メイドの視点、ミロの視点
本日3回目の更新です
(すごいことになっているわ)
とメアリーは思う。
メヒティルトと言えば美貌と頭脳で皇国で並ぶものがいないのではと言われた、女性である。
その彼女がミロスラフをマイロードと呼び、忠誠を誓ったのだ。
今後、この国に大きな変化がもたらされることはほぼ疑う余地がない。
皇太子のためになればよいのだが、と彼女は願わざるをえなかった。
ミロは朝は早く起きてこない。
一見すると朝に弱いから寝坊しているだけだろう。
(でも、ミロスラフ様にかぎって寝坊するはずがないわ。きっと何かお考えがあるに違いない)
とメアリーは思うし、ポーラもこくこくと賛成した。
ミロは朝食を九時半くらいにとる。
メヒティルトもそれに合わせるようになった。
「うん、美味い」
ミロはそう言って本当に美味しそうに食べる。
料理当番が多いポーラとしても非常に好ましかった。
「でも、あれほどの方が私が作るお料理に満足してくださるってことはあるんでしょうか」
「そうね」
メアリーは少し考える。
「普通の魔法使いだったら今までロクなものを食べてこなかっただけでしょうけど、ミロスラフ様にかぎってそれはないでしょうね。そういう風に誤解させるための作戦じゃないかしら」
彼女がそう言うと、ポーラはおどおどとして聞いた。
「さ、作戦って何のために……?」
「何も知らない馬鹿はうわべだけ見て、人を笑うの。そんな馬鹿を油断させているのでしょう」
メアリーは貴族がどういう生き物なのか知っているし、権力闘争についても知識がある。
ミロスラフがやっているのはそれの一環だと考えれば納得できるのだ。
「いついかなる時も油断せず、敵を罠にかけるための戦略をはりめぐらせる……それがミロスラフ様なのよ」
「す、すごい……」
ごくりとポーラは生唾を飲み込む。
彼女はしょせん平民で、貴族の争いについてそこそこの知識しかない。
ただ、彼女には納得できない点があった。
「ミロスラフ様ほどのお方がそんなことをする必要があるんでしょうか? すごい魔法でやっつけちゃえばいいんじゃないですか?」
よくわからないがスカイエンペラードラゴンを従えるくらい強いのだから、罠をかける必要などないのではないかと思うのである。
メアリーは真剣な顔でうなずく。
「そう思うでしょう? そこがミロスラフ様の真のすごみなのよね。皇国のことを尊重しているという姿勢を見せているの。下手に力をかざせばすべての貴族が団結して敵に回すかしら。でも、力をむやみにふり回さないとなると、仲良くできると考える人は出てくるわ」
彼女はポーラにそう言いながらも、自分の意見が正しいとは思っていない。
何しろミロスラフは強すぎるし、賢すぎる。
メヒティルトですら赤子同然となれば、この国で知恵で戦える者など一人もいないだろう。
(恐ろしい人……二十四時間油断なく、隙を見せず、常に罠をはりめぐらせるなんて、ほとんど神の領域じゃないの)
メイドたちのそんな畏怖の視線に気づいたミロは不満を持つ。
(エアロが高圧的な態度をとるせいで、メイドたちにおびえられている気がするな)
もう少しエアロを叱るべきだろうかと思った。
(せっかく屋敷内では何も考えず、今まで食べたこともない美味いものを食い、のんびりだらだらと暮らせるというのに、あいつのせいで台無しじゃないか……)
間が抜けた顔であくびをする。
だが、エアロはすぐに勘違いをするため、深く考えずに注意してもかえって事態は悪化してしまう。
(どうすればいいんだろう? 考えるのは他人に任せたいんだよなあ)
たとえば知恵者だと言われていたらしいメヒティルトにだ。
ただ、彼女はどうやらミロのことを絶対化してしまっているため、その方面では頼りにくい。
(でも、そのメヒティルトもなあ)
病気が治ったのはよかったが、恩返しをすると言って住み着いてしまった。
彼女がいることで周囲がどう評価しているのかが気になって仕方がない。
「帰る場所はございません」
と言われてついつい許可してしまったのだが。
メイドたちがいて、エアロもいるため変な誤解は生まれないのは幸いである。
(いや、待てよ? エアロを人間たちはどう思うのかとか、そういう方向で聞いてみるのはどうだろうか。俺と他の人と認識が同じとはかぎらないから、確認しておくというのは不思議じゃないはずだ)
我ながら名案だと思い、ミロはニヤニヤした。