ザクセン公爵
メヒティルトは必要な服をレイラに持たせて出ていこうとしたところで、父親であるザクセン公爵が目の前に現れる。
「ミロスラフとやらのところへ行くのか」
「それが何か?」
メヒティルトはさすような視線を向けた。
実の父親に対する愛情や孝行心といったものは、冷徹な仕打ちのせいですっかり消えてしまっている。
「あいかわらずかわいげのない娘だ」
ザクセン公爵は不機嫌そうに顔をしかめた。
彼にとってメヒティルトは頭の良さを鼻にかけて、親に対しても上から目線の態度をとる生意気な小娘だった。
彼のほうは最初から肉親の情はうすかったのである。
だから娘が難病におかされても適当な対応をし、放置していた。
「どうせわたくしの病が治ったと聞き、あわてて再度利用するべくやってきたのでしょう」
メヒティルトは父親の行動を読んでいた。
彼女の父親は高貴な身分に生まれただけの凡人に過ぎず、非常に読みやすい。
「ですがわたくしは今後ミロスラフ様のために生きていきます。わたくしを死ぬものとして扱っていたのですから。不都合はないでしょう」
「生意気な。誰のおかげでそこまで成長できたと思っている!?」
ザクセン公爵はいらだちを抑えられず、声を荒げる。
彼にとって娘とは父親を尊敬して立ててくれる存在であるべきだった。
「そのご恩はすでに返しましたが? あなたが破たんさせかけていた領地の財政を豊かにすることで」
レイラはびくっとしたが、メヒティルトは動揺することなく冷淡に言い返す。
「生意気な!」
ザクセン公爵は反論できずに腹を立てた。
(底の浅い男。こんな男が生まれだけで権力を握れるのだから、この国はおかしいのよね)
とメヒティルトは思う。
(もっとも、真の意味で実力主義の国だって簡単には作れないでしょうけど)
彼女は聡明であるがゆえに、人間が運営する国家は完璧とは縁がないものになるだろうと予想ができる。
「いいか! 貴様がやるべきことはミロスラフという男を篭絡し、ザクセン公爵家の力を強めることだ!」
ザクセン公爵の言葉をうんざりとしてメヒティルトは聞き流す。
(女は道具なのよね。男は人間なのに。吐き気がする考えだわ)
彼女は無視して歩き出そうとしてすぐに固まる。
「ミロスラフ様……」
「何だって?」
メヒティルトの声にザクセン公爵はあわてて横を向く。
そこにはたしかにミロスラフと、背後にエアロの姿がある。
なぜ彼らがここに来ているのだろう。
ザクセン公爵は疑問に思い、メヒティルトはなるほどと思った。
「わたくしが今日家を出るとミロスラフ様はお見通しだったのね。驚きではないけれど、まさか迎えに来てくださるだなんて」
「ば、馬鹿な……」
彼女は理解し、公爵のほうは困惑する。
(迷った……ここはどこだ?)
ミロはミロで困っていた。
「なるほど。どこにいらっしゃるのだと思いきや、メヒティルトやらのところへ。なるほど、なるほど」
エアロは後ろで謎は解けたと感心している。
(何を言ってるんだ?)
ドラゴンの発想はあいかわらずわからないため、ミロは無視することにした。
「ミロスラフ様!」
「メヒティルトか」
笑顔で歩いてくるメヒティルトとレイラ、真っ青になりながらも彼に目を向けてくる中年男性という光景に彼は疑問を持つ。
「おそれいりました。すべてはお見通しだったのですね!」
「うん? いや道に迷っただけだぞ」
ミロが正直に答えると、メヒティルトはうなずく。
「たしかにそのほうが対外的にはいいですね。さすがミロスラフ様、すべてにおいて隙がないお方です」
「……うん?」
笑顔で話す美少女に対して、ミロは「何を言っているんだ」と思った。
「これからよろしくお願いいたします。こちらのレイラともども誠心誠意お仕えいたします」
「あ、ああ、よろしく」
疑問を口にする前に改めてあいさつをされてしまい、彼は質問をしそこねてしまう。
(俺はただ単に皇都を散策したかっただけなんだが)
それにエアロとメヒティルトはともかく、見知らぬ貴族っぽい男性の前で本当のことを言うのもまずい気がする。
ミロにとって貴族とは隙を見せてはいけない相手だった。
「では戻るか」
彼がそう言うとメヒティルトたちは笑顔でついてくる。