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巫女姫イーラは、今日も鏡を覗きこむ。
「神様ー。もうちょっと音を大きくしてもらえますか-?」
「あいよー。あと、カミじゃなくてジンな」
神の箱庭に通じると伝えられている、妖精の鏡を覗きこむ。
「こんな素晴らしい娯楽を提供してくださるんですから、神様でいいじゃないですか」
「やだよ。ガキの頃から神様神様って、からかわれてきたんだから。あと、異世界の姫がアニメにハマるな。イメージが崩れる」
昨日も覗いた。一昨日も覗いた。その前の日も、前の前の日も。巫女の立場になったその日から、毎日毎日、変わることなく。多分、明日から先もずっと、同じだろう。
「ジンって、帝国の言葉で妖精って意味らしいですよ? 神様と似たようなものじゃないですか」
「知らねーよ。ここは日本だ」
けれどそれは、何の成果も生み出さない行為。砂漠に水をまくかのような、何の結果も導き出さない虚しい行い。
「あと私、姫っていったって、別に王族とかじゃないですからね。しがない伯爵家の娘ですよ」
「いや、貴族じゃん。十分、偉いんじゃねーの?」
何故なら、この神器が何かを映し出したことなど、これまで一度も無かったのだから。代々の巫女姫がいくら魔力を注ごうとも、決して何も映し出そうとしなかったのだから。
「伯爵位を継いでいるお父様なんかは、王国でもそこそこ偉いですよ? でも、その娘なんて政略結婚の道具です。駒ですよ、駒」
「やさぐれてんなー。まあ、そういうのはそっちもこっちも一緒か」
けれど、どうやら。その色のない変わらぬ日々に絵筆が入り、鮮やかな色彩が加えられた様子。
「それと、アニメは素晴らしいです。姫だろうと王だろうと、絶対ハマります。保証します。だから、もう一話お願いします」
「やだよ。明日の朝、早いんだから」
神の思惑か、妖精の悪戯か。決して何も映し出さないはずの、何処にも繋がらないはずだったの鏡。それが映し出した光景、繋いだ先の場所とは。
「お仕事ですか、お疲れ様です。なら、英気を養うためにも、もう一話行きましょう。むしろ、最終回まで行きましょう」
「行きません。もう寝ます。あ、明日から出張だから、三日ほど留守にするから、俺」
それは、こことは違う世界の。とある一人暮らしの男性の部屋の、何の変哲も無い一枚の鏡だったのです。
「三日ってっ! 聞いてないんですけどっ! このまま放置ですかっ!? 生殺しですかっ!? ヒロイン攫われてるんですけどっ!? 続きが気になるんですけどおおおっ!!」
「それじゃ、お休みー。鏡伏せるぞー」
「あっ、待ってっ! ちょっと、神様ーっ! かーみーさーまーあああああっ!!」
巫女姫イーラは、今日も鏡を覗きこむ。
昨日も覗いた。一昨日も覗いた。その前の日も、前の前の日も。巫女の立場になったその日から、毎日毎日、変わることなく。多分、明日から先もずっと、同じだろう。
でも、その意味合いは。以前と今とで、随分と変わってしまっているようです。
これは、そんなイーラの、毎日のひとこまを切り取った物語。
彼女の様子を映し出す魔法の鏡を用いて、イーラの日常を覗いていくことと、しましょうか。




