無双の賢者
本日3回目の更新です
「そんな……まさか」
メヒティルトの声は震えていた。
もう治らない、長くないと覚悟していたというのに。
ミロスラフという男は治せると言うのだ。
「よし、さっそく作ろう」
彼女には何も言わず、ミロはさっそく薬を作ろうとする。
「トロープの葉を持ってまいりましょう」
「私は何をすればいいですか?」
エアロは外に向かい、レイラがミロに話しかける。
「ボウルと混ぜ棒を持ってきてもらいたい。あとは薄めるための水を」
「はい、ただちに!」
レイラはパタパタと小走りに出ていく。
メヒティルトの病が治せるかもしれない。
そう思うと彼女の胸は希望でいっぱいだった。
「本当に治せるの……?」
メヒティルトはまだ信じられない様子である。
「じゃなきゃ私はいませんよ」
ミロは本当のことを言わなかった。
彼の場合、治らなくても死んでもまた転生できてしまうため、効果がなくても結果は変わらない。
しかし、ここで本当のことを言うことが最善ではないだろう。
まずは信じてもらい、薬を飲んでもらうことが最善であるはずだった。
ミロが用意したものをコップに移し、メヒティルトに飲ませるのはレイラが担当する。
「苦い」
メヒティルトはそう感想をもらした。
「ど、どうでしょう?」
レイラは我慢できずにたずね、ミロが答える。
「そろそろ目が開くかもしれません」
「……本当だわ」
メヒティルトの目は開き、サファイアのような瞳がミロを見つめていた。
「メヒティルト様!」
レイラの両目から涙がいくすじもこぼれ落ちる。
「ああ、レイラ。少し老けたわね。わたくしのせいかしら」
「とんでもございません!」
メヒティルトも目尻に涙をためながら、レイラと抱き合う。
「今日のところは帰ろうか、エアロ」
「はい、マスター」
ミロはそう言い、エアロを連れて部屋を出ようとする。
「ま、待って。お待ちください! お礼が!」
メヒティルトがあわてて彼らを呼び止めた。
「数日安静にした方がいいし、煎じたものは全部飲んだ方がいい。話は落ち着いてからにしましょう」
ミロは手で二人を制し、おだやかに言って聞かせる。
「は、はい」
メヒティルトはまだ治ったばかりだと、二人は思い出した。
衝撃が強すぎて当然だったことすら忘れていたのだった。
外で待っていた御者に指示を出し、ミロたちは馬車で自宅へ戻る。
「マスターの壮大なる計画がとうとうはじまりましたな」
エアロがそんなことを言った。
(計画? まあ高貴な身分の人たちに恩を売って立場を確立させるのは重要だな)
ミロは一瞬何を言われたのかわからなかったが、すぐに気がつく。
ドラゴンのエアロもそのような感覚を持ち合わせていたのかと思いつつ、小さくうなずいた。
「まあな」
「やはり!」
エアロはうれしそうだった。
(何だ、答え合わせをしたかっただけか)
ミロはそう解釈する。
人間社会で泳いでいく方法を覚えてどうするつもりなのかわからないが、自分の行動を見て学びたいというならば止める理由はない。
彼はそんな風に思った。
「空が青くて……太陽がまぶしいわ……」
メヒティルトは目に涙を浮かべながらつぶやく。
息苦しさはすっかり消えていたし、足も動かせるようになっていた。
「ようございました。ミロスラフ様がいらっしゃったのは天におわす神々の導きでしょうか」
「そうね」
メヒティルトは神を信じることを止めていた。
運命を呪っていた。
だが、今の彼女は違う。
「救いの神は実在したわ。ミロスラフ様こそが救いの神だわ」
「皇太子殿下は気になさっているようですが」
レイラは遠慮がちに言うと、メヒティルトはくすっと笑った。
「何を気にしても無駄だわ。ミロスラフ様の叡智も強さも古今無双。誰もあのお方にかなうわけがない。我々はみな、あのお方に平伏するしかないのよ」
彼女の目と声にはたしかな熱量がこもっている。
古今無双。
昔から現在においてかなうものがいない存在を指す。
メヒティルトはミロこそがその称号にふさわしいと確信していた。
「皇太子殿下はわたくしの病気を教えていなかったのに、あのお方は予期していてしかも治すのに必要なものを、エアロ様が採取するように仕向けていたのよ? そんなお方にわたくしたち凡愚が何をできるの? ただおそばにお仕えできる栄誉をたまわれるようにこいねがうだけじゃない?」
「御意」
メヒティルトは狂信者とでも言うべき存在に変化しつつあるが、レイラは疑問に思わない。
彼女もまたミロスラフという男の偉大さに完全に心服させられた一人だった。