新しい配下
本日2回目の更新です
皇太子が登用したミロが、難病<パラリューゼ病>に冒されたメヒティルトを完治させたという話は、あっという間に皇国の貴族社会に広まった。
「さすが皇太子殿下。慧眼をお持ちでいらっしゃる」
貴族たちはこぞってほめたたえ、皇太子の御世が楽しみだという言葉でしめくくる。
彼らには下心があるに違いないが、皇太子を称賛する者たちをまさかとがめるわけにもいかない。
(それにしても……意外だな)
スカイエンペラードラゴンを従え、難病を治す知識を持っている男ミロスラフ。
その男が脅威だと考える者はいないようだ。
もちろん皇太子が直属に取り立てたのだから指摘しにくいというのはありえるだろう。
だが、その点遠慮する者たちばかりではない。
もしそうであれば、フーベルトゥースの苦労は何割か少なくなっているはずだ。
(まさか、これもミロスラフのやつの計略なのか? やつの脅威を理解できるのが私だけという)
その点に思い当たり、フーベルトゥースは愕然とする。
今のところミロスラフの恐ろしさを説いても誰も賛同してくれない。
自分が登用した人物が有能なのに何が不満なのかと思われるばかりだ。
こんな状況こそがミロスラフの作戦なのではないか。
未来を予知するような力を持っているのであれば、それくらい造作もないだろう。
(そう考えればつじつまは合う!)
フーベルトゥースはごくりと生唾を飲み込む。
どう考えても破たんした考えだとツッコミを入れる者はいなかった。
彼は優秀で自分の力を頼みとしがちだった。
それだけに泥沼にはまりつつある。
(もしも、私を孤立させるのが狙いだとしたら、誰かに相談しても逆効果では……)
彼は一人で勝手に疑心暗鬼になっていた。
そんなミロスラフはメヒティルトの訪問を受けていた。
たった数日でかつての美しさを取り戻した彼女を見てミロは息を飲んだのだが、彼にとって本当に絶句する展開はあとからやってきた。
「ご尊顔を拝謁する名誉をたまわり、恐悦のきわみにございます。マイロード」
メヒティルトは最敬礼をとったのである。
これは貴族が最高権力者に対するあいさつだった。
ミロが彼女にやっても、その逆は本来けっしてありえない。
「あ、うん」
「それにしても驚きました。あの調合はたんに病を癒すものではなく、弱った私の体の活力を高める効果もあったのですね」
メヒティルトはうっとりとした表情で微笑む。
(そんな効果があったのか?)
ミロが知っているはずもなく、ポカーンとするしかなかった。
彼の様子を見たエアロが口をはさむ。
「メヒティルトやらは意外と知恵が回るな。マスターも感心なさったようだ」
「はっ、マイロードと比べれば矮小卑屈の身ではございますが、この国においてはそれなりに位置する存在でした」
メヒティルトは少しだけ謙遜した。
かつて皇国第一と言われていたが、ミロと比較すれば太陽と小石である。
(違う、そうじゃねえよ!?)
ミロは内心エアロに叫ぶ。
ドラゴンの感覚がずれているのは仕方ないが、なぜ人間であるメヒティルトがそれに賛同するのだろう。
「それで本日の用件は?」
ミロは気分を切り替えるためにたずねると、メヒティルトは一瞬きょとんとする。
それから何かを理解して微笑む。
「この身をお試しになるのですね。もちろん、ミロスラフ様にお仕えするためにございます。御身に救われなければ、わたくしがこの世を去るのも時間の問題でした。命を救われたご恩、命をかけてお返しする所存にございます」
「それは当然だな」
エアロがうんうんとうなずく。
「そんなつもりで助けたわけじゃないんだが」
そもそも助けるつもりでもなかったとはさすがにミロは言えなかった。
公爵令嬢に失望されたらどうしようと思うくらいには、彼は小物だからである。
すると二人はハッと顔色を変えた。
「失礼いたしました。わたくしなど有象無象同然。恩返しなど無用ということにございますね」
「偉大なるマスターに本来シモベなど不要でしたね。御身に選ばれたと思いあがっておりました。心よりお詫び申し上げます」
メヒティルトは納得したように言い、エアロは顔面蒼白となって必死に謝罪してくる。
(何でそうなる!?)
これでは許す形にしないと場がおさまらない。
少なくともミロには他の名案を思いつくことができなかった。
「いや、君たちにはこれからもがんばってもらうつもりだ」
どちらかと言うと配下よりも友人がほしいのだが、今すぐこの両名を納得させるのは難しいと判断する。
「ははっ、ありがたき幸せっ!」
エアロもメヒティルトも感激したのか、目を潤ませた。