やはり何でも知っている(確信)
ミロはふと疑問に思い、ポーラにたずねてみた。
「君はどういう事情があってここで働いているんだ?」
時は朝食のあと、メアリーが下がったタイミングだった。
「えっと、両親が病でして……私が家計を支えたかったので、それだけお給料がいいところを選びました」
ポーラは事実の一部だけを話しつつ、皇太子が関与しているという情報はたくみに隠す。
このあたりさすがはジエンの一族と言うべきだった。
しかし、ミロにとって両親が病というのは聞き捨てならなかった。
「病か。私が知っている病気なら薬を出せるのだが」
「えっ?」
ポーラは想定外の答えに固まってしまう。
皇太子直属で、しかも皇太子がおそれるほどの実力者がいくら使用人とは言え、給料を出しているわけでもなく、知り合って間もない自分のためにその叡智を貸してくれるという。
「で、ですが、ミロスラフ様のお知恵を拝借するには、私ごときの身分では」
皇国は身分社会が厳しい方だ。
だからこそ、それを物ともしていないミロがそれだけ驚異的だという証明にもなる。
ポーラが必死に手をふって遠慮するのも当然だ。
(だ、だいたいどうして私の家なんかに興味をお持ちになったのかしら?)
基本的上位者はジエンの一族に興味など持たない。
他国ならいざ知らず、皇国では雇い主が使用人に手を出すというケースはほぼありえなかった。
そのため、ポーラはすっかり混乱してしまっている。
「いいから、教えてくれ」
ミロはポーラが遠慮しているのは儀礼的なものだと思った。
(まあ俺なんかが治せるとは思えないだろうしな)
彼が言い出したのは、知っている病気だったら手助けをしようという軽い気持ちからだ。
何やらメヒティルトの一件で思いがけない展開になっているのは、彼個人としては不満である。
できることで評価されてみたかった。
「は、はい。ルルンガ熱ですけど」
ルルンガ熱は高熱が一年から二年も続き、その間起きられない状態が続くという病気である。
その昔、ルルンガ地方から帰った人が発症して広まったことから、この名前がつけられた。
<パラリューゼ病>と違って治療不可能な難病ではない。
ただ、治療代が決して馬鹿にならないし、熱が下がったあといつも通りの暮らしができるようになるまで時間がかかるというやっかいな病気だった。
「ルルンガ熱か。それなら治せるな」
ミロは即答する。
やはり転生を続けた人生のうちにかかったことがある病気だった。
「ええっ!?」
ポーラが絶叫する。
皇国の有名な医師でも治療に時間がかかると言われていたのだから無理もなかった。
「な、治るって今すぐですか?」
「すぐは無理だな。二、三日くらいかかると思う」
たしか俺が適当に野草を摘んで食べた時もそうだったと、ミロはそっとふり返る。
「え、ルルンガ熱がたったの二、三日で?」
ポーラの声が大きくなったが、ミロは信じてもらえなくても苦笑ですませた。
(俺も当時は信じられなかったからな)
ルルンガ熱は治療期間が長いものの、気をつけていれば死亡するリスクが低い病気である。
だからこそ緊急性は高くないと判断され、治療の研究は進んでいないのだろう。
「エアロ、カリック草、ヒリヒリ花、クラル花を持ってこれるか?」
「はい! お任せを!」
ミロが頼むとエアロは大いに喜び、はりきって出て行った。
そこへメアリーが戻ってきて疑問を口にする。
「さっきから大きな声を出して何があったのですか?」
「め、メアリー様。お父様とお母様の病気、ミロスラフ様なら治せるそうです!」
ポーラは目に涙を浮かべながら報告した。
(まずい……)
メアリーはポーラが選ばれた理由を知っているため、直感的に思う。
ポーラは親思いで義理堅い性格だ。
両親が回復すれば彼女はミロに感謝し、恩義を感じて彼のために頑張るようになるだろう。
皇太子が用意したミロ対策の一つが崩れることになる。
だからと言って止めるわけにはいかないのが現状だ。
ミロの叡智はすでに何度も示されているため、「成功するとはかぎらない」と反対もできない。
(ポーラの寝返りを狙ってか、それとももっと違う狙いがあってのこと……?)
メアリーは疑われないようにそっとミロを観察するが、特別な感情は浮かんでいなかった。
内心を隠すのが非常に上手い人物だと彼女は思う。
(何重もの戦略を練り、罠をはりめぐらせているのでしょうに、まるで何も考えていないかのような態度……恐ろしい人だわ)
折を見て皇太子に知らせなければと彼女は考える。
また皇太子の胃痛が加速するだろうが、言わないわけにはいかない。
エアロはすぐに戻ってきて、ミロはただちに薬を制作した。
「それでご両親は?」
「は、はい、案内いたします」
ポーラは涙をぬぐってミロを案内する。
ポーラの両親が住んでいるのは上等区、別の名を貴族地区の従者エリアだった。
貴族の家に仕えるためであり、今は皇太子が負担している。
美しく整えられた街並みの地区の小さな家に彼らは寝ていた。
ポーラが助け起こし、ミロが作った薬を飲ませると真っ赤だった顔色が少しずつ戻っていく。
「明日には自力で起きられるだろう」
「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
明らかに楽そうな様子になった両親を見て、ポーラはうれし涙をこぼしながら何度も礼を述べた。