インタールード
――其処は地球から遠く遠く。
遙か彼方の銀河に存在する別の星。
凡そ地球の倍はあろうかという、その大きな惑星の直ぐ側に其処は存在する。
その星に住まう者達は、其処の事をこう呼ぶ――『神域』
惑星の自転に逆らい、事実時間を止めて浮かぶその場所に、二柱一対の男神と女神が住むとされていた――
「――あら?あら、あらら…」
その『神域』に彼女は居た。
紅い髪、紅い瞳、紅蓮のドレス。
唇も血のように深紅なら、爪に塗られたマニキュアの色も朱。
だと言うのに、彼女の肌は血の気が引いたように真っ白で、まるで死人の様。
しかし、皮肉にもそれ故に、情熱の象徴たる赤がより一層映えている。
そんな彼女こそ、この『神域』に住まうとされる女神当人。
名をラズベル・オリジンと言う。
「可哀想ね可哀想。可哀想だわ~」
何も無い虚空を、焦点の定まっていない瞳で見つめ、薄い笑みを浮かべながら紅い女神は言う。
「あんなにたくさんの御子が、一同に亡くなるなんて。嗚呼…なんて、なんて――」
続けてそこまで語ると女神は、血の様に紅い唇の口角をぐいっと持ち上げ――
「勿体ない」
とてもとても可笑しそうに、とてもとても愉しそうに、とてもとても面白そうに。
酷く凄惨に嗤いながらそう告げた。
「勿体ない?えぇ。えぇそう、勿体ないのよ。ねぇ、貴男もそう思うでしょう?」
続けて女神は、狂った様にそうくり返すと、徐に自分の背後を振り返る。
その、焦点の合わない紅い瞳の先に、而してその人物は居た。
身の丈は紅い女神のゆうに2倍、横幅に至っては4倍は在ろうかと思える程に逞しく、肌の色は浅黒い。
それだけで十分人離れしているのだが、それ以上に目を引くのは瞳と頭部。
赤黒い色のその瞳には、白目が一切存在せずまるで動物の様だし、赤銅の髪が生えるその頭部には、まるで羊を思わせるとぐろを巻いた角が一対。
これで、その背に黒い翼と顔の輪郭が動物のソレならば、タロットなどでもお馴染みの悪魔、バフォメットかと見まごう所だが、其処はしっかりと人の姿形である。
そんな彼こそが、紅き女神の対として『神域』に存在する男神。
名をデモニア・オリジンと言う。
「…そうね。そうよね、本当にそうだわ」
さておき女神は、暫くの沈黙の後、満足げに何度も頷きながらそう呟く。
男神からの返答は一切無いというのに。
返答が無い所か、女神が振り返ってからずっと微動だにしていない。
正しくは、振り返る前からそこに居たにも関わらず、まゆ1つ身動ぎ1つせずにずっと、厳めしい表情で腕組みするのみ。
「あちらの管理者さんは、一体何をしているのかしら?あんなにも精気に満ち溢れているのに、あんな下らない事で簡単に消耗させるなんて…理解出来ない。理解出来ないわ~うんうん、私には理解出来ないのよ」
そんな男神に対し女神は、而して返答があったかの様に1人会話を続け――
「ねぇ?貴男もそうよね?」
――2度目の問い掛け。
だが先程同様、返答所か微動だにしない男神。
にも関わらず女神は、満足そうに、愉しそうに、可笑しそうに。
何度も何度も、くり返しくり返し頷く。
何度も何度も何度も何度も…
繰り返し繰り返し繰り返しくり返し…
その異様で歪な光景を見た者は、例外なくこう思う事だろう。
『あぁ…この女神は、もう既に壊れて居るのだな』と――
「――ねぇ聞いて!私、良いことを思い付いたの!!」
どれだけそうしていただろう。
不意にパンッと、両の掌を打ち付けたかと思うと、屈託の無い笑顔を浮かべながら、さも名案とばかりにそう告げる。
そして語る。
反応の返ってこない男神に向かい、焦点の定まらない紅い瞳で凄惨に嗤い、朗々と――
「これは良いこと!そう、良いことなんだわ!!私達にとって、そしてあの子達にとっても!!
…何を思い付いたのか、ですって?フフッ、ウフフッ、ウフフフフッ
慌てては駄目。慌てては駄目なのよ?私が今から説明して上げるんだから、貴男は慌てずに聞いていないと駄目なのよ!
…早く聞きたい?聞きたいわよね、早く早く聞きたいのでしょう。
ウフフフフッ、せっかちさんね。本当に、本当にせっかちさんなんだから♪
でも良いわ、良いわよ。あのねあのね私ね?
あの子達を、私達の世界に招待しようと思うの!!
どうどう?どうかしら!良い提案でしょう!?
…うん、うんうん!良かった~貴男なら、きっと賛成してくれると思ったの!!
あの子達に、新しい身体を与えるでしょう?それからそれから~私達から加護を授けて上げるの!
…うん?そこまでしてあげるのかって?なぜ何故なぁ~んでかって、気になっちゃう?
フフッ、ウフフッ、ウフフフフッ
それは、ほら!ここ数百年、守護者となる子達にしか、私達の加護を授けていなかったじゃない?
だからだから、久しぶりに私達2人分の加護を授かった勇者を、お迎えしたいなって考えてたのよ~
…え?イリナスちゃんに反対されてたじゃないかって??
そうだけ、そうだったかしら?そうだったような…
でもでも、聞いて聞いて!聞いて欲しいの!!
イリナスちゃんったらね?クロノくんの提案で、あの世界から女の子を1人お迎えして、その子を新しい精霊王に迎え入れたのよ!?
精霊王よ!?精霊王!!ずるい、ずるいわ!イリナスちゃん達ば~っかり、ず~る~い~!!
でも良いの!もう良いのよ!?もう気にしていないの!!
だって、それが羨ましくって私、ここ最近ずっとずっと、ずぅ~~~っと!あの世界のことを観察していたの!!
そして見つけた!見つけてしまったの!!見つけてしまったのよぉ~!!
このは運命?運命ね!?運命なのよ!
可哀想な子達だった。
特段あの世界の役に立たなかった魂達だった。
ただただ無作為に浪費されていった無意味な者達だった…それで、終わる筈だった――
でももう違う。違うの、違うのよぉ~
あの世界が、あの子達を要らないというのなら、見捨てるというのなら、忘れ去るというのならば…
私が、私達が、この世界が!
必要としましょう、顧みましょう、栄誉と共に民草の心に刻みましょう。
それが、哀れで不憫で痛ましいあの子達に、私がして上げられることなのよ。
きっとそう、きっとそうなの!きっとそうなんだわ…
フフッ、ウフフッ、ウフフフフッ――」
一頻り語り終えて、紅い女神は一人嗤う。
満足そうに、愉しそうに、可笑しそうに…
そうして嗤い続けた後、不意に両手を大きく広げたかと思うと、その場でクルクル回り出す。
クルクルクルクル、狂った様にクルクルクルクル――
「――嗚呼、今から楽しみ。楽しみね、愉しみだわ」
相も変わらずクルクルと、回りながら女神は呟く。
凄惨で、残忍で、狂気の色をその紅い瞳に宿して――
「ねぇ、グラム様。貴男もそう思うでしょう?」
くるくるくるくるくるくると、壊れた女神が狂々狂々…
「次こそ、ちゃんと殺して差し上げますからね」
くるくるくるくる、運命の歯車も一緒に、狂々狂々………――
これが彼――否。
我々が、この世界に転生するきっかけっと成った顛末だ。