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インタールード4

【君想う、故に我在り:イマーム】



 物心付いた時には、俺は既にそこに居た。


 各地から集められた、三十人程度の子供達を押し込めた、テロリスト(大人)達の拠点の一つ。


 何時からそこに居たのか、何処から連れ去られてきたのか。


 親は誰なのか、今どうしているのか。


 当時の俺にそんな事を知る術も無く、また知りたいとすら思わなかった。


 知った所で、何かが変わる訳でも無ければ、どうこう出来る訳も無いと考えていたからだ。


 今にして振り返ると、我ながら了見の狭いガキだったなと、そう思う――


 初めて人を殺したのは、確か四歳ぐらいの時。


 相手は、下手をこいて処分が決まった、テロリストの一人だった。


 ただ処分するだけではつまらなかったのだろう。


 見世物の一環として、当時資金調達の一つだったスナッフフィルムのエキストラとして、そいつを使おうと言う事になったらしい。


 そして、ただ殺して見せるだけでは芸が無いと、趣向を凝らした結果に選ばれた主演が、当時の俺だった。


 向けられたカメラレンズの前で俺は、相対したその男を、周囲のテロリスト共の指示通りに、生きたまま解体した。


 解体中その男は、俺に向かってありとあらゆる罵詈雑言と、恨み辛みの籠もった呪言と、泣き喚きながら許しを請うた。


 それに混じって、周囲を取り囲んだテロリスト達の、ゲラゲラと笑う下卑た笑い声は、今でも鮮明に思い返す事が出来る。


 しかし、俺がその時何を思ってナイフを振るっていたかは、今となっては思い出せない。


 悲しかったのか、恐れていたのか、怒っていたのか…


 ただただ、必死だった事だけは思えている。


 テロリスト達の言う通りにしなければ、鉄の棒で体中隈無く打ちのめされるからだ。


 テロリスト達のご機嫌を伺わなければ、ひもじい思いをするからだ。


 テロリスト達の指示通り振る舞わなければ、俺が殺されていただろうからだ。


 だから必死だった。


 必死になって、その男に俺は何度もナイフを突き立てたのだ。


 何度も、何度も、何度も――


 皮肉な事に、それが好評を博した様で、件のスナッフフィルムはシリーズ化が決定した。


 相手は一度目の相手同様、下手をこいて処分が決まったテロリストだったり、捕虜か旅行者か解らん外国人がほとんどだった。


 若い女だった事もあるし、産まれたばかりの赤ん坊だった事もあった。


 テロリスト達が俺に飽きるまでの約二年間の間に、覚えている限りで十五人は殺しただろうか。


 最初の内は、一度目の時のようにただ必死だった。


 それでも、回数をこなせば嫌でも慣れてくる。


 不思議な物で、そう成ってくるとその内、余計な事を考える余裕まで出てくる。


 例えば、どういう殺し方が変態共のお気に召すやり方か。


 もっと効率の良いやり方は無いのか。


 テロリスト達が喜びそうなやり方は?


