騎士団とドラゴン
騎士団の兵舎は宮殿の外にあり、そこまで歩いていった。
(けっこう歩かされてつらいな)
運動不足だったことをいやというほど思い知ることになるミロだった。
兵舎に行けば三十代の茶髪の騎士が一人、二十代半ばくらいと思われる騎士が五人建物の外で待っている。
「ミロスラフ様とエアロ様ですね」
三十代の騎士が話しかけてきて敬礼すると、若い騎士たちもそれに続く。
「さっそく案内してくれ」
ミロがそう言ったのはボロを出さないためだ。
「わかりました。馬には乗れますか?」
「すまない、乗れない」
ミロは正直に答えた。
魔法使いが馬に乗れなくても違和感はなく、自分の評価が下がらないと見たからである。
ところがエアロが横から口をはさむ。
「そうだ。マスターは私が運ぶ。馬など必要ない」
「お前、どうしてそんなえらそうなんだ?」
ミロは少しイラっとして彼を注意する。
自分に敬意を持ってくれるのはうれしいのだが、彼のような話し方を許していては無用に敵を作ることになりかねない。
小市民のミロとしてはそんな展開はごめんだった。
「はっ」
頭を下げたものの若干不満そうである。
ミロは厳しめに注意しないとまずいと感じた。
「この人たちはこの国の騎士。お前は私のペットだ。つまりお前が一番下だし、一番かわりがきくんだぞ」
「なっ!?」
「えっ!?」
ミロの言葉にギョッとなったのはエアロだけではない。
騎士たちは衝撃のあまり口をパクパクさせる者、卒倒しそうな者に別れる。
(す、スカイエンペラードラゴンがかわりがきく存在だと……!?)
三十代の騎士は自分の脳が理解を拒絶していると感じた。
「わかったら態度を改めろよ」
「は、はい。失礼いたしました」
エアロはしゅんとなって謝罪する。
ミロに捨てられるかもしれないという恐怖が、はっきりと生まれたのだろう。
それを見て騎士たちにまたしても衝撃が走る。
(す、スカイエンペラードラゴンを完全に心服させている……デマじゃなかったのか)
どこにでもいそうな平凡面したミロは、本当に恐ろしい魔法使いなのだと彼らは魂に刻み込んだ。
「このエアロに乗っていくよ。君たちは馬で誘導してくれ」
「は、はい。お任せください」
ミロの指示に騎士たちはあわてて自分の馬を取りに行く。
「エアロ」
「はっ」
彼が呼ぶとエアロは心得たとドラゴンの姿に戻った。
周囲に配慮したのか、ミロと初めて出会った時よりもかなり小さめのサイズである。
何も知らない者が見れば子どものドラゴンだと勘違いしそうだ。
「一応聞くが、私を落とさないための防護壁を発動できるか?」
ミロがたずねたのは、もしもエアロができない場合、馬車で行くしかなくなるからだ。
彼はドラゴンに安全に乗るための魔法など会得していないのである。
「はい。お任せください。その程度のことでマスターをわずらわせたりはいたしません!」
エアロはどこか必死な様子で答えた。
(ちょっときつく叱りすぎたかな?)
ミロはそう思ったが、間違ったことをしたとは思わない。
エアロはゆっくりと上空で旋回し、馬を走らせる騎士たちのあとをついていく。
「えっ? 鳥? ドラゴン!?」
エアロの姿に気づいた人々が絶叫したり、パニックを起こしかけたりしているが、大急ぎでやってきた兵士たちが説明をしている。
「ドラゴンで騒ぎになるのか」
ミロはそう感想を持つ。
(もしかして今の時代だとドラゴンは珍しいのか?)
それに対してエアロは苦笑気味に応える。
「偉大なるマスターにしてみれば私とアリは等しいのでしょうが、多くの人間にとっては違うでしょう」
ミロは何を言っているのだろうと首をひねった。
(いや、待てよ。こいつはドラゴンだっけ)
ドラゴンが人間とは感覚や考え方が違っているのは当たり前だと思いつき、納得する。
「マスター、前方に汚染が進んだ森が見えてまいりました。あれが目的地ではないでしょうか」
「そうだろうな」
ミロの前方に広がる森の木々に茂る葉っぱの多くが、黒くよどんでいた。
ハエの魔物の仕業だろう。
(Dランクの魔物にここまで被害が広がるまで放置しているなんて、実は大国と言っても戦力が落ちてしまったのか?)
ミロはそう思った。
彼が知る大国の精鋭ならばこの程度、瞬殺のはずである。