鏡の前では言えるのに、彼の前では言えない代わりに笑顔だけは欠かさない~でも幼馴染みは無表情~
「好きだよ」
言えない言葉を言えるように、毎日鏡の前で笑顔を作って練習をするの。
私の部屋で、私しか見ていない環境で。
だから言えるのかな?
彼のことを考えると、夜も眠れなくなるの。
彼のことを考えると、私の大好きな甘いお菓子も喉を通らなくなるの。
彼のことを考えると、いつの間にか時間が過ぎているの。
彼はそんな私を、知らないでしょうね。
だって私は、彼には言えないもの。
でも鏡の中の私なら、彼に言えるのかな?
ずっと言えない想いを、、、。
◇
「おはよう」
彼に向かって笑顔で挨拶をしたわ。
彼は私をチラッと見た後、歩き出すの。
何も言わない彼の後ろを、私は落ち込みながら歩くの。
挨拶を返してくれてもいいのに。
私の隣を歩いてくれてもいいのに。
後ろを振り向いて、落ち込んでいる私を心配してくれてもいいのに。
彼はいつも無表情で、何を考えているのか分からないの。
それでも毎日、私と一緒に学校へ行ってくれているから、私を嫌いではないわよね?
「今日は、部活はあるの?」
前を歩く彼に振り向いてほしくて、私は彼の背中に向かって話し掛けるわ。
彼は立ち止まり、私との距離を縮めた後に、あるよとだけ言うの。
その言葉に私は嬉しくなるの。
彼との距離が近付くから。
彼の声を聞けるから。
でも、彼は私を見てはくれないの。
顔を横に向けているだけ。
私は後ろにいるのよ?
そう、言いたいけど言えない私もダメね。
「今日も、部活を見学しててもいい?」
私は、部活をしている彼の姿が好きで、今日も見学をしたくて彼に聞くの。
いつもは、いいよと彼は言うのに、今日はダメだと言ったわ。
「そうだよね。いつも見学をしていたら迷惑だよね?」
本当は、どうしてって訊きたかったけれど、訊けなくて、私は泣きそうになっちゃった。
そんな私を彼は見ていない。
泣きそうになっている私を、見られなくてよかったわ。
初めて、彼が私を見ていないことに感謝したわ。
◇◇
お昼休みに、彼が私の所にやってきたわ。
私はいつものように、彼におにぎりをあげるの。
彼の好きなエビマヨが入っているおにぎりよ。
彼のお母さんの作るお弁当じゃ足りなくて、私が作ったおにぎりを、彼は私に貰いに来るの。
朝とは違ってお昼は、私を見てくれるし、話をしてくれるわ。
ありがとうと言って、私の隣に座って食べるの。
その光景に最初、友達は驚いていたけど、今では彼と話をしながらお弁当を食べているわ。
友達からお菓子を貰ったりする彼は、少しだけ表情が柔らかくなるわ。
私には無表情なのにね。
友達は彼を可愛いって言うの。
どこが可愛いの?
ずっと無表情なんだよ?
私なんて幼馴染みなのに、彼が何を考えているのか分からないのよ?
それなのに、友達は可愛いと言うだもん。
可愛い要素がどこにあるの?
友達に訊くと、おにぎりを食べているところよと言っていたわ。
よく分からないわ。
無表情で大きなお口で、おにぎりを一瞬で食べちゃうのよ?
ちゃんと味わって食べていないのよ?
私の愛が詰まっているのにね。
◇◇◇
「先に帰るね」
私は放課後、彼の部室に行って、彼に伝えたわ。
すると彼は、気を付けて帰れよと言ってくれたわ。
一緒に帰ればそんなことは言わなくていいのにと思うけれど、言えない私は笑顔を返すわ。
そんな私を見て、彼は固まったわ。
どうしたの?
私の顔に何かついているの?
すると彼が私に近付いてくるわ。
何?
彼の顔を見れなくて、私はうつ向くの。
彼は私の近距離に立って、私の頭を撫でたわ。
どうして撫でるの?
でも私の疑問はすぐに解決するわ。
だって彼が言ったの。
何を我慢してんの? ってね。
優しい彼の声は私の心を癒してくれたわ。
そして、私に勇気をくれたわ。
「私、本当は嫌なの」
私がそう言うと、私を撫でていた彼の手が止まったの。
私は不思議に思って顔を上げると、彼は悲しそうな顔をしていたわ。
どうしてそんな顔をするの?
やっぱり、先に帰るのは嫌だって、言わない方が良かったかな?
我が儘な子は迷惑だよね?
「あっ、違うの、嫌じゃないの。仕方がないって思っているから大丈夫だよ」
私は嫌だと言ったことを無かったことにしたくて、思いつくままに弁解したわ。
それなのに彼の顔は、ちっとも変わらないまま、悲しそうなの。
どうしてなの?
私、我が儘は言っていないわ。
私、迷惑なんてかけていないわ。
だから、私を嫌いにならないでよ。
すると彼の部活の先輩が、彼を呼んだわ。
そして彼は気を付けて帰れよと言って、先輩の元へ走って行ったわ。
話は終わっていないのに、彼はいなくなっちゃったの。
彼の悲しそうな表情が気になるのに。
彼には、もう訊けない。
私は仕方なく、家へ帰るわ。
彼と歩くこの通学路を、一人で歩くとつまらないの。
コンクリートの地面ばかり見ていて、面白くなんてないわ。
登校中は話さない彼だけど、下校中は少しだけ話をしてくれるの。
学校で起きた友達の面白い話や部活の話。
彼は、一歩後ろを歩く私の方をチラチラと見ながら、話をしてくれるの。
いつも私は、それを楽しみにしていたのに。
今日は一人。
寂しいなぁ。
その一言が彼に言えない私がダメなのよね。
◇◇◇◇
「好きだよ」
いつものように、鏡の前で笑顔を作って練習をするの。
今日も言えないと思うけれど、練習だけはするの。
いつか、この言葉を使う時に、焦らずちゃんと言えるようにね。
「おはよう」
私は彼に笑顔で挨拶をしたわ。
すると彼は、私を見ずに言ったわ。
今日は先に行くからってね。
そして彼は走って学校へ行ったわ。
私の返事は聞かないの?
