序章(3)
――ドスンッ!!
「マリクッ!!」
銃声に掻き消される事無く、その身体が地面に叩き付けられる音を彼は耳にする。
直後にその名を呼び、怒りに顔を歪ませると――
「カンナースだ!!11時の方向!!」
――ダダダダッ!!
そう叫ぶや、銃口をそちらへとスライドさせ威嚇射撃を開始した。
「マリク!おいマリクッ!!」
「スライム!射撃の手を緩めるな!!アースィム!」
「解っている!!」
「シャフィーク!俺達が牽制する!!狙撃手を見つけ出して先に仕留めてくれッ!!」
「無茶言うなよ全く!!」
舌打ち交じりに吐き捨てるように言いつつも、それでも彼の指示通りに銃口を向け、索敵を開始するシャフィーク。
だがその直後…
「…チッ!駄目だイマーム!!ここからだと完全に死角だ!撃つだけ弾の無駄だよ!」
「モワゼレ!」
スコープを覗くと同時に悟ったその事実を受け彼は、思わずそう吐き捨ていた。
先程迄とは、まるで人が変わった様な態度。
目の前でまた1人、仲間が凶弾に倒れたのだから、それも仕方の無い事だろう。
どんなに大人びて見えようと、戦場で活躍して見せようと、彼もその仲間達もまだ子供なのだから…
而して悲しいかな、この出来事をきっかけに状況は、加速度的に悪化していく――
「畜生!クソ!!よくもマリクをッ!!」
――ガッガッガッガッ!!
「よせスライム!シャフィークが言ってただろう!!」
「けどッ!!アースィ――」
――…ガアンッ!!ドンッ…
「ッ!?スライムーッ!!」
「別方向からの射撃だと!?クソッ!!俺が探す!イマームとアースィムは、頭を低くして正面の敵の牽制を!」
「わかった!アースィム!!」
――ガガガガガッ!!
「クソッタレ!俺が話しかけたばっかりに…よくもやってくれたなッ‼︎」
――ド、ガガガガガッ!!
「おおおぉぉぉーーーッ!」
――ダダダッ!ダダダダダダダッ………
……
…
――…ドオンッ………バァンッ………
それから、どれだけの時間が経っただろうか。
1時間以上戦闘していたような気もするし、10分かそこいらだった気もする。
どちらにせよ、あれだけ激しかった戦闘音は既に鳴り止み、あの少年兵達が立て籠もっていた建物からは、物音1つ聞こえてこない。
未だに聞こえる戦闘音は、どれも遠雷のように遠くから響く音ばかり…
「――…イマーム、まだ生きてるか?」
そんな中、建物の屋内からか細い声が1つ上がる。
声の主はシャフィークで、崩れかかった窓際の壁に背中を預け、力なく座り込んでいた。
そしてその膝の上、膝枕をする格好で横たわっている人物。
戦死したスライムの遺体だ。
シャフィークは、項垂れながらその遺体を寂しそうに眺めていた。
「…今、息を引き取ったよ。」
遅れて、建物の中央付近から返事が返ってくる――彼だ。
彼は、カイスが寝かされて居た場所に膝を折り、かしずくように座り込んでいた。
では、彼の言う『息を引き取った』とはカイスの事か――否。
彼が跪いた鼻の先、元より寝かされていたカイスの他、腹部数カ所に穴を開けたアースィムの姿。
「最期、アースィムはなんて?」
「先に往って、場の空気を暖めておくってさ」
「嘘だろ?スライムならまだしも、アースィムに限ってそんな冗談言うかよ」
「あぁ…だから、何が起きたのかも分からず死んだスライムの、変わりのつもりなんだろうさ」
「そっか…」
やり取りを終え、徐に彼は立ち上がると踵を返し、シャフィークが座る窓際に向かい歩き出す。
それも、何の警戒もしていないといった無防備な状態で。
そんな彼をシャフィークは、注意もせず苦笑交じりに出迎えた。
「カイスは?」
「アースィムを向こうに連れて行った時には、もう息を引き取っていたよ」
「そっか。寂しがり屋のあいつには、悪いことしたな」
「元から助かる見込みは低かったんだ。カイスもそれは解ってくれてる筈さ」
言いつつ彼は、シャフィークと同じ様に、壁にもたれ掛かるようにして座り、腰が落ち着いた所で安堵のため息を漏らした。
「だと良いんだけどね。けど、そうか…俺が最後まで生き残っちまったか」
「なんだ。俺と2人が不服なのか?」
「いや、不服とかじゃ無くて。こういう時、最後まで残るのはアースィムかマリクだと思ってたからさ」
「そうか?俺は、なんだかんだ最後まで生き残るのは、お前とアースィムだって思ってたよ」
