就職活動(ミロ基準)
エアロとミロは皇都から五百メートルほど離れた場所に舞い降りた。
その先には皇国の精鋭兵約一万が厳戒態勢で待機している。
「お、降りた……人が降りてきただと……?」
「何が目的なんだ」
「きったない緑のローブとか、何の冗談だ?」
兵士たちは混乱していた。
七大災龍とあろうものが人を乗せてきたなど、彼らには想像の範疇を超えている。
「騒ぎになりましたね」
「まあドラゴンで乗りつけたから仕方ない」
ミロはというと緊張感とは無縁だった。
だから皇都から離れた場所に降りたのだし、話せばわかってもらえると簡単に考えている。
「あれ、でも物々しいな……思っていたのと何か違う」
ドラゴンはたしかに強いが、大国の精鋭ならば撃破可能のはずだ。
ミロが大国を選んだのはそういう理由もあったのである。
「とりあえず敵対する気があると誤解されても面倒だし、人化して待ってくれ」
「はっ。マスターなら大丈夫でしょうがお気をつけて」
「はは、大国の精鋭に勝てるわけないんだから、無茶なんてしないよ」
ミロは笑った。
エアロが心配するようなことにはならないと。
エアロは笑い返す。
自分のマスターは冗談が上手だと。
ミロが近づくと、皇国の兵士たちの緊張が最高に達する。
「止まれ! いったい何の目的だ!?」
兵士たちは槍と弓をかまえ、いつでも魔法を発動できる準備をした。
スカイエンペラードラゴン相手に勝てるとは思わないが、彼らはいざという時戦わなければならない。
彼らは全員全ての神経を集中している。
たとえ全滅すると分かっていても戦わなければならない時が彼らにはあるのだった。
「私はミロスラフという。この国に仕事を探しに来ました」
「……はっ?」
兵士たちは一瞬彼が何を言っているのか理解できなかった。
「す、スカイ、エンペラードラゴンを連れて仕事を探しに? この国を滅ぼす仕事をするということか?」
ある兵士が真っ青になりながらつぶやく。
スカイエンペラードラゴンがその気になれば、皇国くらいあっという間に壊滅だ。
兵士たちは悲壮な覚悟を決めているが、中には泡を吹いて気絶した者たちもいる。
「スカイドラゴン? 今はそう呼ぶのかな?」
声が震えたせいで一部聞き取りにくかったミロは首をひねる。
「待て!」
そこに威厳のある若者の声が響く。
やってきたのは軽くウェーブがかかった黄金の髪の二十歳そこそこの若者だ。
長身で広い肩幅を持ち、白い軍服を着た「たくましい美形の貴公子」とでも言うべき男である。
「皇太子殿下」
あわてる守備将軍を制し、彼はミロのほうへと近づいていく。
「貴公は仕官を求めてやってきたと思っていいのか」
「はい。今まで山にこもって修行に明け暮れていたので、知名度などなく知己もおりません。そこでドラゴンに乗ってアピールしようと思ったのです」
ミロはすらすらと答える。
皇太子は青い瞳で探るように見てため息をつく。
「何ともはた迷惑なアピール行為だ……しかし、有効な手段だったのは認めざるをえないか」
スカイエンペラードラゴンを乗り物扱いにしている時点で、ミロスラフが規格外なのは決定的だ。
敵対する意思がないどころか国に仕えたいとやってきたのは、天の計らいというやつだろうか。
そう考えるしかなかった。
皇太子は恐怖と絶望感で冷静さの大半を失っていたし、そのことに気づいていない。
「わかった。私の直属の魔法使いとして雇わせてもらおう」
「で、殿下!?」
部下たちがいっせいにあわてふためく。
強大な力を持った未知の存在を配下にすると言い出せば、忠臣たちが騒ぐのは当然だ。
しかし、彼には彼らを説得する自信はある。
手招きしてやってきた中年や老年の腹心たちに告げた。
「奴は国に仕官したいらしい。それが事実だとして、敵国に行かれて雇われたらどうする? 共和国や王国はまだしも、連邦や帝国に所属したとしたら」
皇太子の言葉に腹心たちは真っ青になってしまった。
連邦と帝国は皇国とは数百年にもおよぶ仇敵で、今まで流した血の量は皇国領全土に染み渡ると言われている。
「スカイエンペラードラゴンが本当に攻めてくることになるぞ。そうなったらこの国は終わると思わぬか」
沈黙をもって皇太子の考えが肯定されたため、皇太子はミロに向きなおった。
「ミロスラフよ、どうだ? 皇国の皇太子の部下では不服か!?」
「三食にティータイムに昼寝付き、さらにできればメイド付きの屋敷が欲しい!」
ミロは皇太子が出てきたのを幸いとばかりに、彼なりに最大に吹っかけた。
(たったそれだけだと? いったい何が狙いだ!? 深謀遠慮があるのでは!?)
群臣たちは不安になったが、皇太子はあっさり承知する。
「わかった! 今日から貴公はこのフーベルトゥース直属だ!」
ミロの就職活動は本人が思っているよりもあっさりと成功(?)した。