ガイアモナークドラゴン
ある日のこと、皇都は大きな震動に襲われた。
当然混乱が起こり、王都防衛軍が駆り出された。
あわてて起きたミロが外に出てみると、エアロがいやそうな顔をしてついてくる。
「マスター、マスターはとっくにお気づきでしょうが、やっかいな奴が近づいてきています」
その手の察知能力が高くないミロは何のことかわからなかった。
「誰だ?」
素直に聞けばもしかしたらエアロは、自分の能力が完璧ではないと気付いてくれるかもしれない。
そう期待したのだが無駄に終わる。
「私の能力をお試しになるのですね。やってきているのはガイアモナークドラゴンのやつです」
「ガイア……?」
ミロは誰だろうと首をひねる。
彼は七大災龍の存在を知らなかった。
(ガイアドラゴン? たしかアースドラゴンの古い呼び方だったっけ?)
モナークとつくのは何だろうと不思議に思う。
この場にメヒティルトがいれば説明してくれただろうが、彼女は運悪く実家に戻っていた。
ミロはエアロを連れて二人で皇宮に行くと、武装した皇太子が指示を出す。
「貴殿らは皇都の外に出て、謎の敵に備えてほしい」
「どうもガイアモナークドラゴンってやつが来るみたいですよ」
ミロは情報は少しでも多く、少しでも早く伝えたほうがよいと判断して告げた。
「な、何だと!?」
皇太子はぎょっとして目玉を動かす。
七大災龍の一角が迫っているとは、まかり間違えば皇都は滅亡だろう。
「ミロスラフ、貴殿に頼ることになってしまうが」
「ええ、何とかなるでしょう」
ミロは快く引き受ける。
(いい機会だ)
彼はそう思った。
公爵令嬢を救った以外あまり手柄を立てていない。
ここらで一つパニックになっている皇都を救えば、デカい顔もできるというものだ。
(評価を稼げる時に稼いでおこう)
とミロは計算をしている。
ガイアドラゴンならば何とか勝てるだろうし、エアロをぶつけてみるのもいい。
彼とエアロが皇都の門をくぐった直後、空から大きな緑色の鱗と茶色の瞳をしたドラゴンが降ってくる。
着地すると同時に激しく地面が揺れた。
「見つけたぞ、軟弱な同胞よ」
重く低いガラガラとした声である。
「やっぱりお前か」
エアロはいやそうな顔で反応した。
ガイアモナークドラゴン。
土属性の七大災龍であり、最も頑丈な鱗と膨大な体力を誇る。
それでいて重力で対象を押しつぶしたり、疑似的なブラックホールを創り出してすべてを滅ぼす能力を持つおそろしい存在で、七大災龍の中でも最強クラスと言われていた。
かつて彼を怒らせた人間が出たときは国を滅ぼし、大陸を二つに割ったという伝説がある。
大陸割のガイアモナークドラゴンともいう。
「人間ごときに負けてこびへつらって尻尾を振るとは、ドラゴンの恥だ。成敗してやろう。絶望の底に沈み、泣きながら命乞いをするがいいっ!」
ガイアモナークドラゴンは口を開けて牙をむき、大きくがなり立てる。
ほとんど騒音と変わらないほどの声量にミロは耳をふさいで顔をしかめた。
「何だ、ドラゴン同士のトラブルか。俺、帰ってもいい?」
ばかばかしくなったから言ってみただけだったのだが、エアロは感嘆する。
「何と。ガイアモナークドラゴンごときは無視ですか。さすがですな、マスター」
それを聞いていたガイアモナークドラゴンはいら立ちを見せた。
「矮小で惰弱で貧弱な人間風情が! 我の力を見せてやろうかっ!」
「いや、いきなり押しかけてきてデカい声で騒いで、さらに因縁をつけてくるってどれだけ迷惑なんだよ」
「ガイアモナークドラゴンを町のチンピラ扱い……偉大なるはわがマスターよ」
ガイアモナークドラゴンのことを知らないからこそのミロの態度だが、エアロはまさか知らないとは思っていない。
彼らのズレにガイアモナークドラゴンは我慢の限界に達する。
「ええいっ! ならばまとめて葬ってくれよう!」
ガイアモナークドラゴンは彼らを皇都ごと消し飛ばそうと、「アブソリュート・デス・ブレス」をお見舞いしようと口を開けた。
かつて大陸を割ったガイアモナークドラゴン最大の攻撃である。
「戦うしかないのか」
ミロは腹をくくり、エアロも臨戦態勢に移る。
「絶技! アブソリュートあべし」
ミロは身体強化した体でガイアモナークドラゴンを殴り飛ばす。
巨体は浮き上がり後方に二回転して地面に激突する。
「が、ガイアモナークドラゴンを殴り飛ばした……!?」
そしてその光景を皇太子と親衛隊、王都防衛隊が目撃した。
彼らは悲壮な覚悟を決めてやってきたのに、魔法使いのはずのミロがガイアモナークドラゴンを殴り飛ばすという冗談のような光景だった。
ガイアモナークドラゴンは帝都の城壁を見下ろせそうな巨体である。
動かすだけでも腕力自慢の大男たちが万単位で必要となるだろう。
それを魔法で強化したとは言え、ただの一撃で殴り飛ばすとは。
ガイアモナークドラゴンはピクピクと足と尻尾をけいれんさせるだけで動かない。
「しょせんはガイアドラゴンだな」
ミロは大したことがない敵でよかったと笑う。
(ガイアモナークドラゴンが、ただのガイアドラゴンと同じ扱いだと!?)
彼の言葉を聞いたエアロと皇太子、さらに皇国の人間たちが驚愕する。
「ガイアモナークドラゴンをたかが扱い……このお方は本当に規格外の中の規格外だな」
エアロの言葉は誰の耳にも届かずに消えた。