トランスオーガン
妻が死んだのは一週間前のことだ。
雪の降る夜のことだった。
あまりにも突然のことでどうして信じられなかった。
この一週間、自分が殺したような自己嫌悪に陥っていた。
毎週日曜日には家族で出かけるのが決まりだった。
しかし、その日は急な仕事が入ってしまった。
これまでも休日に仕事が入ることはままあったので、その日が特別というわけではなかった。
それでも家族は嫌な顔一つせずに、朝いってらっしゃいと元気に見送ってくれた。
仕事の方は最近とても順調だった。
仕事場での信頼も地位も少しずつ上がっていき、昇格するのもさほど時間はかからないと思っていた。
この辺りで何か決定打となるような大きな成果を1つ上げたいと思い、その機会を狙っていた。
そして、そのチャンスが今まさに目の前に転がり込んできたのだ。
勿論、一週間前にあんなことがあったばかりだったので、この仕事を俺が受けるべきなのかはとても悩んだ。
色々と考えたうえで、今日ようやく決断した。
その仕事は大がかりではあるが、一日で成し遂げることができ、さらに今どこかで苦しんでいる多くの人の命を救うことができる。
そして、自分にとってもすばらしい成果となる。
決断してからは、何を今まで迷っていたのか分からないくらいだった。
これから一人で生きていくのに、今更行動を起こすことをためらって何になるというのだ。
蛇口から出る水の音とブラシの音だけが耳に響く。
準備を終えると、扉の前に立つ。
そしてその大きな扉がゆっくりと開く。
扉の向こうは見慣れた小さな白い部屋で、その部屋の中心にライトが集まっていた。
その中心へと一歩ずつゆっくりと歩いていく。
そこにはこの部屋以上に見慣れたものが置かれていた。
そこにあるのが、物だと思わないとどうにかなってしまいそうだ。
そんなことを思っている自分を押し殺した。
今更何を考えているのだろうか。
俺は今から、善人の仮面をかぶって私利私欲のために自分の娘を殺すのだ。