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序章(1)

 20XX年・中東――


 今現在かの街は、この世に顕現した地獄そのものだった。


 空一面、分厚い灰色の雨雲に覆われ、昼だというのに夜の様に暗く、黒い煤混じりの雨が数日間にも渡り降り続けている。


 その黒い雨の元となっているのは、かの街のあらゆる場所から上っている黒煙だ。


 元は、民家だったろう、こぢんまりとした建物も――


 商店が立ち並んでいたろう、整地されていた通りも――


 民衆の信仰を集めたろう、荘厳なモスクも――


 歴史を感じさせる、異国情緒溢れる立派な建造物も――


 それら全て区別無く、見渡す限り平等に破壊の限りが尽くされて――破壊されても尚破壊されて、連日鎮火と再燃をくり返している。


 そうして出来上がった黒い雨は、それ自体が既に酷い臭いを放っている。


 だがそれ以上に、破壊し尽くされたかの街には、そこかしこに酷い臭いを放つ物で溢れかえっていた。


 自動車の鉄やゴム、そしてガソリンが燃える臭い――


 硝煙特有の、酷くきな臭い匂い――


 そして――血と、脂と、肉の灼ける、鼻に纏わり付くような死の匂い。


 よくよく目を凝らし見てみれば、崩れた建築物の瓦礫に混じって、()()()()()()()()があちこちにゴロゴロと転がっている。


 在る()は、火災に巻き込まれたのか、全身真っ黒に煤け、今尚煙を立ち上らせ――


 また在る()は、爆発に巻き込まれたのか腹部より上が無く、その代わりに鮮血が扇状に広がり、一部中身(はらわた)が申し訳程度に飛び出し――


 他の在る()は、全身で銃弾を受けたのか、人の形が保てず虫食い状態――


 あれも、それも、どれも、これも――


 大凡、真っ当に生きた人間が迎えるべき死に方ではなかった。


 繰り返し告げよう。


 ()()は、この世に顕現した地獄そのものだ。


 そんな、地獄と化した街中に、銃を手に奮闘する少年兵達の姿があった――


 ・・・


 ――ダダダッ!ダダダッ!!


 容赦なく飛び交う鋼鉄の弾丸から逃れる為、彼等6人は、瓦礫と化した住居の影に隠れていた。


 年の頃は、大凡15歳前後だろう。


 皆、ボロボロのシャツに薄汚れた短パンという格好だった。


 そんな、ともすれば年相応の格好と言えなくもない少年達の手には、さも当たり前のように軍用の自動小銃が握られている。


 しかし、その服装にその装備――


 彼等が身を隠している住居より外の通りに目を向けると、同じ服装をした少年達が4人。


 正しく危険地帯と言って良い路上に、自動小銃を抱えうつ伏せで倒れ込んでいるのが確認出来る。


 と同時に、地面に紅い水たまりが少年達を中心に4つ。


 あと少しという所で、運悪く硝煙弾雨の餌食となったのだろう。


 そして、どうやら住居の中に隠れた6人の中にも、運の悪い少年兵が居るらしかった――


 ――ダダダッ!ダダダッ!!ドカァンッ!!


