ソイル
「ぐっ……まさかこの我がこうもたやすく敗れるとは……」
意識を取り戻したガイアモナークドラゴンは悔しそうにこぼすと、二十代前半の筋肉隆々の大男の姿に変わった。
茶色の髪と瞳を持った端正の顔立ちが負の感情からか多少ゆがんでいる。
「おぬしはいったい何者なのだ?」
「こちらにおわすはミロスラフ様。天にも地にも過去にも未来にも並び立つ存在などおらぬ、古今無双の賢者よ」
なぜかエアロが得意げに説明した。
「古今無双……たしかに誇張とは思えん。我が一撃で倒されたのは幼少のころまでさかのぼる必要があるからのう」
「ところで何で人間になったんだ?」
ミロは疑問を口にすると、エアロがニヤリと笑う。
「そうだ。きっちりけじめをとらないといけないぞ」
ガイアモナークドラゴンは苦虫を数千匹も噛み潰したような顔になったのち、しぶしぶ口を動かす。
「おぬしは我を倒した者、これよりおぬしは我の主として認めよう。名をつけて従えるがよい」
「……エアロの時と同じパターンか」
ミロは理解したが同時に不思議に思う。
(ドラゴンを倒せば仲間になるなんて、そんな話を聞いた覚えがないんだが)
自分が知らないうちに何かが変わったのだろうか。
そのような習慣があるのは七大災龍クラスの強大なドラゴンのみにかぎった話である。
ミロが知らないのは当然だった。
「まあいいか」
頭脳労働に不向きだという自覚がある彼は、深く考えることをやめて現状を受け入れる。
「じゃあお前の名前はソイルだ」
「ソイルか、わかった。我はおぬしのシモベのソイルとなろう」
新しいシモベができたことにミロは特に何にも感じなかった。
エアロは感性がズレているが、それ以外に特に不満のない優良な存在だからである。
(特に食費がかからないのがすばらしい!)
エアロと知り合いらしいソイルもそうだったらいいなとちょっと期待していた。
「新しいシモベだって?」
「それもスカイエンペラードラゴンにガイアモナークドラゴンだと……」
兵士たちは目を見開き、青くなった顔でひそひそと話し合っている。
「ミロスラフ様はいったいどれだけバケモノだというのだ……」
「人智を超越した存在だと思っていたが、この世のすべてを超越しているのでは……」
近臣たちの顔は青い。
たった一人がどんどん強くなっていくのは脅威である。
しかし、ミロスラフの場合は強くなっていると言うより、強さがわかってきたと言ったほうが正確だろう。
(ミロスラフの強さの上限はいったいどこに……まさか存在しないのか!?)
皇太子フーベルトゥースは絶叫して頭をかきむしりたい衝動を、ギリギリのところで抑えていた。
ここで彼がそのような態度に出れば、群臣たちは激しく動揺して秩序や体制がガタガタになってしまうおそれがある。
(ま、まさか……ミロスラフのやつはそこまで考えて?)
フーベルトゥースはある可能性を思いついた。
今回の件もすべてがミロの計画通りだという絶望的な可能性だ。
(だってただガイアモナークドラゴンをシモベにするなら、何もこのようなやり方をする必要はなかったはずだ)
わざわざ皇都に呼び寄せて見せつけたのではないか。
自分はガイアモナークドラゴンを一撃で倒せる実力を持っているのだと。
内心ミロの疑っていたかもしれない一部の人間も、今回の件で彼の力が本物だと思い知っただろう。
今ごろ反抗的な心はへし折られているに違いない。
(やつは狙ってやったのだ。ガイアモナークドラゴンをシモベにするのに、最も効果的な方法を。我々の心をへし折るために)
もう誰もミロスラフを追い落としたり利用したりしようとは考えなくなるはずだ。
エアロとソイルがいれば確実にこの国は滅ぼせる。
いまやこの国は罠にかかったあげく体力も使い果たしてしまった鹿のような立場になってしまった。
(だ、だが、私はあきらめないぞ! 必ず何とかしてみせる!)
フーベルトゥースは固く誓う。
物事をほぼ独りで背負い込み、空回りにしていると彼は気づいていない。
「そう言えばソイルはどうするんだ。そんなにペットを増やせないぞ」
「わ、我をペット扱いする気か……いや、あんな負け方をしたのであればやむを得ないか」
ソイルは不満を浮かべそうになったが飲み込む。
「用件があれば呼び出せばいいだろう。我は帰ろう」
そう言い残してドラゴンに戻り、飛び去って行く。