序章(2)
「すまん、待たせた」
飛び込むと同時に仲間達へと謝罪しつつ、壁面に背中を預ける。
「状況は?」
そのまま、意識を屋外へと向けつつ問い掛けた。
「最悪に決まってんだろう!」
「マリクく~ん。そんな解りきってる事即答しないでよ」
「だな。イマームが聞きたいのは、そういう事じゃ無いんだからな」
「うっせぇーな!解ってるよ!!」
怒鳴りつつ、マリクがシャフィークへと視線を送る。
「確認出来た範囲で敵兵の数は3、多くても4だと思う。ムハージムが2だ。人数じゃこっちが優位だから、向こうも無理に攻めてこない」
その視線を受け、口早に彼が聞きたかっただろう答えを述べていく。
「そうか。慎重だな…」
「あぁ。嘗めてかかってくれたら、こっちとしては助かるんだけどね」
「カンナースの姿は?確認出来たか」
「少なくとも見える範囲じゃ居ない。けど、多分居るとは思う」
「だろうね~居ない訳がないもん」
「どうする?このままここで応戦しててもまずいだろう?」
「同感だね~何せ逃げ場が無いもん。向こうの後続が、今相手してるのと合流したら攻めてくるだろうし」
「そう成らなくとも、持久戦じゃとても勝ち目がないぞ!」
「あぁ。それに…」
そう言いかけて、ふとカイスが寝かされている方へと心配そうな視線を向けるアースィム。
その視線につられ、他の仲間達もそちらへと目配せする。
そこには、荒い呼吸を繰り返すカイスの姿が在る。
「…せめてザーヒーのバックパックは、回収したい所だねぇ」
直後に漏れたそのスライムの呟きは、皆の胸の内を代弁するかのような言葉だった。
「ってー事はだ。このままここに閉じこもっていないで、こっちから攻め込むしか無いって事だな」
一拍置いて、自信に満ちた表情で仲間達にそう提案したのはマリクだった。
その提案に、他の仲間達の表情が一瞬で引き締まる。
「だよなイマーム?」
そのマリクの問いに、「あぁ」と短く答える彼。
続けて大きく息を吐き出して、順に仲間達の表情を確認していく。
皆一様に、覚悟は出来ていると言いたげな顔つきで、彼の言葉を今か今かと待ち構えているようだった。
「俺達には、余裕も猶予も残されていない。今ここで打って出なければ、この状況を打破する目は、間違いなく完全になくなる」
そう言って彼は、自身が手にするライフルからマガジンを抜いて、残弾の確認を行う。
「とは言えだ。現状俺達が取れる手立てと言えば、ヤジュリー・サイド位なものだ」
「うわぁ~…素敵な作戦」
「茶化すなよスライム、イマームがそう言うのも仕方ないだろう」
「いや、良いんだアースィム。スライムの反応は正しい」
そう口にして彼は、マガジンをライフルへと戻した。
「こんなもの、作戦でも何でも無い。行き当たりばったりも良い所だからな」
「けど、それしか無いってんなら俺は構わないぜ。寧ろ、小難しくなくて良い」
「そりゃマリクならそうだろうさ」
「あぁ!?どういう意味だよシャフィーク!!」
「やめろお前等、イマームがまだ話してる途中だろう」
アースィムに咎められ、怨めしそうにシャフィークを睨み付けるマリク。
このような状況下にあっても、まるで気負いしていない頼もしき仲間達の姿に、自然と彼の口元が緩む。
「ヤジュリー・サイドと言っても、当然だが全員で飛び込んでいく訳じゃ無い。飛び出すのは1人で良い」
「1人?それで大丈夫なのか」
「大丈夫ではないが…複数で飛び出せば、援護する側の射線も絞られる。こちらのムハージムが敵を射程に捉えるまで、奴等には物陰に隠れていて貰いたいからな」
「成る程、奴等の慎重さを逆手に取るという訳か」
「あぁ。それで、誰が行くかだが…」
言いつつ彼は、手にしたライフルの安全装置を徐に解除し、そして――
「俺が」
――そう口に出した瞬間。
「それ以上口に出すなバカ!」
「だね。そりゃ駄目だろバカイマーム」
「だが…」
「そ~そ~マリクくん達に賛成!アースィムもそう思うでしょ?」
「あぁ。指揮する立場のお前が先行してどうする?そういう無茶は、俺かマリクの役目だろう」