「イマームにそう言って貰えたのなら、ちゃっかり最後まで生き残った甲斐もあったのかもね」
「なんでだよ。俺はそんな大した奴じゃ無いぞ」
「うん、知ってる」
間髪入れずにそう返された為か、一瞬ムッとした顔になった彼は、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。
彼のその反応が面白かったのだろう。
クックッと声を押し殺しながら、楽しそうにシャフィークが笑った。
――タタッ、タタタタッ………
どれだけそうしていただろう。
一頻り笑い終えたシャフィークがふと笑みを消すと、遠くで鳴る銃撃の音に意識を向ける。
「…ナーディヤとチビ達、無事に逃げられたかな?」
「さぁ、どうだろう。あの爆撃から逃げられていれば、今頃は安全な場所に居る筈だが」
「…そっか。だよな…あの爆撃か」
そう呟くと同時、重苦しいため息を深く吐き出す。
「思い返せば、アレが俺達のケチの付き始めだったよな。何人か爆撃でやられちゃうわ、ナーディヤ達がどっちに向かったのか判らなくなるわ、敵に包囲されそうになるわ…散々だった」
「だな。だが、今更嘆いても仕方ないさ。それが俺達に課せられたアッラーの試練なんだろう」
そう言うや、シャフィークが驚いた表情で彼の事を見やる。
「それ、本気で言ってる?」
続け様にそう聞かれて彼は、口を開くよりも先に、苦笑交じりに肩を竦めおどけて見せる。
「まさか。ただの冗談さ」
「あぁ、良かった。けど、冗談にしちゃタチが悪いよ。イマームまで敬虔な大人達に成ったのかと思ったじゃんか」
「おい、よしてくれよ。それこそ悪い冗談だぜ?俺達が、どれだけ吐き気を我慢して、あの頭のおかしい狂信者共のご機嫌伺いしてたと思ってるんだ?」
「ハハッ、確かに」
答えつつ、ピースサインのような形で、徐に拳を差し出すシャフィーク。
それを見て何かを察した彼は、自身のポケットをまさぐり始める。
程なく、ポケットから取り出されたのは、くしゃくしゃになった包装紙とマッチだった。
「イマーム達のお陰で、こうして貴重な嗜好品にあやかれるんだから、本当に感謝だよ。残り何本?」
「丁度2本。運が良いのか悪いのか…」
そうぼやきながら、くしゃくしゃの包装紙からタバコを取り出しシャフィークへ。
続けてもう一本取りだしそれを口に咥えると、空の包装紙をぐしゃりと握り潰して、ポイッとその辺に放り捨てた。
――シュッ、ボッ!……ジジッ…
そのまま彼は、こなれた動作でマッチを擦り火を灯すと、その日にタバコの先端を近づけた。
程なく、タバコの先端から紫煙が上がり、役目を終えたマッチの火が急にその勢いを弱め鎮火する。
「フゥー…」
「俺の分のマッチは?」
「そっちは残念。今ので最後だ」
「え、じゃぁ俺のはどうやって点けるのさ」
「何言ってんだ。火なら此処にあるだろう?」
自身の咥えたタバコを差しながら彼は言う。
それにハタと気が付いたシャフィークは、向けられたそのタバコの火に自身の咥えるタバコを近づける。
――…ジジッ……
程なくして、シャフィークの咥えるタバコからも紫煙が上がった。
「フゥー…ったく。一服した途端、遣ってらんねぇ〜って気になるのはなんでかな?」
「あぁ、全くな」
「これからどうするのさ、イマーム?」
「どうするって、そりゃお前」
と、彼が言いかけた直後――
「Tell Repeatedly!! Drop Your Weapons and Surrender!!」
――周囲に響く怒鳴り声に、2人は一斉に屋外へと意識を向ける。
「Say it Again!! Drop Your Weapons and Surrender!! This is The ultimatum!!」
声の主は、先程迄彼等と銃撃戦を繰り広げていた敵の部隊だろう。
続け様に聞こえたその怒鳴り声に、しかし2人は驚いた様子は無い。
むしろ、つまらなさそうに鼻を鳴らしてさえいる。
「なんだ。やっぱりまだ居たのか」
「いやそりゃ居るだろう。なのに、外から見える様に歩いて」
「それで撃たれりゃ、色々早まってお互いに楽だろう?」
「それで俺1人残して、自分はとっととリタイアするって?酷い話だな」
「そうなったらその時は、シャフィークの好きにすれば良いだけの話さ。もう後だって無いんだし、白旗振ろうと誰も咎めやしないよ」
そう言って彼は、火の手が根元付近まで来たタバコを、手頃な瓦礫に押し付ける。
