表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巫女姫イーラは、今日も鏡を覗きこむ。  作者: 河里静那
そして始まる彼女の日常
6/6

5話 アニメ

「ところでですね、神様」


 そのですね、ちょっとお願いがあるんですけれど。

 ビールとつまみ。果実水と菓子。それぞれの晩酌をしながら鏡越しに、今日もあれこれと話を弾ませるイーラと神青年。その話が一段落した時に、イーラがおそるおそるといった風で、そう言ってきた。


「お勉強も、映画もとても面白いのですけれどね。でもそろそろ、その、この間の続きも見たいかなー、何て」


 鏡に映っていない外側で揉み手でもしているんじゃないかと思わせる、下心ありありの笑顔を見せながら、そんな風に言ってきた。

 けれど言われた側の神青年は、どうやらピンとこない様子。


「続きって? 何か途中で終わってるのあったっけ?」

「嫌ですよ、神様ったら意地悪なんだからもう。ほら、最初に見た、アニメの続きですってば」


 そう言われた神青年の顔に浮かぶのは、少しばかりのしかめっ面。

 あのときは、次の日というかその日というか、とにかくその後が大変だった。1クール13話を一気に見たせいで、終わる頃には朝日が昇り始めていたのだ。


 もちろん、途中で終わりにすればよかっただけの話なのだが。でも、想像してみて欲しい。白銀に輝く髪をした、エルフもかくやという美少女。その子が頬を染め、上目遣いでお願いしてくるのだ。もう一話だけ、って。

 神青年だって、健康で健全な男なのである。これを無碍に断ることなど出来ようか。いや出来はしない。反語。そしてその代償が、徹夜である。

 彼は20代の半ばで、まだ十分に若く体力もある。けれどそれでも、寝ずに仕事に向かうのは中々にキツいものがあった。


 そこで、次の日はアニメではなく、二時間程度で終わる映画を見せてみたのだが。残念なことに、名作のアクション映画を楽しむのは、ストーリー以前のところで躓いてしまったのだ。

 なにせ、室内のシーンではテレビや電話、電子レンジといった電化製品に興味津々。屋外のシーンでは車などの乗り物に向けて上げられる歓声。あれは何、これは一体。質問攻めにあってしまい、気付いた時には既に物語は佳境を超えて結末へ。当然、内容なんて頭に入っておりません。


 仕方がないので、まずはこちらの世界の文化や何やらについて教えていこうということに。それが、最近の彼と彼女の過ごし方になっていた。これがイーラの言うところの、お勉強である。

 でもイーラとしては、これに少し不満があったよう。異世界のあれこれを知るのは楽しいし、俳優が演技をする実写映画だってとても面白い。だけれども、絵が動くというアニメの方が彼女にとってはより不思議なもので、心にズドンと響いたのだ。


 そこで、再びのこのお願いである。あのときと同じく、上目遣いで瞳をうるうると、顔の前で両手を組んでお願いをしてくる美少女。神青年の心がぐらりと揺れる。

 仕方がない、覚悟を決めよう。一日に多くても4話まで。それをきちんと約束させて、破るようならもう見せない。そう言っておけば、彼女もわかってくれるだろう。多分。

 自分としては映画でもアニメでもどちらでもいいのだし。むしろ、イーラの反応を見て楽しむのには、アニメの方がよりいいか。


 でも、続きって?

 最初に見たアニメって、あれだよな。異世界召喚の。


「いや、あれはもう最後まで見たじゃん」

「まーたまた、私はだまされませんよ。まだまだお話終わってないじゃないですか。最後に出てきた黒幕っぽいのだって、何か思わせぶりなこと言ってましたよ」


 あー。そういうことか。

 これはどう説明したものか。ポリポリと頭を掻きながら、少し困った様子の神青年。


「いや、本当にあれで終わりなんだ」

「……ああっ! まだ神様の手元にはないとか、そういうっ!」

「そうじゃなくて、続きそのものが作られてないんだよ。残念なことに」


 そう告げられ、意味を理解したイーラが絶望の表情を浮かべた。白皙の顔の半分に影がかかり、目の所は真っ白になっている。別に恐ろしい子はいないけれど。

 死刑宣告でもされたとばかりの彼女の様子に、そこまでかよと苦笑いを浮かべる神青年。でもまあ、確かに中途半端だよなあ。見せる作品を間違えた、これは自分の失敗だ。


 最近はこういう、売れれば続きを作るけど、逆に売れなかったらぶった切りで終わりというのが多すぎる。アニメに限らず、小説とかでも。商売だから仕方がないとはいえ、せめて一応はお話をまとめて欲しいもの。ある程度は伏線投げっぱなしでも、この際いいからさ。

