友人(1)
――ドン、ドン、ドンッ!
『エアリオッ!エアリオ居るー?』
――ドン、ドン、ドンッ!
不規則に叩かれる玄関の扉、その合間に挟まれて聞こえた少女の声。
「あら、今日も来てくれたのね。はぁーい、今行くから少し待ってね」
聞こえてきたその声に対し、母がキッチンから声を張り上げ対応する。
その声が届いたのか、直後に扉を叩く音がピタリと鳴り止やんだ。
「フフ、今日も元気ね~」
「元気すぎだよ。あんなドンドン叩かなくっても聞こえるのに」
「あら、元気な事は良い事じゃ無い。さぁ、もうお手伝いは十分だし、お外でリザちゃんと遊んでらっしゃい」
「うん!」
元気よくそう答え、母の足下からパッと離れる。
そしてその場でクルリと反転し、玄関の方へと向かって駆け出した。
「おみやげ持って帰るからね!」
「余り遠くまで行っては駄目よ?」
「それはリザに言って!」
「あら!ウフフッ」
そんなやり取りを交えつつ、玄関の扉前に到着。
背伸びしながらドアノブに手を掛ける。
――ガチャッ、ギィ…
軋みながら内側に開いていく扉、その向こうで仁王立ちする小さな影。
燃えさかる様な紅蓮の髪、赤黒い肌。
我々の母と同じ様な形の耳に、は虫類を思わせる縦長の瞳。
そして、やはりは虫類を思わせる尻尾を生やした少女。
彼女こそ、我々を取り巻く変化の内、周辺を騒々しくさせる張本人。
リザ・スカーレットその人だ。
「こんにちわ、リザ。今日も元気そうだね」
玄関先で仁王立ちする彼女に向かい、我々はニコッと愛想良く笑いながら挨拶を口にする。
しかし、返事は直ぐに返ってこない。
「どうしたの?」
「聞こえてたわよエアリオ。さっきあたしの悪口言ったでしょ」
「悪口?」
そう言われハタと気が付く。
どうやら、母との会話が聞こえていたらしい。
「別に悪口なんかじゃないよ」
「嘘!おばさまに、あたしを注意しろって言ってたじゃない!」
「別にそう言う意味じゃ無いってば」
「じゃぁどういう意味よ!?」
我々の言葉に納得のいかないらしいリザが、ムスッとした表情で詰め寄ってくる。
やれやれ、ただの軽口のつもりだったんだがな…
〈アースィム〉口は災いの元だね〉
〈アイハム〉だね。子供に軽口なんて通じないよ〉
〈スライム〉その子供に、今は子供の我々が軽口叩くからこうなるんだよ〉
〈全く以てその通りだ。が、それは身体担当の連中に直接言ってくれ〉
そんな事を考えていると、ふと背後に感じる母の気配。
「エアリオは、リザちゃんが元気いっぱいだから心配なのよね」
直後、我々の両肩に母の手が添えられ、頭上から優しげな声が響いてくる。
「おばさま!?こんにちわ!」
「こんにちわ、リザちゃん。もうこの村には慣れた?」
「はい!」
「そう、それなら良かった。でもまだ、一人で村の外へは行っては駄目よ?」
「わかってます!エアリオと一緒なら良いんですよね」
「う~ん…」
「良い訳無いよ」
まるで悪びれた様子無く聞いてくるリザ。
それに困り顔で返答に詰まる母に代わり、我々がハッキリと返答する。
先程の会話から解る通り、リザとその家族がこの村に移住してきたのは、今よりおよそ一月程前と日が浅い。
彼女の両親が、我々の両親と古くから親交のある冒険者だったのもあって、移住してきたそうだ。
しかし、開拓が始まり間もないこの村は、まだまだ子供が少ない状況。
彼女の遊び相手になれそうなのは、残念ながら我々のみ。
そういった事情で、リザの面倒役を仰せつかったのだが…
元気と言えば聞こえは良いが、控えめに言ってお転婆だ。
好奇心旺盛で、興味の向いた先に飛び込まずにはいられない。
加えて、負けん気に度胸もあるから始末が悪い。
…まぁ、我々が言えた義理では無いか――
「なによ、エアリオ。あたしと一緒に遊べるのに不満なの?」
「僕はそんな事お願いしてないよ。逆に、僕がリザのパパママにお願いされてるんだけど?」
「何その言い方!?ムッカァーッ!」
口で怒りを表現するリズに苦笑しつつ、背後の母に肩越しに振り返る。
「それじゃ行ってくるね、ママ!」
「えぇ、行ってらっしゃい。あんまりいじわるな事言っちゃ駄目よ?」
「はぁーい!」
母に向かって、悪びれずにそう返事を返した後、玄関横に置かれた背負い籠を手に取り背負う。
「お夕飯前には帰ってくるのよ?」
「うん!お夕飯のお手伝いしたいから、その前には帰ってくるね!」
「もう…解ったわ。エアリオが帰ってくるまで待っているから、夕暮れ前には帰ってきてね」
「はーい!」
そう返事を返すと同時、玄関の外へと踏み出した。
一歩二歩と進み、リザの方へと顔も向けずに横を通り過ぎる。
そのまま歩みを進めるが、しかし彼女が後に続く様子は無い。
気にせず更に歩みを進め、もう一歩で我が家の敷地を出るとなった頃。
そこでようやく立ち止まり、クルリと背後を振り向いた。
見るとリザは、口で怒りを表現したままの表情で、遠く離れた我々の事を睨み付けていた。
その奥に居る母は、困り顔で笑いながら我々の事を見つめている。
そんな二人に向かって、ニコッと屈託無く笑い――
「行かないの?」
「…行くわよ!!」
しれっとそう問い掛ける我々。
そんな我々に対し、むくれっ面になりながら、ズンズンと大股で歩き近寄ってくる彼女。
やれやれと言った様子で、我々とリザを見送り扉を閉める母。
〈ナーディヤ〉フフッ、怒っちゃって可愛い〉
〈母の言う通りだぜ?あんまいじめてやるなよ〉
〈ナーディヤ〉あら心外。可愛いから、ついからかっちゃうだけよ〉
〈ダウワース〉それをいじめてるって言うんじゃねーの?〉
〈ナーディヤ〉そんな事無いってば〉
〈やれやれ。自覚無いってのが一番タチ悪いな…〉