 間断無く鳴り響く銃の音、爆発音が轟く度に地面が揺れる。


 表からそれらの音が響く度、この住居に身を寄せ立て籠もった少年達が3名、窓枠から小銃を突き出し応戦する。


 残る少年達は、応戦する3名とは少し距離を空けた室内の奥まった部分。


 元はキッチン兼リビングだったであろう場所に居るようだ。


「痛い!!痛いよぉ!!イマーム(リーダー)ッ!!」


 しかも、どうやら3名の内1人は負傷しているらしい。


 乱暴に片づけられた地面に寝かされ、ボロボロと大粒の涙を流しながら苦痛に顔を歪めて、自身の左太ももを必死になって押さえていた。


「落ち着けカイス!大丈夫だ!!」


 その、カイスと呼ばれた地に寝かされた少年兵の両サイド、残り2名の少年兵がしゃがみ込んでいた。


「良いか、落ち着けよカイス。ちょっとで良いから負傷した箇所を俺に見せるんだ」

「う、うん…」


 その内の一方、先程から彼に声を掛けていた少年兵が、その太ももに添えられていた手を掴み、ゆっくりと落ち着いた口調で語りかける。


 その言葉に、泣きじゃくりながらも素直に頷いたカイスが、自身の手を太ももから僅かに持ち上げる。


 瞬間、僅かに出来た隙間から傷の具合を確認した少年兵の顔つきが変わった――


「…もう良いぞカイス。すぐに手当てするからな」

「う、うん」


 カイスが頷くのを確認し、隣に控える少年兵へと視線を向ける。


「アースィム、止血帯は?」


 その問い掛けに、アースィムと呼ばれた少年はすぐさま首を横に振った。


「在るとしたら、ザーヒーの鞄の中だ。ドンパチしている表に転がってる筈さ」

「そうか」


 アースィムの言葉にそう返した直後、彼は徐に自分のシャツを脱ぎ始める。


 それを以て止血帯の代わりとするつもりなのだろう。


 脱いだシャツをてで2つに引き裂き、その内1つをカイスが手で押さえつけた位置より少し上の部分に巻きつけ、堅くきつく結び上げる。


「ウギッ!」

「我慢しろ」


 思わず漏れてしまったであろうその悲鳴に対し、彼は冷たく言い放つ。


「ひ、ひぃっ!い、痛い!!痛いよイマーム(リーダー)!!」


 続けて、カイスの太ももに添えられた手を無造作に退かすと、残ったシャツの切れ端で同じ様に縛り上げた。


 傷口に直接触れたのだから、先程と比べるべくもない悲鳴が、カイスの口から発せられた。


 けれど彼は、これには一切聞く耳持たずただ淡々と、黙々と処置を続ける。


「…よし、一先ずこれでいい」


 程なくして、作業を終えた彼はそう独り言ち、視線をカイスへと向ける。


「良いかカイス。足の傷口は、ずっと押さえてるんだぞ」

「う、うん。解ったよイマーム(リーダー)

「それから身体寝かせて、膝を上げるんだ」

「えっと…こう?」

「そうだ。とにかく少しでも、足に巡る血の量を少なくするんだ」

「う、うん…ねぇイマーム(リーダー)

