孤軍奮闘()
「な、なんということだ……」
フーベルトゥースは自分の心がきしむ音が聞こえた気がした。
ミロスラフは強すぎる。
ミロスラフは賢すぎる。
「何をやってもやつの手のひらの上ということなのか……?」
誰もいない彼の部屋で頭を抱えた。
「い、いや、まて。どうしてこのタイミングでポーラの両親を助けたのだ?」
彼はふと思う。
きっとミロスラフのことだから何か意味があるはずだ。
それも普通の人間には気づけないような深くて恐ろしい理由が。
(ガイアモナークドラゴンがやってきたのはさすがに偶然だろうが……いや、偶然ではないのか?)
ガイアモナークドラゴンが言っていたことは配下から報告が上がっている。
(口ぶり的にはスカイエンペラードラゴンと戦うためにやってきたようだ。そのような関係性があったとは私たちは知らなかったが、ミロスラフなら把握していても不思議じゃない)
とフーベルトゥースは思う。
(ということはやつがスカイエンペラードラゴンを連れてここにやってきたのは、ガイアモナークドラゴンをこの皇都におびき寄せる狙いがあったのではないのか?)
そう考えれば腑に落ちる。
では何のためにそのようなことをしたのかという疑問が浮かぶが、これは簡単だ。
(示威目的だろう。自分はガイアモナークドラゴンを瞬殺できるくらい強いのだと)
そのようなこと、ただ言葉で言われても誰も信じない。
鼻先で笑い飛ばすのがオチだ。
七大災龍とは文字通り生きた災厄である。
人間がどうにかできる存在ではないのだ。
それを倒すところを目の前で見せつけられては信じるしかない。
そして平伏するしかない。
現に兵士たちを中心に、ミロスラフを畏怖し心服する者たちが少しずつ出てきている。
(このままいってたまるか!)
フーベルトゥースはそう思った。
自分からまいた種と言われるかもしれないが、ミロスラフという圧倒的脅威に対抗しなければならない。
(それでこのタイミングでポーラの両親を救った理由だが……)
フーベルトゥースは思考を戻す。
きっとおそろしい理由があるはずだ。
それを何なのかを見破るのが自分の仕事だと彼は確信する。
(救った理由そのものは簡単だ。ポーラが私がつけた首輪だと気づいたからだろう。寝返らせるための口実がないメアリーと違い、ポーラの方がたやすかった。それはわかる)
問題はタイミングだ。
(どうしてガイアモナークドラゴンをシモベにする前にしなかったのか? やつなら最初からポーラがどういう存在なのか、気づいていたはずだ。なのにあえて数日放置したのはいったい……)
フーベルトゥースは必死に理由を考える。
(何かを待っていた? 何かを待っていたのか?)
ふとひらめいた。
何かを待っていたというであればうなずける。
しかし、いったい何を待っていたというのだろうか。
(……先にポーラを寝返らせたら私は当然警戒する。貴族たちに呼びかけもしただろう。だが、ガイアモナークドラゴンをシモベしたあとだと、貴族たちはもう協力してくれない。そういうことか?)
スカイエンペラードラゴンとガイアモナークドラゴン。
一体でこの国をかるがると滅ぼせるドラゴンが二体もシモベになってしまった。
もはやこの国で表立ってミロスラフに逆らえる存在はいない。
そして彼はフーベルトゥース直属の配下だ。
彼がフーベルトゥースに忠誠を誓うのであれば何の問題もない。
はた目にはそう思えるだろう。
しかし、フーベルトゥースには信じることができない。
(一国の皇太子の部下で満足するような男なのか? あれだけの叡智を持った男が?)
他に何か目的があり、そのためにフーベルトゥースの配下になったと考えた方が自然ではないのか。
いったい何のために。
(この国の征服? 乗っ取り? ……いや、それはないか。それならわざわざ回りくどいことをする必要がない)
スカイエンペラードラゴンとガイアモナークドラゴン、そしてこの両者をも圧倒する最強の存在。
それだけで皇国は簡単に制圧できる。
何もからめ手を使う必要などない。
逆らう気力を奪う絶対的な力を見せるだけいいのだ。
(つまり力を使わないだけの理由があるということだ)
皇国を滅ぼしたり、服従させる気はないというならば希望は持てる。
(いくらミロスラフがバケモノでもまさか不死身だったり、何度死んでも蘇ってきたりはできないはずだ)
それはあらゆる理を無視しているからで、規格外という言葉すら生ぬるい神の領域だ。
いくら何でも神に匹敵する力を備えているはずがない。
(ミロスラフはあくまでも人間のはずだ。だが、人間にあんな力を持てるのだろうか……?)
フーベルトゥースに不安と疑問が新たによぎる。