偽装工作?
ミロ、エアロ、メヒティルト、レイラ、メアリー、ポーラ。
人数はけっこう増えたように思う。
(だからと言って何もやることはないよなあ)
とミロは考える。
皇太子直属と言えば聞こえはいいが、具体的な仕事をもらっていない。
決して働きたいわけではないのだが、詳しいことは何もわからないというのも落ち着かない気分になる。
(もっとも俺って数日前に来たばかりだからな)
いきなり仕事をくださいと言っても難しいのだろうなと思う。
いくらミロが魔法使いで世間から背を向けていたと言っても、その程度のことは想像できる。
きっと今ごろ皇太子も頭を悩ませているのだろう。
(できれば楽な仕事がいいな……何かちょっと期待されているみたいだから、期待しない方がいいかもしれないが)
ミロはそんな楽天的なことを思った。
(何もしないのが一番なんだけどな。変な誤解が広がらなくていいし。エアロとメヒティルトだけだろうけど、それでもきつい)
というのが彼の認識である。
皇太子フーベルトゥースは右手でこめかみを抑え、左手で胃を抑えていた。
(ミロスラフにこれ以上何もさせたくない……)
彼はたった数日で一気に老け込んでいた。
前は若々しい働きざかりの獅子のようだったのに、今は若者に地位と権力を奪われて孤独を抱える老いた獅子のようである。
風になびく草のように多くの貴族がミロのことを恐れていた。
皇族の権威を軽んじる者すら出る始末だった。
腹立たしいには違いないが、ミロの方を恐れる気持ちはフーベルトゥースにも理解できる。
(スカイエンペラードラゴン、ガイアモナークドラゴン、おまけにメヒティルトか……私が想像できるかぎりでは、最強の戦力と最高の頭脳をミロスラフはそろえてしまったな)
もはやその気になれば皇国を乗っ取ることだって容易だろう。
武力制圧のほうが簡単かもしれないという笑えない可能性も否定はできない。
(……考えてみれば、乗っ取るつもりならわざわざ私の部下になる必要はなかったはずだな。適当な貴族をつかまえればよかった。それこそメヒティルトを助けて、彼女の配下にでもなればよかったはずだ)
メヒティルトのもとでならば、もっと暗躍できただろう。
(あえて大騒ぎになるような登場をして私の配下になったのだ。きっと何か深い理由があるに違いない。それが分からない。ミロスラフはいったい何がしたい? まさか単に働き口を見つけて楽に暮らしたいなんてことはあるまい)
きっと仕事が欲しかったというのは、フーベルトゥースの油断を誘うためのプラフだ。
(そう言えばのんびり昼寝とかして、ぐーたらしているらしいな。なんて偽装工作が上手いやつなんだ)
普通はプライドが邪魔をして怠け者のフリなどするのは難しい。
しかし、ミロはどう見ても怠け者にしか見えないという。
(目的の達成のためにはプライドなど二の次というわけか。すごい男だ)
一挙手一投足に意味があり、すべてが大いなる目的でつながっているのだろうか。
フーベルトゥースは舌を巻く。
(敵ではない可能性はあるような気もするのだが、確証が欲しい。どうすればいい?)
と彼は真剣に悩む。
どこまで周囲を信用するかというのも、ある意味支配者の仕事だ。
誰も信用しないと粛清の嵐が吹き荒れる暗黒時代になってしまう。
もっともミロのことを信じなくて粛清しようにも、返り討ちにされてしまう未来しかありえないと思えるわけだが……。
(その気になれば簡単に自分を殺してすべてを奪い取れる相手を信じるわけか……実は相当難しいのではないか?)
フーベルトゥースはミロが出現して初めてそう思うようになった。
(今まで私は何もわかっていなかったのかもしれない)
胃痛を抱えながら彼は考え、仕事を続ける。