 しみじみと思う彼だけど、現実は厳しい。今後は面白いと思ったものは出来るだけ買って、売り上げに貢献しよう。イーラのためにも。


「続きの話を知りたいなら、原作の小説があるみたいだけど……」

「読みたいですっ!」


 イーラ、復活。はいっ! っと勢いよく右手を上げて、鏡に顔を近づける。その姿は大変可愛らしく、彼としてもお願いを叶えてはあげたいのだが。でも、なあ。

 アニメと違って小説を読むとなると、こちらで本を保持した上でページをめくらなければならない。何気に面倒で大変な作業だ。

 そして、それ以前に、だ。


 神青年は件のタイトルをパソコンで検索。アニメや小説の大本の原作となった、通称WEB版と言われる小説投稿サイトで連載されている作品を画面に表示させた。

 そしてその画面を鏡に向かい合わせて、イーラにも見えるようにしたのだが。


「読めませんっ!」

「だよなあ」


 そうなのだ。これまでのやり取りで判明していた事実。互いに話している言葉は理解出来るのだが、文章となると何が書いてあるのかわからない。

 推測になるというかおそらく事実なのだろうが、言語に関しては鏡が翻訳してくれているのだと思われる。これはこれで非常にありがたいのだが、悲しいことにこの機能は文字にまでは適用されないようなのだ。魔法の力にも限界があるのか、それとも妖精の嫌がらせなのか。その辺りはわからないが。


「神様っ! 読んでくださいっ!」

「やだよ」


 流石にそれは勘弁です。


「えー。お願いしますよー、かーみーさーまーっ!」

「いや、何か恥ずかしいし。イーラだって自分が読み上げる側だったら照れない?」

「そういうのは朗読会で慣れてます。感情を込めて情緒たっぷりに、自作の詩を読み上げないと小馬鹿にされるんですよ? これくらい何ですかっ!」


 マジか。

 異世界の貴族、ハードル高いな。


「さ、そういう訳ですから、神様もどうぞ。何でしたら指導しますよ?」

「いや俺、貴族じゃないし」

「だったら、なりましょう。平民から一代で辺境伯になった人だっていますし、神様だったらなれますって」

「ならねーよ」

「何なら婿入りでもいいですからっ!」

「どこにだよ」


 どこにって。それは……あれ?

 自分が何を口走ったのか。そして、この場合に想定される婿入り先が何処になるのか。無意識のうちに自分が何を考えていたのか。

 それを自覚して、イーラの顔が朱に染まる。ぽふっという音が聞こえてきそうな程に、真っ赤に染まる。


「かっ! か、か、か、神様っ! 何てこと言い出すんですかっ!」

「いや、俺じゃないよね?」

「女性に罪をなすりつけるなんて、紳士としてあるまじき行為ですっ!」

「いや、なすりつけてもいないよね?」


 右手の人差し指で鏡の向こうをズビリと指差して言ってみるも、相手はどこ吹く風。

 突きつけた指がぷるぷると震えている。イーラが涙目で頬を膨らませ、ぷるぷると震えている。


「わかりましたっ! 神様がその気でしたら、こちらにも考えがありますっ!」

「いや、その気も何も」

「覚悟しておいてくださいっ!」


 そう言い残されて、鏡通信は唐突に途絶えた。一体、何が何だったのか。

 でもとりあえず、涙目で震える美少女だなんて良い物が見れた、と。にやけたほくほく顔をして、グラスを傾ける神青年であった。




 それから数日。

 その間、鏡にイーラが映ることはなく。


 神青年としても、読み上げを断ったのがそこまでショックだったのだろうかと少し悩んだり。いやでも、別にそこまで理不尽なことなんて言ってないよなと、少し腹を立てたり。

 もう、繋いでこないのかな? それだと少し……少しだけ、寂しいな。と、心にぽっかり穴が開いたような気分でいたり。


 その夜も彼は、自分の顔だけが映っている鏡を見ながらビールを飲んでいた。

 第三者からするとただのナルシストに見えるだろう光景だけれど、彼の顔に浮かぶ表情といえば陶酔ではなく、機嫌の悪そうなしかめっ面。


 つまらなさそうにビールを一口。不満顔で酒を飲む鏡の中の男。

 美味しくなさそうにつまみを一口。得意気に微笑む鏡の中の美少女。


「ってうわ! びっくりしたっ!」


 缶詰のオイルサーディンに視線を向けて、また鏡を見たなら別のものが映っているとか。

 完全にホラーじゃねえか、このシチュエーション。映ったのが白い服で長い黒髪の女性とかだったら、絶対ちびってた。自信ある。


「ふっふー。神様、目に物見せに来ましたよ。覚悟はいいですか?」


 そう不敵に笑ってみせる、数日ぶりの彼女の姿。どうしよう、自分でも単純すぎてどうかと思うけど、嬉しい。そう、口元がにやけてくる神青年。

 でも待って。どうしたの、それ?


