませんでしたよ。このままだと俺が遅刻しそうなので放っておきました。」


 それを聞いた男は更に声を張り上げる。


「何?それでは彼奴はまだ眠りこけているのか?」


 男は誰に問いかけるわけでもなく言葉を放ったのだが、しかしそれになぜか短髪の青年が乗っかった。


「そうだと思います。」


 ニヤニヤと、まるでこれからの展開を楽しむかのような笑顔を振りまきながら青年が答える。


 それを聞いた男はワナワナと怒りに震え始め、遂に緒が切れた。


「………今すぐ、今すぐにだ。今すぐ彼奴を叩き起こして俺の膝元まで引きずってこい。多少手荒な真似も許可する!」


 それを聞いた前列の何人かが慌てて寮の方へ走っていく。他の皆は今後の展開に震え、ただ一人短髪の青年だけが笑顔だった。




――――――――




「やっべぇ。マジで寝過ごした。クッソ、なんで彼奴は起こしてくれなかったんだ。」


 走りながら先程、脛をぶつけた青年が悪態をつく。所謂責任転嫁なのだが、そんなことを認識する余裕すら彼にはない。


「なんて言われるかわかったもんじゃねぇ。間に合ってくれ……。」


 彼の今の誠実な願いだった。だが、現実は無常だ。


 前の方からドタバタと何人かが走ってくる。それだけで彼は何かを悟ったような顔をしたが、話は続く。


「おい!教官、かんかんだぞ。」


「早く来い!」


 前から走ってきた青年たちに怒鳴られ、彼はその走るペースを上げる。寮の廊下を抜け、外に出てみれば、既に整列している一集団がそこにはあった。


 彼が急いで男の元へ走ると、男は青年の方を振り向いた。


「何故、遅刻した?約10分の大遅刻だぞ?」


 男の強面な顔と体格もあいまみあって特有の威圧感を醸し出す中、青年は返事をする。


「申し訳ありません。寝坊をしました。」


 男の顔に浮かんだ青筋がより鮮明になり、その光る頭皮からまるで湯気が立つような形相に変化していく。呼ぶなればまさに鬼。青年は今にも取って食われそうな状況だったが、それでも動じずに男の目をまっすぐ見つめていた。


 暫く二人は見つめあったまま、静止していた。不穏な空気は周囲にも伝染し、周りの青年たちはハラハラ、といった様子で二人の行く末を見ている。


 その状況が唐突に終わる。男はフッと横を向くと、こう呟いた。


「五十週だ。お前ひとりで五十週して来い。それで今日は許してやる。」


 周りの青年たちはみなほっとした顔をしている。連帯責任を受けなかったからであろう。そして罰を命じられた当の本人も何故か笑みを浮かべている。否、微笑といった方が適切だろうか。


「何をニヤついている。そんなに走りたいのならもう五十週追加するか!」


 男は怒鳴る。それを聞き、青年は罰を追加されては堪らないと急いで走り出す。


 彼が走り出したのを見て、男は未だ炎天下の中、整列し続けてきた集団に向け、何かを話す。が、既に青年の耳にはその声は入っていなかった。


 この青年の名を若狭わかさ 照彦てるひこという。彼こそ、皇軍最大の救世主であった。




――――――――





「照彦、お前結局百週走らされたんだってぇ?ははは、やっぱ面白れぇ!」


 今は太陽も真上に出る正午。朝から続いた辛い訓練も、一休憩の時間だ。


「うるせえ。お前が起こしてくれなかったからこんなことになったんだ。昨日、眠い体を無理やり起こしてゲームに付き合ってやったんだぞ。なのにこの仕打ちは少し酷くはないか。」


