スネル
皇国の皇宮は通称<七星宮>と呼ばれている。
宮廷機能がある中央殿を七つの宮が囲んでいるからだ。
今回ミロたちが招かれたのは皇太子の住居がある第二宮だった。
第二宮は他の建物と同じで壁は白く、屋根は丸く金色である。
ミロとエアロは若い男性侍従たちに囲まれると、一階の一室に案内されて服を着替えさせられた。
ミロは新品の青いローブを着せられ、銀色の立派な杖を持たされた。
エアロはと言うと、遊牧民族が着ているような青い服を着せられる。
ミロとおそろいの色だったため、彼は機嫌が少しだけよくなった。
それがすんだところでハイルが二人の前に姿を見せる。
「先ほどぶりでございます。応接室までご案内いたします」
一等宮廷書記官がわざわざ案内役をやるのは、それだけミロが重要な存在だという証だった。
「よろしく」
ミロはそう言うと、自分よりも頭一つ分高いハイルの背を見た後、ちらりと右側の窓から外を見る。
雲の形がハエに似ているように思えたため、とっさに口から出てしまった。
「ハエか」
「はっ?」
なぜか非常に驚いた顔をして、ハイルが足を止める。
「ん?」
ミロが聞き返すと、彼はあわてて歩き出す。
応接室は二つの部屋を通過した、三つめの黒いドアの向こうだった。
中に皇太子はすでに来ていて、立ち上がってミロたちを出迎える。
「やあ、わざわざ来てくれてすまないな」
「いえ、これも仕事ですから」
ミロは報酬の話をしたいなと思ったが、いつしていいのかわからなかった。
仕方なく皇太子が切り出すまで待つことにする。
そんな彼とエアロはすすめられるがままに、高そうな茶色のソファーに腰を下ろす。
皇太子が向かい側に座ったところでハイルが耳打ちをする。
「ミロスラフ様は先ほど、ハエかとおっしゃっていました」
「何!?」
皇太子フーベルトゥースは思わず叫びそうになった。
青い瞳が限界まで見開かれている。
(ミロスラフは予知能力でも持っているというのか!?)
そう思うと底知れぬ恐ろしさを感じてしまうが、持ち前の勇気でねじ伏せた。
「ミロスラフよ、実は頼みがあった。貴公は予期していたようだが、討伐してもらいたいモンスターがいるのだ。スネルという大きなハエのようなモンスターで、弓矢を難なくかわすスピードと、高い魔法耐性を持った厄介なモンスターだ」
「なるほど。分かりました」
ミロスラフはあっさりと引き受ける。
(ハエ型モンスターと言えばあいつだな。Dランクのやつ。魔法耐性はたしかに高いけど、光線系の魔法なら簡単にいけるし大丈夫だろう。スネルって名前なのは知らなかったけど)
そう考えてのことだ。
皇太子たちも安心する。
「では申し訳ないがさっそく頼んでもいいだろうか」
「かまいませんが、どこに行けばいいのですか?」
ミロは当然の疑問をぶつけたが、フーベルトゥースは一瞬変な顔をした。
その後すぐに説明する。
「それはすまなかった。皇都を出て東に五キロほど進んだ森だ。騎士団に案内させよう。すでに話はしてあるから、騎士団のところに行ってもらえないか」
「わかりました」
ミロはうなずいて立ち上がった。
部屋を出る時、「報酬の件聞きそこねたな」と気づき、少し後悔する。
彼とエアロを見送ったフーベルトゥースは隣にいるハイルに話しかけた。
「なぜ彼はスネルの居場所を聞いたのだと思う? 予知能力があるなら、すぐわかるだろうに」
「おそらくまだ公表する気はないのでしょう。直属の上司である殿下にだけこっそり伝わるようにしたのではないかと存じます」
それならばすべてに説明がつくとハイルは言い、フーベルトゥースは納得する。
「私は一応雇い主としてそれなりに立ててもらっているのか」
「雇い主を立てることを知っているというアピールでもあるのでしょうね。相当考え深く、立ち回り方も知っている御仁だと愚考いたします」
ハイルの意見に同感だったが、それだけにフーベルトゥースは頭が痛い。
「有能で強力な臣下をほしいと思ったのだが、大陸を滅ぼせるほど強大な臣下が生まれるとは……」
「あれほどの存在が臣下となったのは天界におわす神々のご加護でしょう」
ハイルは精いっぱい励ました。
「うむ。そう考えよう」
フーベルトゥースは胃を抑えながら応える。