続けて腰からハンドガンを取り出すと、徐に残弾数を確認し始める。
「俺に生き恥を晒せって?酷な事を言ってくれるなよイマーム。それこそ無い話だろう」
「そうか?俺はありだと思うぞ。少なくとも、ナーディア達の安否が気になるのなら、何がなんても生き延びるべきだ」
「それはそうだが…」
言い淀みながら視線を下へと落とすと、そのままスライムの死に顔を眺めるシャフィーク。
待つ事暫く、不意に紫煙を吐き出したかと思うと、彼同様にタバコの火を瓦礫に押し付け――
「けど、その選択肢はやっぱり無いよ。俺がここで生き延びちまったら、誰がスライムとマリクの喧嘩を止めるのさ?」
――そんな軽口を叩きながら、名残惜しそうにスライムの亡骸を優しく退けた。
「だから、この話はここまでだよイマーム」
「そうか。お前がそう決めたのなら、それでいいさ」
「悪いね。最後のお供が俺なんかで」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
そう言って銃のスライドを引く彼と、傍に置いていたライフルに手を伸ばすシャフィーク。
それと同じくして、2人の背にした壁越しに複数人の足音が聞こえてくる。
「ようやくか。いくらなんでも待たせ過ぎだぜ」
「仕方無いさ。奴らにだって都合てもんがあるんだろう」
「都合ね…言葉が通じないと解ってる癖して、俺たちの投降待ちするのが奴らの都合だってんなら、連中の振り翳す正義ってのもたかが知れてるな」
「まぁそう言ってやるなよ。産まれてこの方、人殺ししかやってこなかった様なガキを保護するより、呼び掛けに応じず抵抗してきたのでやむ無く射殺した、方が何倍も楽なんだからさ」
「そこまではっきり言わなくても解ってるさイマーム。連中は正しいよ、何せ俺たちは正しくドウニア・アドゥなんだから」
その足音の群れは、細心の注意を払いつつ慎重に、しかし確実に2人が身を隠す廃屋へと近づいてくる。
その音か段々と近くなっていくにつれて、周囲に張り詰めた空気が満ちていく。
にも関わらず…いや、だからこそと言うべきか――
「だからと言って、そう卑屈になる必要もないぞシャフィーク。立場が違えば見方も変わる…この国じゃ、俺達の方がアダーラで、奴らをイブリースと呼ぶ声も多い」
「全くな。そう言った連中が一定数居る所為で、うちの敬虔な凶信者達がジハードだなんだと、馬鹿みたいに騒ぎ出すから嫌なんだよ」
「かくして今日も世界に争いは絶えず、されど世は事も無し。アッラー様々アッサラーム・アライクムってなもんだ」
「死せる者共にこそ祝福あれってか?世も末だな…」
「実際、俺達にとっちゃここが世の末だっただろうが」
「確かに」
――2人にとってこれが、最期の会話だったから。
だからこそ、名残惜しくてつい軽口を叩き合ってしまった。
しかしそれも、次の瞬間に明確な終わりを迎える事となる――
――ザッ!
「This is Really The End!Drop your Weapons and Come Out!!」
壁を挟んだ向こう側。
一際大きながなり声を耳にし、壁の向こう側に渋々意識を向ける2人。
「…だとさ。なんて言ってるんだ?」
「大方、武器を捨てて出て来いってんだろうさ。殺気を隠そうともしてない癖してな」
「あれだろ?自分達から手を出したんじゃないって、そう言う事実が欲しいんだろ。スフフィーが近くに居るんじゃないか?」
「外面を気にしないといけない連中は大変だな」
そう言って彼は、手にしたハンドガンのスライドを勢いよく引いた。
「確かに。その点で言えば俺達は気楽なもんだな」
笑いながらそう答えるシャフィークは、ライフルの設定を単発から連射へと切り替える。
そうして2人は会話を止めると、無言となった空間にあの張り詰めた空気が、隙間を埋めるかの如く流れ込んでいく。
次いで訪れる沈黙。
それはひどく重苦しかったが、だからといって2人の身体を動かなくさせる程の効力は無い。
無い筈だが、しかしどちらも微動だにしない。
その時間は、果たして覚悟を決める為か、或いは祈りを捧げる為か――
「――往くか」
「あぁ」
而してその終わりは、意外な程にあっけなかった。
短い会話の後、どちらからとも無く立ち上がり、そして――
――ダンッ、ダンッ!ダダダッ!ダダダダダダダッ………
再び鳴り始めた激しい銃撃の音は、しかしものの十秒程度で鳴り止んだ。