表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/23

序章(3)

 ――ドスンッ!!


「マリクッ!!」


 銃声に掻き消される事無く、その身体が地面に叩き付けられる音を彼は耳にする。


 直後にその名を呼び、怒りに顔を歪ませると――


カンナース(狙撃手)だ!!11時の方向!!」


 ――ダダダダッ!!


 そう叫ぶや、銃口をそちらへとスライドさせ威嚇射撃を開始した。


「マリク!おいマリクッ!!」

「スライム!射撃の手を緩めるな!!アースィム!」

「解っている!!」

「シャフィーク!俺達が牽制する!!狙撃手を見つけ出して先に仕留めてくれッ!!」

「無茶言うなよ全く!!」


 舌打ち交じりに吐き捨てるように言いつつも、それでも彼の指示通りに銃口を向け、索敵を開始するシャフィーク。


 だがその直後…


「…チッ!駄目だイマーム!!ここからだと完全に死角だ!撃つだけ弾の無駄だよ!」

モワゼレ(クソッタレ)!」


 スコープを覗くと同時に悟ったその事実を受け彼は、思わずそう吐き捨ていた。


 先程迄とは、まるで人が変わった様な態度。


 目の前でまた1人、仲間が凶弾に倒れたのだから、それも仕方の無い事だろう。


 どんなに大人びて見えようと、戦場で活躍して見せようと、彼もその仲間達もまだ子供なのだから…


 而して悲しいかな、この出来事をきっかけに状況は、加速度的に悪化していく――


「畜生!クソ!!よくもマリクをッ!!」


 ――ガッガッガッガッ!!


「よせスライム!シャフィークが言ってただろう!!」

「けどッ!!アースィ――」


 ――…ガアンッ!!ドンッ…


「ッ!?スライムーッ!!」

「別方向からの射撃だと!?クソッ!!俺が探す!イマームとアースィムは、頭を低くして正面の敵の牽制を!」

「わかった!アースィム!!」


 ――ガガガガガッ!!


「クソッタレ!俺が話しかけたばっかりに…よくもやってくれたなッ‼︎」


 ――ド、ガガガガガッ!!


「おおおぉぉぉーーーッ!」


 ――ダダダッ!ダダダダダダダッ………


……


 ――…ドオンッ………バァンッ………


 それから、どれだけの時間が経っただろうか。


 1時間以上戦闘していたような気もするし、10分かそこいらだった気もする。


 どちらにせよ、あれだけ激しかった戦闘音は既に鳴り止み、あの少年兵達が立て籠もっていた建物からは、物音1つ聞こえてこない。


 未だに聞こえる戦闘音は、どれも遠雷のように遠くから響く音ばかり…


「――…イマーム、まだ生きてるか?」


 そんな中、建物の屋内からか細い声が1つ上がる。


 声の主はシャフィークで、崩れかかった窓際の壁に背中を預け、力なく座り込んでいた。


 そしてその膝の上、膝枕をする格好で横たわっている人物。


 戦死したスライムの遺体だ。


 シャフィークは、項垂れながらその遺体を寂しそうに眺めていた。


「…今、息を引き取ったよ。」


 遅れて、建物の中央付近から返事が返ってくる――彼だ。


 彼は、カイスが寝かされて居た場所に膝を折り、かしずくように座り込んでいた。


 では、彼の言う『息を引き取った』とはカイスの事か――否。


 彼が跪いた鼻の先、元より寝かされていたカイスの他、腹部数カ所に穴を開けたアースィムの姿。


「最期、アースィムはなんて?」

「先に往って、場の空気を暖めておくってさ」

「嘘だろ?スライムならまだしも、アースィムに限ってそんな冗談言うかよ」

「あぁ…だから、何が起きたのかも分からず死んだスライムの、変わりのつもりなんだろうさ」

「そっか…」


 やり取りを終え、徐に彼は立ち上がると踵を返し、シャフィークが座る窓際に向かい歩き出す。


 それも、何の警戒もしていないといった無防備な状態で。


 そんな彼をシャフィークは、注意もせず苦笑交じりに出迎えた。


「カイスは?」

「アースィムを向こうに連れて行った時には、もう息を引き取っていたよ」

「そっか。寂しがり屋のあいつには、悪いことしたな」

「元から助かる見込みは低かったんだ。カイスもそれは解ってくれてる筈さ」


 言いつつ彼は、シャフィークと同じ様に、壁にもたれ掛かるようにして座り、腰が落ち着いた所で安堵のため息を漏らした。


「だと良いんだけどね。けど、そうか…俺が最後まで生き残っちまったか」

「なんだ。俺と2人が不服なのか?」

「いや、不服とかじゃ無くて。こういう時、最後まで残るのはアースィムかマリクだと思ってたからさ」

「そうか?俺は、なんだかんだ最後まで生き残るのは、お前とアースィムだって思ってたよ」

「イマームにそう言って貰えたのなら、ちゃっかり最後まで生き残った甲斐もあったのかもね」

「なんでだよ。俺はそんな大した奴じゃ無いぞ」

「うん、知ってる」


 間髪入れずにそう返された為か、一瞬ムッとした顔になった彼は、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く。