彼が全文を口にするよりも早く、仲間達から却下を言い渡され思わずたじろぐ。
「しかし…」
「しかしもシャクリヤもねぇーんだよ!良いかこのバカイマーム!!お前にもしもの事があったら、その後俺達はどうするんだよ!」
「そーそー仮にここを切り抜けられて、他のみんなと合流出来たって、そん時は俺達がナーディヤに殺されちゃうってば」
「いや、別に殺されたりはしないだろう。と言うか、なんでナーディヤの名がここで出る」
「良いんだよそんな細かい事!」
「だがマリク…」
「あ~っ!もう!!そもそもお前ッ!!足の速さで俺とアースィムに勝てた事ねぇだろうが!ヤジュリー・サイドってんなら足の早い奴が行くべきだろが!!」
「サイドも重要なら、アースィムのが良くない?」
「何だとスライム!」
仲間全員から否定され、それでも尚反論しようとする度に、彼の言葉は遮られる。
それどころか、そっちのけで口論が始まらんとする始末。
そんな中「イマーム」と、困り果てていた彼を呼ぶ声に振り向いた。
「悪いが、今回ばかりは俺達だって譲れない。ここは俺かマリクに任せるべきだ」
「そ~そ~危ない事はマリク君にぜぇ~んぶおまかせ~ってね」
「てめぇスライム!どうやら表の奴らよりも先に始末されたいらしいな!!」
売り言葉に買い言葉。
そうやって、また内輪揉めが起きそうになるのを彼は、片手で制しつつため息を吐き出した。
「…解った。解ったよ」
そうして、観念したかのように仲間達にそう告げると、神妙な面持ちでマリクの事を見つめ――
「頼んだぞマリク」
「最初から、そう命令しろってんだよイマーム」
――返ってきたその台詞に彼は、自嘲気味に苦笑を漏らした。
しかしそれも一瞬の事。
再び神妙な面持ちとなった彼は、銃弾飛び交う表通りへと意識を向ける。
その様子に、仲間達も一斉に臨戦態勢へと移行した。
「距離は25位か…次、相手の銃声が止んだら決行する。俺・アースィム・スライムは援護射撃」
「解ったよイマーム」
「了解」
彼の指示に、呼ばれた両名が端的に返事を返しながら、自分達のライフルの残弾をチェックしていく。
それを見届け、視線をマリクへと移す。
「援護射撃に当たるなよ?」
「そんなヘマをするかよ。お前等こそ下手っぴな射撃するんじゃねぇぞ」
「善処するよ」
返ってきた憎まれ口に苦笑しなが答え、今度は視線をシャフィークへ。
「ここから敵が狙えるか?」
彼にそう問われ、窓枠からそっと表の様子を伺うシャフィーク。
暫くして、険しい表情を浮かべる。
「少し角度が足りないが…」
「解ってる。狙えたらで良い、敵が建物の影から身を覗かせたら迷わず撃て」
「言われなくても、やる時は確実に仕留めてやるさ」
そう答えながら、自身の持つライフルの設定を、フルオートから単発に切り替えた。
それを見届けて彼は、ふと息を吐き出した後に仲間達の事を見渡す。
「恐らくは、俺達が攻勢に出るこれが最後のチャンスだろう…」
続け様にそう告げると同時、仲間達は皆一様に笑顔を見せる。
「そんな神妙な顔をするなよイマーム。まるで、この世の終わりみたいな顔してるぜ?」
「そうだよ。気楽にいこうよ気楽に。失敗したって精々アルナールに行くだけなんだからさ」
「お前はもう少し緊張感を持つべきだぞスライム。けど、そうだな…向こうには、先に往って待ってくれてる『家族』達が居るんだ。そう思うと、地獄行きも悪く無いさ」
「ハハッ、確かに。みんなと又会えるんなら、それも悪くないな」
「お前達…」
仲間達の言葉を受け、彼の口元が僅かに緩む。
それと同時に、身体のあちこちから無駄な力が抜けていった。
覚悟はとうの昔に出来ている――彼もみんなも。
それを再確認して彼は、ただただ悲しかった。
悲しいからでも、彼もみんなも笑えたのだろう…
「準備が出来たのなら始めよう。」
彼がそう告げると同時、それまで散々鳴り響いて硝煙弾雨の音が不意に止まり――
「エテダー!!」
――ダダダダダッ!!