私が分かったよ、なんて言うと思うの?
彼の背中はどんどん小さく、遠くなっていくわ。
私の声は彼に聞こえないわよね?
「嫌よ!」
私はそのまま家へ帰ったわ。
学校なんて行けないもの。
彼のことを想うと涙が溢れちゃうもの。
初めてのズル休み。
お母さんは、たまにはいいのよと言ってくれたわ。
そして頑張り過ぎなのよ、とも言ってくれたわ。
お母さんの言葉がすごく嬉しかったの。
ベッドで彼のことを考えると、涙が止まらないわ。
彼って、いつもヒドイ人ね。
私を見てはくれないし、私の本当の気持ちを理解してはくれないし、私の挨拶にも返してくれないものね。
どうして、そんな彼を好きになっちゃったんだろう?
苦しいのは分かっていた。
悲しいのは分かっていた。
悔しいのは分かっていた。
だって私は、、、。
臆病だから。
意気地無しだから。
幼馴染みという関係を、壊したくはないから。
◇◇◇◇◇
起きてよと言う誰かの声に、私は眠っていたことに気付き、目を開けたの。
目を開けると彼が心配そうに見ていたわ。
私は彼の視線に堪えられず、視線を外して時計を見たわ。
時計はお昼の一時を指していたわ。
「学校はどうしたの?」
私が彼に訊くと、君はどうして? と返されたわ。
私は何も言えずに黙ったの。
すると彼は、お腹が空いていたからって言ったわ。
私は意味が分からなくて彼を見ると、彼は顔を真っ赤にして、私を見ていたの。
どうしてそんな顔をするの?
まるで、恥ずかしいとでも言っているようね。
何がそんなに恥ずかしいの?
そして彼は教えてくれたわ。
私が知りたかったことを。
一つ一つ丁寧に、紐を解くように。
彼が教えてくれたから、私も教えるわ。
彼に伝えたかったこと。
私の本当の想いを。
彼は真剣な眼差しで聞いてくれて、たまに微笑んだり、納得してうなずいたり、申し訳なさそうな顔になったり、コロコロと表情を変えたわ。
無表情だった彼は、もうここにはいないわ。
彼は私に、表情でちゃんと教えてくれているわ。
私を、、、ってことを。
◇◇◇◇◇◇
「おはよう」
私はあなたに向かって笑顔で言った。
そんな私にあなたは、おはようと笑顔で返してくれた。
真っ赤な顔をして。
「君の笑顔は、何度見ても慣れないくらい、可愛くてドキドキするんだよ」
「だから、いつも私を見てくれなかったのよね?」
私はあなたの隣で言った。
今のあなたは私をちゃんと見てくれている。
私の気持ちを理解してくれている。
「君に我慢なんて、もうさせないからね」
「うん」
あなたは私の頭を優しく撫でてくれた。
「だから君をこれからも、こんな風に撫でさせてよ」
「うん。私は嫌なんて思ったことはないわよ?」
「それって、あの日のことを言っているんだよね?」
「そうだよ。あなたが私に嫌がられていると思った、あの日よ」
「あれは、君がいきなり嫌だって言うからだよ」
あなたは少し拗ねるように言った。
あなたは、あの日と全然変わらない。
少年の心を忘れないあなた。
「あの日は、ごめんね。だからお詫びに、あなたの好きなエビマヨのおにぎりを、これからは二つ作ろうかなぁ?」
「一つでいいよ」
「どうして?」
「だって、おにぎりは一つで足りるからだよ」
「それなら、これからも一つだけにするわ」
次は私が拗ねたように言う。
私もまだまだ子供だね。
でもあなたが悪いの。
私の愛情たっぷりのおにぎりを、一つでいいって言うからよ。
「そうだね。だから僕は、おにぎりをもう一つ食べる代わりに、僕の愛を君に伝えるよ」
「えっ」
あなたの言っている意味が分からなくて、私は首をかしげて言った。
「毎日、朝の忙しい時間に、僕におにぎりを作ってくれる君の愛は届いているよ。だから僕は君に、その愛をお返ししたいんだ」
「いいわよ。でもおにぎりを食べるように、一瞬じゃ終わらないわよね?」
私は心配しながら言う。
だって一瞬じゃ足りないから。
「うん、終わらないよ。だって、僕がおにぎりを速く食べるのは、食べた後に、君とたくさん話をしたかったからなんだよ?」
とても幸せな朝。
隣にはあなたがいて、笑ってくれる。
だから私も嬉しくて、笑ってしまう。
高校生から大学生になった私とあなた。
大人になった私とあなた。
恋人になった私とあなた。
「あなたを好きよ」
「君を愛してるよ」
次は、愛しているという言葉の練習をしなきゃ。
笑顔と一緒に。
鏡の前で。
愛しいあなたの為に。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
楽しくお読みいただけましたら幸いです。