そこにいるのはわかっている
3回目です
ミロは風呂から上がったあと、二階に用意された自分の寝室に向かう。
やはり庶民の家よりも広いかもしれないという感想を抱く。
「はー」
誰もいないことでようやくリラックスができると、彼は全身から力を抜いた。
「それにしてもまさかこんなに上手くいくとはな」
ミロはベッドの上に寝そべり、真っ白な天井を見上げながらぽつりとつぶやく。
あこがれていた生活、何度も転生していつか手に入れたいと願っていた暮らし。
それをようやく実現させることができたのだ。
(それにしても一億ナグルか……使い切れるのかな。使い切れなかったらどうしよう)
そんな心配をしてしまうくらいミロは小市民だった。
それに皇太子直属というわりに拘束はかなりゆるそうである。
(ゆるい国なのかな。大国だから余裕があるのかなあ)
ミロはそう解釈した。
(ハエが退治できないのに大丈夫かと思っていたけど、余裕があるなら大丈夫かな)
そう思えてくるから我ながら単純だなあと思う。
自分が倒したモンスターがAランクの強豪だと気づいていないミロは、ナグルファル皇国の評価を改めていた。
(さて、これからどうしようかな?)
自由にしていいと言われるとミロは困ってしまう。
特にやりたいことはないし、趣味なども持っていないからだ。
(修行……はもういいかな)
ミロが修行に励んだのはいつしか一人前の魔法使いになるためである。
こうやって大国の皇太子直属として雇われた以上、もういらない気がした。
彼は理由もなくストイックに努力を続けられるタイプではない。
(でも、実力が落ちたら困るのは俺か。追い出されるかもしれないし)
そうなったら以前のみじめな生活に逆戻りだ。
それだけは避けたい。
(実力が落ちない程度にはやるべきか)
結論が自分の中で出てしまうと、ミロはしぶしぶ起き上がって瞑想をする。
魔法使いは結局魔力が非常に重要だ。
緻密なコントロールもあった方がいいのはたしかだが、魔力がないと解決できない問題が多すぎる。
ドラゴンを倒すにも魔力は必要だし、ハエ系のように厄介なモンスターを一挙に駆除するために大規模破壊をおこなうのにも魔力が必要だ。
だからミロは魔力を練る修行をたっぷりとやる。
平凡だったミロは一度や二度死んだ程度では、大成できなかったはずだ。
死んだ後も魔力、知識、魔法使いとしての実力を引き継げる固有能力を持っていなければ有象無象でしかなかっただろう。
(そう言えば今の俺ってどれくらいの魔法使いなんだろう)
大国で一番とは言えなくても、十番くらいには入れるのだろうか。
ミロはそう予想する。
試してみたい気もする反面、自分の実力をはっきりと突きつけられるのは怖いという気持ちもあった。
(自分から言い出して負けたら格好悪いしな……)
何も好き好んで恥をかくことはないだろうと思う。
魔法使いとしてのトレーニングを終えて、最後に一言言った。
「そこにいるのはわかっている」
これに深い意味はない。
ミロにとっては一日の修業を終える儀式のようなものだ。
「さ、さすがですね」
ところがいつの間にかドアの前に立っていたメアリーが、驚嘆したように目を開いていた。
「魔法使いの方は気配探知が苦手だとうかがったことがございますが、ミロスラフ様ほどのお方ともなれば別なのですね」
何やらすごい勘違いが始まったとミロは感じる。
これは否定しても自分の評価が下がったりしないだろう思い、否定することにした。
「いや、そうでもない」
「ご謙遜を」
しかしメアリーは信じてくれない。
それどころか「言わなくてもわかっている」とでも言いたそうな、意味ありげな笑みを浮かべる。
(何もわかってないじゃないか)
ミロとしては抗議したいところだったが、もしすれば「じゃあどうしてそこにいるのはわかっているなんて言ったのか?」ということになってしまう。
誰もいないと思ってそんなことを言ったなど、恥ずかしくて自分の口から言えるものではない。
(ばれたら羞恥で死んでしまう)
墓までもっていくしかないなとミロは思った。