 彼のその反応が面白かったのだろう。


 クックッと声を押し殺しながら、楽しそうにシャフィークが笑った。


 ――タタッ、タタタタッ………


 どれだけそうしていただろう。


 一頻り笑い終えたシャフィークがふと笑みを消すと、遠くで鳴る銃撃の音に意識を向ける。


「…ナーディヤとチビ達、無事に逃げられたかな?」

「さぁ、どうだろう。あの爆撃から逃げられていれば、今頃は安全な場所に居る筈だが」

「…そっか。だよな…あの爆撃か」


 そう呟くと同時、重苦しいため息を深く吐き出す。


「思い返せば、アレが俺達のケチの付き始めだったよな。何人か爆撃でやられちゃうわ、ナーディヤ達がどっちに向かったのか判らなくなるわ、敵に包囲されそうになるわ…散々だった」

「だな。だが、今更嘆いても仕方ないさ。それが俺達に課せられたアッラー()の試練なんだろう」


 そう言うや、シャフィークが驚いた表情で彼の事を見やる。


「それ、本気で言ってる?」


 続け様にそう聞かれて彼は、口を開くよりも先に、苦笑交じりに肩を竦めおどけて見せる。


「まさか。ただの冗談さ」

「あぁ、良かった。けど、冗談にしちゃタチが悪いよ。イマームまで敬虔な大人達(テロリスト)に成ったのかと思ったじゃんか」

「おい、よしてくれよ。それこそ悪い冗談だぜ?俺達が、どれだけ吐き気を我慢して、あの頭のおかしい狂信者共のご機嫌伺いしてたと思ってるんだ?」

「ハハッ、確かに」


 答えつつ、ピースサインのような形で、徐に拳を差し出すシャフィーク。


 それを見て何かを察した彼は、自身のポケットをまさぐり始める。


 程なく、ポケットから取り出されたのは、くしゃくしゃになった包装紙とマッチだった。


「イマーム達のお陰で、こうして貴重な嗜好品にあやかれるんだから、本当に感謝だよ。残り何本?」

「丁度2本。運が良いのか悪いのか…」


 そうぼやきながら、くしゃくしゃの包装紙からタバコを取り出しシャフィークへ。


 続けてもう一本取りだしそれを口に咥えると、空の包装紙をぐしゃりと握り潰して、ポイッとその辺に放り捨てた。


 ――シュッ、ボッ!……ジジッ…


 そのまま彼は、こなれた動作でマッチを擦り火を灯すと、その日にタバコの先端を近づけた。


 程なく、タバコの先端から紫煙が上がり、役目を終えたマッチの火が急にその勢いを弱め鎮火する。


「フゥー…」

「俺の分のマッチは?」

「そっちは残念。今ので最後だ」

「え、じゃぁ俺のはどうやって点けるのさ」

「何言ってんだ。火なら此処にあるだろう?」


 自身の咥えたタバコを差しながら彼は言う。


 それにハタと気が付いたシャフィークは、向けられたそのタバコの火に自身の咥えるタバコを近づける。


 ――…ジジッ……


 程なくして、シャフィークの咥えるタバコからも紫煙が上がった。


「フゥー…ったく。一服した途端、遣ってらんねぇ〜って気になるのはなんでかな?」

「あぁ、全くな」

「これからどうするのさ、イマーム?」

「どうするって、そりゃお前」


 と、彼が言いかけた直後――


「Tell Repeatedly!! Drop Your Weapons and Surrender!!」


 ――周囲に響く怒鳴り声に、2人は一斉に屋外へと意識を向ける。


「Say it Again!! Drop Your Weapons and Surrender!! This is The ultimatum!!」


 声の主は、先程迄彼等と銃撃戦を繰り広げていた敵の部隊だろう。


 続け様に聞こえたその怒鳴り声に、しかし2人は驚いた様子は無い。


 むしろ、つまらなさそうに鼻を鳴らしてさえいる。


「なんだ。やっぱりまだ居たのか」

「いやそりゃ居るだろう。なのに、外から見える様に歩いて」

「それで撃たれりゃ、色々早まってお互いに楽だろう?」

「それで俺1人残して、自分はとっととリタイアするって?酷い話だな」

「そうなったらその時は、シャフィークの好きにすれば良いだけの話さ。もう後だって無いんだし、白旗振ろうと誰も咎めやしないよ」


 そう言って彼は、火の手が根元付近まで来たタバコを、手頃な瓦礫に押し付ける。


 続けて腰からハンドガンを取り出すと、徐に残弾数を確認し始める。


「俺に生き恥を晒せって?酷な事を言ってくれるなよイマーム。それこそ無い話だろう」