「なんだ?」

「ぼく――死ぬのかな?ザーヒーや、ダッバーフみたく…」


 その問いに彼は――


「…イマーム(リーダー)?」


 ――しかし何と返して良いのか解らず、顔を強ばらせ押し黙る。


 思い付く限り、出来る事はした。


とは言え、現状出来る事は所詮この程度。


 こんな物、応急処置と呼べるような代物でも無ければ、その場凌ぎと言うのも烏滸がましい。


 傷口の位置を心臓よりも高くして、血の巡りを遅らせようにも箇所が悪い。


 かなり強く圧迫しているのに、それでも尚血が流れているのを見るに保って10分、長くても15分と言った所だろう。


 その僅かな間にこの状況を切り抜け、ちゃんとした止血帯を入手し、きちんとした処置の出来る場所まで連れて行く…


 どう考えても現実的とは言え無い。


 結局カイスは――


「――泣き虫カイスが!」


 その時、周囲に鳴り響く銃撃戦の音を物ともしない罵声が、住居中に轟いた。


 咄嗟に彼は、漉しに回しかけた手をビクリと止めて、声が響いた方へと振り向いた。


 今も尚、窓際で応戦している3名の内の1人、怒りの形相で()()を睨み付けるオールバックの少年兵。


「この状況をどうにか出来無きゃ!お前だけじゃ無くこの場に居る全員あの世行きだろうが!!しみったれた事言ってねぇでシャンとしろッ!!」

「ご、ごめんよぉ!」

「おい、マリク。言い方もう少し考えろよ」


 続け様に飛んできた、マリクと呼ばれた少年兵の怒声に、慌てたカイスが泣きそうな表情で謝罪する。


 そこへアースィムが割って入り窘めると、直ぐさまマリクは彼の事をジロリと睨み、不機嫌そうに「フンッ」と鼻を鳴らした。


「そこの泣き虫が、お前等の手を煩わすからだろうが。処置が済んだんならイマーム(リーダー)もお前も、とっととこっちに来て応戦しろよ」

「だからお前言い方…」


 乱暴なその物言いに、すかさずアースィムが文句を告げようと口を開く。


「まぁそう言うなよアースィム」


 それを遮って掛けられた声に、喉まで出掛けた言葉を飲み込んだアースィムは、マリクと逆側の窓際に立つ少年兵へと視線を移した。


「マリクの口が悪いのは、付き合いの一番長いイマーム(リーダー)達が一番解ってんだろう?今更もう直らないって」

「あぁ!?もういっぺん言ってみろシャフィーク!!」


 苦笑しながら、楽しげにそう語るシャフィークと呼ばれた少年兵。


 それに反発して、すかさずマリクが不機嫌そうに声を荒らげた。


「そうそう」


 と、そこへ再び割り込む声が響いた。


 そう広くもない住居の中だ、その声の主は視界の中に既に居た。


 この建物の扉――と言っても、戸板は既に朽ち果ててその役割を果していないが――から、ニヤけ顔で表の様子を伺う少年兵だ。


「お口の悪いマリク君なりの激励の言葉じゃ~ん。ほんと素直じゃ無いよねぇ~」

「テメェこらスライム!お前の耳どうかしてんじゃねぇのか!?」


 如何にもお調子者と言った様子の、そのスライムと呼ばれた少年兵の言葉に、激昂したマリクの怒声が再び響く。


 演技などでは無く、正しく怒り心頭と言った様子。


 それが逆に面白いのか、スライムとシャフィークは実に楽しげだ。


 室内には、依然として銃撃と爆発の轟音が絶え間なく鳴り響いている。


 彼等からしたら、一切の気を許せる様な状況では無い筈。


 だと言うのに――いや、だからこそだろう。


 この場の空気は、現実世界に顕現した地獄の中心にあって、そう悪くないものだった。


 それはつまり、彼等が生きる事を放棄していないという確固たる証明だ。


 それは致命傷を負ったカイスも同じ――


 それなのに自分は…


 ――不意に、彼の肩に触れた温かな感触に視線を移す。


 見ると彼の隣に控えるアースィムが、柔らかく笑いかけながらその肩に手を置いていた。


 その表情からは、彼が何をしようとしたか悟っているのだろう。


 全て解った上で、心配ないと訴えかけているようだった。


「…なぁ、イマーム(リーダー)よ」


 他の音を全て掻き消さんと鳴り響く戦闘音の中、しかしその小さな呟きは、嫌にハッキリと聞こえた。


 彼は再び視線を巡らせ、その声の主であるマリクを見つめる。


「ここまで来て、自分達で好きな死に方を選べるなんて、みんな思っちゃいねぇよ。だからもう、あんたがその手を汚す必要なんて無いんだ」


 続け様に語られたその言葉に彼は、胸が詰まる思いで一杯になった――


 銃を手に、無理矢理紛争に加担する彼等にとって、負傷は日常茶飯事である。


 過去に何十人という仲間達が深手を負う事が在り、助かる見込みのない者を彼はその手に掛けてきた。


 何人も、何人も…


 無論、当人の要望在っての事だった。


 無駄に苦しまぬよう、辛い思いをせぬように…


 幾ら当人達の要望とは言え、仲間殺しなんて非常な事、本来であれば許される筈もない。


 彼等が、()()()()()()()()()であったなら…


 紛争地帯における少年・少女兵とは、大人達テロリストからすれば替えのきく道具でしかない。


 それこそ、今もそこかしこで飛び交っている鉛玉(銃弾)と同じ、一山幾らで取引されるような消耗品だ。


 そんな彼等に、テロリスト達が真っ当な医療行為を施す筈もない。


 何故なら、彼等より医療物資の方が貴重だからだ。


 治療が受けられ無ければ当然、助かる命も助からない。


 助かったとして、その多くが戦場に復帰出来ず兵士としての存在価値を失ってしまう。


 その場合、()()()地雷避けとして使われるか、人狩り(マンハント)のターゲットとされるかだ。


 しかし少年兵の場合は、それでもまだマシなのかも知れない。


 それが少女だった場合、赤子工場の苗床にされて飼い殺される。


 いずれにしても、その末路の惨たらしさたるや筆舌に尽くしがたい。


 そんな末路しかないのなら、在る意味『死』こそが彼等にとっての最大の救いだった。


 ()()()()()、助かる見込みが無いと悟った者の多くが死を願う。


 しかし、そうだったとしても本能的に『死にたくない』と思うのが人の性だ。


 だから、同じ境遇の仲間に死を懇願する――


 彼が初めてその手に掛けた仲間は、両手を失い自死する出来なくなった少年兵だった。


 他の仲間達が、その少年兵の懇願に対し何も出来ずに居る中、彼は泣きながら銃の引き金を引いた。


 末期の言葉は、笑顔を浮かべての『ありがとう』だった――


 それから何人も見送って、気付けば自然と銃に手が伸びるまでになっていた…


「――俺達も応戦しようイマーム(リーダー)


 アースィムのその言葉に、彼の意識は現実へと戻された。


「…あぁ、そうだな」


 短くそう答えライフルを構えた彼を見て、力強く頷くアースィム。


 そのまま同じ様にライフルを構えると、一足先にマリク達の居る壁際へと向かっていく。


「すまんなカイス。今は気を確かに持てとしか言えない」


 それをその場に残って見送った彼は、カイスへと視線を向けて、遅ればせながらに先程の問いかけの返事を返した。


「う、ううん!こっちこそごめんよ、イマーム…変な事聞いて」

「いや…とにかくその姿勢を維持して、安静にしてるんだ。いいな?」

「うん…」


 その返事を聞き、彼もマリク達の居る方へと振り返った。


「あのっ!」

「うん?」


 けれども直ぐさま呼び止められて、肩越しに再びカイスへと視線を向ける。


「イマーム…その、頑張って」


 その激励に「あぁ」と短く返して、今度こそマリク達の元へと向かう。


 さほど広くもない室内だ。


 数歩駆けてそのままの勢いで仲間達の輪へと飛び込んだ。

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