 全ては自分が助かる為。


 当時の俺には、それだけしかなかった――そう思っていた。


 元より感情の起伏が少なかった俺は、殺しの回数をこなす内に、どんどんと無感情になっていった。


 子供達が押し込められた部屋の隅が定位置で、用の無い時はずっと其処に座っていた。


 元々口数の多い方で無かったと思うが…


 スナッフフィルムに出演させられていた頃、俺は誰とも口をきいた覚えが無い。


 話し掛けられる事はあっても、返事を返さなかった。


 食事の時以外ただうずくまっているだけで、起きているのか寝ているのか、自分ですら判断出来ないような日々を過ごしていた。


 そんな俺に、在る時から毎日のように声を掛ける、物好きな女が居た。


 その女の番号は32番。


 俺と同様、物心付く以前からそこに連れてこられたという、俺よりも十は年上だろう少女兵。


 彼女は、俺の側を通る際に必ず声を掛けていた。


 朝になれば『おはよう』と言い、食事が届けば『ご飯だよ』と声を掛け、夜になれば『おやすみなさい、また明日』と告げに来る。


 それが俺は煩わしくて、だが相手にする気力も起きなくて…


 そんな日々が続いたある日、32番の身請けが決まったという話を耳にした。


 彼女が居なくなると知って、特に俺と同世代の奴等が、残念がったり悲しんでたのを覚えている。


 どうやら彼女は、面倒見が良かったらしい。


 俺の様な者にまで声を掛けるのだから、それも当然か。


 だから、という訳でも無いのだが――


 話を聞いたその日、何時もの様に喋り掛けてきた彼女に、初めて反応を返した。


 『なぁ』と、馴れ馴れしく呼び止めた俺に対し、酷く驚いた表情を浮かべていたのを、今でもしっかりと覚えている。


「びっくりした。まさか返事を返してくれるなんて」


 そう言って32番は、俺に身体毎向き直ると柔らかく微笑む。


「あなたの声、久しぶりに聞いたわ。それで、どうかしたの?」

「あぁ…まぁ、あんたが居なくなる前に、聞いておきたいと思ったんだ」

「聞いておきたい事?一体何かしら」

「どうして俺なんかに、毎日声を掛けてくれたんだ?」


 そう問うた途端、32番はきょとんとした表情を浮かべる。


「一緒に暮らしてるんだし、そんなの当たり前でしょう?」

「そうだろうが、そうじゃなく…」

「あぁ。みんな怖がって誰も話し掛けてくれないのに、なんで私だけって事?」


 そう言われ、喉まで出掛けた言葉を飲み込み頷く。


 彼女はそんな俺の反応を見て、何故だか可笑しそうにくすりと笑う。


「なんでだと思う?」


 次いで、そんな事を聞いてくる。


 そんな彼女に俺は、返答の代わりにため息を吐き出した。


「フフッ、からかってごめんね。話し掛けてくれたのが嬉しくって、つい…ね。怒っちゃった?」

「別に怒ってはいない。変な奴だな…俺なんかに話し掛けられて、嬉しいだなんて」

「別に変じゃないよ。だから、自分の事『なんか』なんて言わないで欲しいな」


 そう言われて俺は、怪訝な表情を彼女に向ける。


 何故そんな風に言ってくれるのか、まるで理解出来なかったからだ。


 彼女は、そんな俺の心を見透かしたかの様に、微笑みながらも真剣な眼差しで見据えている。


「ねぇ、覚えてる?以前、連れてこられたばかりだった小さな子達の泣き声が酷くて、29番が怒り出しちゃった事が在ったじゃ無い?」

「あぁ…」


 29番。


 32番とは同世代で、当時リーダー格だった男。


 年齢的にも当時の中では一番上で、翌年には戦士としてテロリストの一員になる事が決まっていた。


 その所為か、何かにつけて威張り散らかしていた、どうしょうも無い小悪党。


「あの時、29番が子供達に詰め寄ろうとした時、101番が立ち塞がってくれたよね?」

「…そうだったか?」

「うん。他のみんなが怯えちゃって見守るしか出来無かった中、きみだけが子供達を庇ってくれた」


 そんな風に言われ、そこでようやくハタと思い出す。


「あぁ、思い出した。別に俺は、ガキを庇っていた訳じゃ無い。29番が余りにも騒がしかったから、黙らせたかっただけだ」

「きみは大人達から気に入られてたものね。29番も、あなたには手を上げられなかった」

「あぁ。だからあれは」

「でも、あの時以外にもそういう時には必ず動いてくれたよね」


 『庇った訳じゃ無い』そう告げようとしたが、彼女の一言で出掛けた言葉を飲み込む。


 確かに32番の言う通り、俺達よりも上の世代が当たり散らそうとする時には、自分の立場を利用し割って入る事があった。


 しかしそれは、上の世代がテロリスト達の様に振る舞うのが、ただ気に入らないというのが理由だ。


 結果だけ見れば、上の世代に反抗出来ない者達を、俺が庇った様な格好だろう。


 だが当の俺にその自覚は無く。


 32番に言われるまで、そんな事があった事さえ忘れていた。


 だと言うのに…


「みんな自分を護るので精一杯なのに…101番なんか、昔から心をすり減らす様な扱いを受けてきたのに、自分より立場の弱い子に何かありそうな時は、必ず動いてくれる。きみはそんな優しい人だよ」