「そうか?俺はありだと思うぞ。少なくとも、ナーディア達の安否が気になるのなら、何がなんても生き延びるべきだ」

「それはそうだが…」


 言い淀みながら視線を下へと落とすと、そのままスライムの死に顔を眺めるシャフィーク。


 待つ事暫く、不意に紫煙を吐き出したかと思うと、彼同様にタバコの火を瓦礫に押し付け――


「けど、その選択肢はやっぱり無いよ。俺がここで生き延びちまったら、誰がスライムとマリクの喧嘩を止めるのさ?」


 ――そんな軽口を叩きながら、名残惜しそうにスライムの亡骸を優しく退けた。


「だから、この話はここまでだよイマーム」

「そうか。お前がそう決めたのなら、それでいいさ」

「悪いね。最後のお供が俺なんかで」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


 そう言って銃のスライドを引く彼と、傍に置いていたライフルに手を伸ばすシャフィーク。


 それと同じくして、2人の背にした壁越しに複数人の足音が聞こえてくる。


「ようやくか。いくらなんでも待たせ過ぎだぜ」

「仕方無いさ。奴らにだって都合てもんがあるんだろう」

「都合ね…言葉が通じないと解ってる癖して、俺たちの投降待ちするのが奴らの都合だってんなら、連中の振り翳す正義ってのもたかが知れてるな」

「まぁそう言ってやるなよ。産まれてこの方、人殺ししかやってこなかった様なガキを保護するより、呼び掛けに応じず抵抗してきたのでやむ無く射殺した、方が何倍も楽なんだからさ」

「そこまではっきり言わなくても解ってるさイマーム。連中は正しいよ、何せ俺たちは正しくドウニア(世界)アドゥ()なんだから」


 その足音の群れは、細心の注意を払いつつ慎重に、しかし確実に2人が身を隠す廃屋へと近づいてくる。


 その音か段々と近くなっていくにつれて、周囲に張り詰めた空気が満ちていく。


 にも関わらず…いや、だからこそと言うべきか――


「だからと言って、そう卑屈になる必要もないぞシャフィーク。立場が違えば見方も変わる…この国じゃ、俺達の方がアダーラ(正義)で、奴らをイブリース(悪魔)と呼ぶ声も多い」

「全くな。そう言った連中が一定数居る所為で、うちの敬虔な凶信者達がジハードだなんだと、馬鹿みたいに騒ぎ出すから嫌なんだよ」

「かくして今日も世界に争いは絶えず、されど世は事も無し。アッラー様々アッサラーム・アライクムってなもんだ」

「死せる者共にこそ祝福あれってか?世も末だな…」

「実際、俺達にとっちゃここが世の末だっただろうが」

「確かに」


 ――2人にとってこれが、最期の会話だったから。


 だからこそ、名残惜しくてつい軽口を叩き合ってしまった。


 しかしそれも、次の瞬間に明確な終わりを迎える事となる――


 ――ザッ!


「This is Really The End!Drop your Weapons and Come Out!!」


 壁を挟んだ向こう側。


 一際大きながなり声を耳にし、壁の向こう側に渋々意識を向ける2人。


「…だとさ。なんて言ってるんだ?」

「大方、武器を捨てて出て来いってんだろうさ。殺気を隠そうともしてない癖してな」

「あれだろ?自分達から手を出したんじゃないって、そう言う事実が欲しいんだろ。スフフィー(ジャーナリスト)が近くに居るんじゃないか?」

「外面を気にしないといけない連中は大変だな」


 そう言って彼は、手にしたハンドガンのスライドを勢いよく引いた。


「確かに。その点で言えば俺達は気楽なもんだな」


 笑いながらそう答えるシャフィークは、ライフルの設定を単発から連射へと切り替える。


 そうして2人は会話を止めると、無言となった空間にあの張り詰めた空気が、隙間を埋めるかの如く流れ込んでいく。


 次いで訪れる沈黙。


 それはひどく重苦しかったが、だからといって2人の身体を動かなくさせる程の効力は無い。


 無い筈だが、しかしどちらも微動だにしない。


 その時間は、果たして覚悟を決める為か、或いは祈りを捧げる為か――


「――往くか」

「あぁ」


 而してその終わりは、意外な程にあっけなかった。


 短い会話の後、どちらからとも無く立ち上がり、そして――


 ――ダンッ、ダンッ!ダダダッ!ダダダダダダダッ………


 再び鳴り始めた激しい銃撃の音は、しかしものの十秒程度で鳴り止んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