号令の元、少年兵達の決死の作戦が始まった。
号令が発せられるよりも一瞬早く、銃声の間隙を察知したマリクが窓枠を飛び越る。
着地と同時に姿勢を低くし、後ろを振り向かず駆け出すと同時、援護射撃が開始された。
マリクが接敵するまでの距離、およそ20メートル――ただでさえ瓦礫が散乱し走り辛いだろうに、討たれた仲間の亡骸を乗り越え駆ける。
少しでも頭を上げれば、仲間の銃弾に撃たれるだろう状況で、一切の不安も恐怖も迷いも無く、ただただひたすらに…
接敵までの距離、およそ15メートル――敵はその先の右折路に身を隠している。
だからだろう、そちらの方へと視線を固定すると、何故か逆に向かう先を左へと切り替えた。
接敵までの距離、およそ10メートル――射撃に紛れてマリクが接近しているのを、どうやら敵も察知したらしい。
右折路の陰から銃身と思しき物体が姿を覗かせる。
と、その次の瞬間――
――ダァンッ!!
周囲は、間断無く銃声のけたたましい音が響き続けているが、それでもマリクはその単発射撃の発砲音をハッキリと耳で捕らえる。
なぜならその発砲音は、嫌という程に聞き慣れた仲間の銃声だったから。
銃声が鳴り響いた直後、物陰から現れた敵の銃身が明後日の方向に弾き飛ばされる。
シャフィークの射撃。
そう瞬時に理解したマリクは、口元を緩めつつ手にしたライフルの引き金に指を掛ける。
接敵までの距離、およそ5メートル――視界に敵部隊の内1人を補足。
視線を巡らせ2人目も確認。
自分達のような見窄らしい装備などでは無い、頭の天辺からつま先までしっかりとした武装。
どこぞの国から送り込まれた正規軍、その尖兵だ。
それを見定めると同時、マリクは酷く冷徹な殺意を込めた視線を敵へと向ける。
1人目、先程の射撃によって銃を取りこぼし隙だらけ。
2人目は、目の前の仲間に何が起こったか、把握するのに気を取られている様子で、まだマリクの事を視界に捕らえていない。
紛う事の無い絶好の機会――『だが、まだだ』と、心の中でマリクが呟く。
殺るからには、見敵必中必殺必勝。
その為にも、敵の全貌を把握し、確実に仕留められる間合いにまで、踏み込む必要がある。
その為には…
敵までの距離、およそ2メートル――そこまで来て、ようやく敵の全容を把握する。
数は4名、想定の範囲内。
それを確認すると同時、ようやく視線を進行方向へと向ける。
見ると目と鼻の先に、破壊された家屋の崩れかかった壁が迫っている。
だと言うのに、マリクは曲がろうとす素振りも見せず、速度すら落とす気配さえ見せない。
そんな折に、背後から嫌な気配を察知する。
確認せずとも解る、敵兵が殺意を込めて銃口を向けたのだ。
だと言うのにマリクは、口の端を吊り上げ冷淡に嗤う。
それは、15~6程度の子供が決して浮かべてはいけない類いの笑みだった。
「――!」
――ダダダッ!
仲間達の援護射撃に紛れ、聞き慣れない言葉が耳に届く。
直後に鳴り響く新たな発砲音。
――タンッ!
けれどそれが響くよりも早く、マリクは地を蹴り宙に舞い上がっていた。
と同時に、2歩目で崩れかかった壁を踏みしめ、3歩4歩と続いて垂直に壁を走って行く。
更に5歩目で、踏みしめたと同時に壁を思い切り蹴り、背面跳びの格好で敵兵達に向かって再び宙を舞う。
上下逆さまとなった視界で見ると、マリクの取った行動に多少なりとも動揺しているらしい。
それもその筈、軽業師かと思うような身軽さもそうだが、地に足着かない空中に舞い上がるなんて、自ら逃げ場を無くしたようなものだ。
しかし今のマリクにとって、逃げ場なんてどうでも良い。
それより大事なのは、敵が壁伝いに列を成して並んでいるという点だ。
この位置取りの為だけにマリクは、空中を戦いの舞台に選んだ。
この位置からなら、撫でるように射線を動かすだけで、まとめて相手が出来るのだから。
一番手前の兵士に狙いを定め銃口を向け、引き金に掛けた指先に力を込める。
『殺った!!』そう思った瞬間――
「――ッ!?」
ガクッと、視界が右側に大きくズレたかと思うと同時、急に身体が落下する感覚に襲われる。
更に一瞬遅れで、脇腹辺りに走る灼けるような激痛。
視線を巡らせ確認すると、ぽっかりと風穴が空いて、そこから鮮血が飛び散る自身の腹部を目の当たりにする。
そこでようやく、自分が撃たれたのだとマリクは理解した…