「それが、俺を気に掛けてくれた理由か?現金な女だな…」

「フフッ、そうかもね」


 俺の嫌味に対し彼女は、それを嫌味と理解した上で、可笑しそうに笑う。


 それがなんだか馬鹿にされた様に感じて、年相応に拗ねてそっぽを向いた。


「私ね、たまに思うんだ。」


 一頻り笑い終えた頃、彼女はぽつりぽつりと語り出す。


「もしも101番が、私達と同じ世代だったらって。そうしたらきっと、29番じゃ無くてきみがイマーム(リーダー)だったのにって」

「イマーム?俺がか…」

「うん。きっとそうだったのにって」

「何を馬鹿な事を…そんな訳無いだろう」

「そうかな?」

「そうだろう」

「うん、そうかもね」


 苦笑交じりにそう呟く彼女。


 俺は呆れ気味に鼻を鳴らし、そっぽを向いた。


 直後。


「でも、願いは口に出さないと実現しないっていうからね」

「願いだと?」

「うん。私の世代では叶わなかったけど…101番達の世代では、そうなってくれますようにって」


 ――今にして思う。


 それがきっと、俺が俺である事を決定付けた一言なのだと。


 この地獄の様な場所で、何を優先しても実行しなければならぬ命令なのだと――


「…自分はもう居なくなるって言うのに、随分と無責任な願いだな」

「フフッ、そうね。変な事言ってごめんね、今までありがとう――」


………

……


〈ナーディヤ〉…イマーム?〉

〈アースィム〉どうかしたかい、イマーム〉


〈うん?あぁ…〉


 ――今でも、そう呼ばれる度にふと、当時の事を思い出す。


〈少し、昔の事を思い出していただけだよ〉


〈マリク〉昔の事だぁ?なんだよ、まどろんででもいたのかよ〉


〈あぁ…まぁそんな所だ〉


〈ダラール〉ちょっとイマーム、しっかりしてよ〉

〈カマル〉どの位昔の事を思い出されていたんですか?〉


〈生前だよ。生前の、今の我々と同じ位の年の頃さ〉


〈シャフィーク〉って事は随分昔だな。この前俺が、スナッフフィルムなんて話題に出したから、思い出させちまったのか〉


〈かもな〉


〈ナーディヤ〉なら、イマームの事だもの。32番の姉さんの事を考えてたんでしょ?〉

〈スライム〉32?随分若い数字だね。どんな人だったのさ?〉

〈アフナーン〉イマームの初恋の相手よね~〉


〈いや違うが〉


〈マリク〉マジかよ!この朴念仁にそんないい人がいたってのか〉


〈誰が朴念仁だよ〉


〈ウィジュダーン〉ねぇねぇ!朴念仁のイマームでも好きになるって、相当美人だったんじゃない?〉

〈シャフィーク〉美人だったよ。客が取り合いしていた頃のナーディヤよりも、ずっと綺麗だった。な、イマーム?〉


〈俺に聞くな〉


〈ナーディヤ〉へぇ…そうだったの?イマーム〉


〈だから俺に聞くな…ってか怖ーよ〉


 ――結局、あんたの願った通りになったよ。


 あの時は、何を馬鹿な事をと思ったものだが、いつの間にか違和感なく受け入れてしまった。


 むしろ、これはこれで悪くないとすら思う自分が居る。


 戦死して、皆と共に一つの身体に生まれ変わった今ですらな。


 あんたは、これで満足かい?


 今頃、あんたはどうしているんだろうか…


 もしかしたら、とっくの昔に死んじまっているのかもしれないし、あの地獄の様な地で、まだ必死に生きているのかもしれない。


 もし生きているのならば、俺の自慢の仲間達の様に、馬鹿言って笑い合える奴等に囲まれて…


 あんた自身も笑えていたら良いな。


 この、101番()の様に…――

次回更新についてですが

今回ちょっと長めになったので、同時更新中の剣精を2回UP後、人物紹介(主人公分)をちょこちょこっと追記した後になると思います

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