目的(1)
我々が産まれ変わってから、およそ3年の月日が経った。
当初4名までだった意思疎通出来る人数は、今では10名までなら同時に行う事が出来る。
その為、現在は思考のみを行い方針などを決める、イマームを主軸にした6名枠。
そして、主に身体を担当するチビ達3名枠と、その監督役兼任でナーディアを据え、日々の生活を送っている。
その身体だが、こちらもこの3年で大分成長し、幼児と呼べるまでになっただろう。
自分の足で歩くには、まだ若干の不安が残るところだが…
それでも、産まれたばかりの何も出来なかった頃と比べ、出来る事が増えたのだからありがたい話しだ。
今はまだ、1人で部屋から出るのもままならないが、我々の世界が着実に広がっていくのを実感出来て、素直に楽しいと思える。
楽しいといえば、当初全く理解出来なかった家族達の会話も、今ではすっかり理解出来るまでになった。
その会話から、解った事を幾つか列挙していくと…
1、我々の名前はエアリオ、エアリオ・マーキスと言うのが正式名称。
2、我々には兄が居て、名前はキュリアス・マーキスという。
3、我々はハーフエルフの母親と、ハーフビーストの父親との間に産まれた子供。
4、母の名はクェスエス・セント、父の名はマーキス・ハン。
5、我々の住む場所は、冒険者と呼ばれる者達が開拓した、最近出来たばかりの村だと言う事。
6、我々の産まれた世界には、魔術と呼ばれる力が存在しており、そしてどうやら、我々の前世が住んでいた地球では無いと言う事。
ハーフエルフだとか、ハーフビーストだとか、魔法だとか、地球外の世界だとか…
正直、意味不明だし未だに以て半信半疑。
おとぎ話の世界でもなし、何の冗談かと思う反面、前世でその日生きるのがやっとだった我々だ。
この世界の事を知れば知る程、興味深くて心が躍る。
その為、ザーヒー達学のある連中が中心となり、この世界の文字を覚えようと言う事になっている。
話しを聞くだけでは飽き足らず、書物からもこの世界を知っていこうと言う魂胆だ。
その程度には、我々は新たな人生に希望を持ち、謳歌もしていた――
………
……
…
覚束ない足取りで部屋の扉の前まで辿り着き、背伸びをしながらドアノブに手を掛ける。
――ガチャ、キィ…
音を立てて開く扉、広まる光景。
「あら?起きたのねエアリオ」
「うん!」
開ききった扉の先、キッチン兼ダイニングにその人は居た。
腰まで伸びた金髪、すらりとした体格に白い肌、整った顔立ち。
そしてその、特徴的な長く尖った耳。
浮かべた微笑みはとても柔らかく、纏った空気までもが柔らかく感じる、そんな女性。
我々にとって、何よりも代えがたい大切な家族の一人、母親のクェスエス・セントその人だ。
向けられた微笑みに、我々もまた笑顔を浮かべて返事と為す。
そして覚束ない足取りで、彼女の元まで向かっていく。
しかし、あと少しという所で、足がもつれて前のめりになり、転ぶまいと必死に母の足にしがみついた。
「あっ!と、大丈夫?」
「うん、へいき」
「なら良いけど、気をつけないと駄目よ」
「は~い」
そう答えつつ、母に支えられながら身体を離した。
そのまま、辺りをキョロキョロと見回す。
「…にぃは?」
「キュリアなら、おつかいに行ってくれてるわよ」
「えぇ~!?ぼくもいきたかったのに…」
「そんな事言っても、エアリオが起きなかったんだから仕方ないでしょ?」
「むぅ~」
現状、我々に許されている行動範囲は家の中のみ。
外には基本、母と一緒に出掛ける時にしか出られない。
3歳なのだから、当然と言えば当然なのだが…
中身が年相応ではないので、どうしたって退屈に感じてしまう。
なので極力、外に出る用事がある時は、母にお願いして外出しているのだが、今日はタイミングが悪かったらしい。
「ふて腐れても今日は駄目よ。大人しくお絵かきしていて頂戴」
そう言って、我々を抱き上げる彼女。
そのままダイニングテーブル前、幼児用の椅子に座らされる。
「おえかきよりも、おそとにでたい」
「キュリアが帰ってきたら良いけど、今は駄目よ」
「えぇ~」
「もう、わがまま言わないの。ママこれから、お夕飯の支度をするんだから」
そう言って、我々に背中を向ける彼女。
ふと、その背中を懐かしく感じた――
「おゆうはんのじゅんび?ぼくもてつだう!」
「えぇ~?ん~…気持ちはとっても嬉しいけど、エアリオにはまだちょっと早いかな~?」
「大丈夫!出来るよ!!だって――」
そう言った所で手が勝手に動き出し、我々の口を塞いだ。
〈ナーディヤ〉ストップ!今何を言おうとしたのシフィー〉
〈シフィー〉ご、ごめんなさい姉さん!つい…〉
〈ナーディヤ〉もう…普通3歳の子が、食事の手伝いなんて出来ないでしょう?〉
〈まぁ、そう言ってやるなよナーディヤ。さっき見た母の背中が、生前のお前と重なって見えたんだろう?シフィー〉
〈シフィー〉うん…〉
〈ナーディヤ〉えぇ…?私、そんな背高くなかったんだけど?〉
〈いや、そういう事じゃ無く。恥ずかしいからって茶化すなよ〉
〈ナーディヤ〉別に恥ずかしがってなんて…〉
〈直ぐ解るんだから、そんな嘘を吐くなっての。まぁ、裏でスライム達にからかわれたいんなら、別に構わんがな〉
〈ナーディヤ〉…〉
〈怒るなよ、おっかないな…シフィーもまぁ気にするな。そう感じたのは、何もお前だけじゃ無い。ただ、言動にはもう少し気をつけてくれ〉
〈シフィー〉はい、イマーム〉
〈よし。そら、母が不思議そうにこっちを見て居るぞ。うまく誤魔化せよ?〉
〈シフィー〉うん――〉
「…どうしたの?エアリオ」
「あっ、と…おやさい!」
「お野菜?」
「うん!ぼく、おやさいあらえるよ!」
「えぇ~?でもエアリオ、届かないでしょ?」
「だっこ!ママがだっこしてくれたら届くよ!」
そう言って、母に向かい両手を広げる。
「え、ママが抱っこするの?」
「うん!」
「ん~…」
困惑する母に対し、我々は即答で返事を返す。
途端に、悩ましげな表情を浮かべる彼女。
言いたい事は解っている、どう考えたって邪魔だろうからな。
それでも母は――
「――解った。もう、しょうが無いわね」
仕方ないといった様子で苦笑を漏らした後、再び我々を持ち上げた。
「ちゃんとお手伝い出来るのかな?」
「できるよ!」
「ほんとに~?ちゃんと出来る~?」
「できる!できるってば!!」
「よぉ~し。そうまで言うなら、しっかりお手伝いして貰いますからね、エアリオ」
そう言って、花の様な笑みを向けてくる母。
そんな彼女に我々は――
「えへへ、うん!」
――満面の笑みで返した。
…
……
………