 カンカン照りの中、照彦ともう一人の青年、蔭山かげやま 修吾しゅうごは話す。歩みは食堂へ、だが意識は疲労の為か食には微塵も向いていなかった。


「いやいや、照彦だって何やかんやで俺より遅く寝たじゃねぇか。お互いさまだろ。」


 照彦はそのことを指摘され、言葉に詰まる。それを見た修吾はしてやったりとたちまちニヤケ顔になる。


「修吾さ、その笑い方、はっきり言ってキモイぞ。」


 照彦はそれをさらに指摘する。不毛な言い合いだが、そのことを二人は気にしない。


「はあ?何言ってんの。これが俺の個性だよ。個性。個性を否定するとよくないぜ。人格を否定することになる。」


 修吾は不思議な理論を展開する。それを聞いた照彦は肩を竦めた。もう修吾に反論することは何の価値もないと、そう判断したかのように。


「いや、別に俺は百周でも二百週でも問題ないんだよ。走るのは俺、得意だから。」


 急に話を戻した照彦に戸惑う様子もなく、修吾は話にうまく反応する。


「はあー。お前のその神経、羨ましいわー。俺がお前だったらもう訓練楽勝じゃねえか。この、スタミナお化けめ。」


 照彦は通常戦闘は愚か、山岳戦、都市戦、夜戦といった作戦の遂行能力から、近接格闘(CQC)、魔法格闘などの格闘技術、果てには無尽蔵の体力といった生き残るために必要な身体まで備わる皇軍精鋭の一人だ。戦闘技術に関しては皇軍精鋭である南西諸島警備隊や空の神兵と謳われた皇軍艇進団に所属する隊員にも引けを取らないという。


「いやいや、俺の苦労を知ってからそれ言えよ。お前、一人で中華に何年も居たいか?」


 照彦がこの若さでそれほどまでに戦闘に秀でているのには理由がある。照彦は青年期の一部を中華で過ごした。中華といえば第二次国共内戦で大陸全土が戦乱に巻き込まれている場所。皇軍の精鋭が集結した視察団をして「この世の地獄を体現したような場所」と言わしめるほどの地域だ。


 そこで照彦は長い間生き延びてきたのである。時に隠れ、時に仕官し、時に逃げ、時に戦った。そんな場所で生活すればいやが上にも戦闘技術は伸びるというものだ。


「嫌だけど。けど、楽したいってのはもう人間の本能だし?そういうこという権利は親友の俺にもあると思うんだけど?」


 修吾はそれを聞き、まじめな口調などにはならなかった。終始おどけた顔で照彦と会話し、挙句の果てには照彦に抱き着いてきた。


「やめろ。訓練の後で汗かいてんだから。離れろ。うわっ、お前汗臭っせえ!その体、こっち近づけんな。」


 照彦はくっついてくる修吾を引き離しながも歩みを止めない。その様子を周りの同僚がまた始まったか、と苦笑して見ている。


 二人のこういった絡みはもうこの隊の中でかなり有名になっていた。照彦は知る由もないことだが、この二人の風聞はこの基地に衛戍する他の隊にも伝わっていた。曰く「精鋭の二人が仲が良いおかげで、相当厳しい訓練にも関わらず、そこの隊内の雰囲気はいいもので、士気は高い」と。


「だから、やめろって。俺にそういう趣味ねえから!」


 照彦は遂に修吾を引き剥がすため、強硬手段に出る。


 腕を掴みながら足を払おうとする。柔道で言う足払いの要領だ。

 

 だが、修吾はそれを予測していたかのように足をすかす。照彦もそれに気が付き、瞬時に身を引く。周囲からは感嘆とも、苦笑ともとれるどよめきが起きる。前者は、二人が繰り出した技の美しさ、後者はこんな場面でこんな技を使うことに対してだ。


「俺の勝ちだな。修吾。」


 照彦は口を開く。修吾は怪訝な顔をして反論する。


「いや、俺まだ技受けてねぇし。勝負はこれからだろ。」


 だが、照彦はしたり顔で更に付け加える。


「いいや、それは違うな。俺の目的はあの状況から修吾を引き離すことだった。そしてそれは今、達成されている。この時点で俺は目的を達成し、お前はそれを阻止できなかった。つまり俺の戦略的勝利だ。」


 これには修吾も呆れる。


「…またまた、負けず嫌いなことを。あの技だって俺を地面に叩きつけるために放ったようなもんだろ。まあ、お前のそういうところ、嫌いではないけどな。」


 呆れつつも、まあ、お互いさまか。といった感じで、修吾は負けを認めた。


「まあ、いいだろ。早くいかないと、飯なくなんぞ。」


「そうだった。昼食食わなかったら午後持たないもんな。」


 二人は再び歩みを始める。周囲がもうすでに昼食を食べ終わって、食堂から出てきていることに二人が気が付いたのはその直後の事であった。


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