「イーラ? なんか、くまが酷いんだけど」


 肌が白いだけによりくっきりと、墨でも塗ってるんじゃないかと見えるイーラの目の下。

 尋ねられたイーラと言えば、ふっふっふっと、何故か得意気に含み笑い。あ、これあれだ、徹夜明けのハイなテンションって奴だ。

 そして彼女は得意気な顔をそのままに、手にした分厚い紙の束を鏡の前に掲げて見せた。じゃーんと、自分の口で効果音をつけているのは、例のアニメの影響だろうか。


「異世界に召喚されて頑張って仲間と一緒に魔王を倒してみたけど実は黒幕は他にいて仕方ないからまた頑張る話ー」

「いや、長いよ」


 昨今は長いタイトルが流行っているというか、むしろそれが普通になっている風潮だけれど。でも、そのタイトルは流石にどうよ。

 ん? タイトル?


「続き、自分で書いてみました」

「無駄にアグレッシブでいらっしゃる」

「最近になって流通し始めた植物紙、ふんだんに使ってみました」

「無駄にハイソサエティでいらっしゃる」

「巫女姫で頂くお手当、つぎ込んでみましたーっ!」

「無駄に……って、ホントに無駄遣いしてんな、このお姫様」


 最近になってって言うことは、これまでは羊皮紙が普通だったのか?

 だったら紙って相当に高価な物の気がするのだが。まあ、本人が良ければそれで良いんだけど。


「さあ神様っ! 読んでくださいっ!」

「いや、読めません」

「ですよねーっ! 知ってましたっ!」


 そう言って、何が楽しいのだかケラケラと笑うイーラ。おい、被っとけ。貴族のお姫様なんだから、そこに落ちてる猫の皮、きちんと被っとけ。

 何だか、飲み会の席で自分だけ素面でいるような気分。めんどくせぇ。


「大丈夫ですっ! 読んであげますからっ!」

「いや、別にいらないんだけど」

「私、読むの上手なんですからっ! 朗読会でも評判で、流石は巫女姫って言われてるんですからっ!」

「いや、何がどう流石なのかいまいち通じてこないんだけど」


 神青年の突っ込みなどお構いなし。

 今のイーラに敵などいない。私の前に道はなく、私の後ろに道が出来る。


「じゃあ、いっきまっすよーっ!」

「いや、もう好きにして」


 そして読み上げられる、異世界へと旅だった若者の物語。時に力強く、時に囁くように。朗々と、訥々と。楽し気に、悲し気に。

 確かにそれは、自分で言うだけのことはあり、とても人を惹きつける読み上げだった。もしも彼女がこちらの世界に生まれていたなら、誰もが知っている女優になれたのではないかと。そう思ってしまう程に魅力に溢れた朗読だった。

 例えそれが、剣の一振りで天を割り、魔法を放てば地を砕き、女性はおろか数多の男性からすらモテモテな勇者で、来た見た勝っただけで終わってしまう物語だったとしても。

 どうやらイーラは、女優にはなれても小説家にはなれないようだ。少なくとも、現状では。




「しっかし。ほんと行動が読めないな、このお姫様は」


 朗読が始まってから、しばらく。イーラの一人芝居は、唐突に終わりを告げていた。そろそろクライマックスになろうというところまで来て突然に、彼女の電池が切れてしまったのだ。

 台詞の途中で急に黙ったかと思うと、そのまま鏡の前に突っ伏すように崩れ落ちたイーラ。何事かと焦ったが、上下する背中と聞こえてくる呼吸音から、単に寝てしまっただけだとわかる。


 ほんと、人騒がせなお姫様だよ。何日も寝ずに、ずっと書いていたんだろうな。

 自然とこみ上げてくる笑みを隠しきれずに、神青年はクツクツと笑う。


 ああ、酒が美味い。つい先程までは、随分と不味く感じていたはずなのに。現金なものだと、自分でも思う。

 まあ、それでもいいじゃないか。今日は、この目を離せないお姫様の寝顔……は見えないな、突っ伏してるから。仕方ないから後頭部でも肴にして、一人酒といきますか。

 そしてまた、一口。ああもう、ビールだけじゃもったいないな。ワインも開けちゃうか。明日も仕事だけど、いいさ。もう会えないかも何て思っていたんだから、これくらいはいいじゃない。お祝いだ。


 それにしても。

 婿入りの話とか、覚悟しておいてくださいとか。そういうのは一体、どこに行ってしまったのだか。

 何故にどうして、続きを読めないなら自分で書くって話に変わってるんだか。


「……この鏡がいつまで繋がってるかはわからんけど。ま、しばらくはよろしくな」


 またこみ上げてくる衝動に逆らうことは既に諦め、室内に響く笑い声。

 グラスに注いだワインをくいっと傾け、一気に飲み干す。


 ああ、美味い。

 神青年の今日の晩酌は、のんびりと幸せな気分のまま、続いていくのだった。明くる日、二日酔いに苦しむ程につい、飲み過ぎてしまうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