日本帝国揚陸軍の一般公開日にて
中国共産党軍の兵士が操るT34戦車の群れが中国国民党軍の陣地に迫っていた。
敗走を続けた国民党軍は、海岸近くにまで追いつめられていた。
国民党軍は敗走する途中で戦車や砲などの重装備をほとんど失い、共産党軍のT34に対抗する術が無かった。
急造の陣地に籠もる国民党軍の兵士たちは背後の海を見ながら「もはや海に追い落とされるしかないのか?」と思っていた。
しかし、海に数隻の船があらわれた。
国民党軍の兵士たちは「脱出用の船だろうか?」と思った。
しかし、そうではなかった。それは日本の戦艦「大和」であった。
「大和」の砲撃により共産党軍のT34は次々に吹き飛んだ。
「おい」
そして空母から揚陸艦に改装された「葛城」から大発に載せられた五式中戦車が発艦し、次々に上陸した。
「おい、おい」
五式中戦車が共産党軍を追い払うと、日本軍と国民党軍の兵士たちは握手を交わした。
「おい、おい!それはあり得ないだろ!」
スマホで動画を見ていた僕を幼なじみの彼が揺さぶった。
「何だよ?さっきから人が動画を見ているのに?」
「また、その動画を見ていたのか?その動画は史実には無い描写をしていて酷いと言ったろう?」
「西暦の1949年に終わった中国南北戦争に参戦した。我が日本帝国の陸海空軍に続く第四の軍である揚陸軍の後援でつくられた映画『揚陸軍初陣』の動画だよ。何が酷いの?」
「それはだなあ……」
幼なじみが何と言うかは僕には分かった。
何度も同じ会話を繰り返しているからだ。
今、僕たちは揚陸軍の戦艦「大和」の甲板にいる。
僕たちは二人ともミリタリーマニアで、揚陸軍の一般公開日にここに来た。
ミリタリー知識については幼なじみの方が豊富に持っている。
僕が見ていた動画に文句を言っているのは史実とは違うからだ。
日本帝国揚陸軍は、中国南北戦争において国民党軍に軍事支援したのは事実である。
だけど、海岸近くの国民党陣地を「大和」の艦砲射撃で支援して、五式中戦車を揚陸させたことは無い。
中国大陸の海岸線は長大なので、共産党軍が手薄な海岸に上陸して背後から共産党軍に襲撃したのだ。
それに日本軍の兵士と国民党軍の兵士が戦場で握手を交わしたことは無い。
1930年代に日本の政府・軍部の一部が一時期国策として軍事力による中国大陸への進出を考えていたため、中国国民党との関係が悪く協同作戦ができなかった。
僕も幼なじみもミリタリーマニアだがタイプは違う。
幼なじみは軍事関係の書籍を読み込んで知識を頭に溜め込むのが好きだが、僕はミリタリー関係の画像や動画を見るのが好きなのだ。
体格も実家が空手道場の幼なじみが「武道家」としか言いようがない筋肉質の身体をしているのに対して、僕は吹けば飛ぶような華奢な身体をしている。
正反対だが、だからこそ僕たち二人は長い間上手く家が隣同士の「親友」として上手くやってこれたのだと思う。
でも、僕たちは高校三年生、来年からは進路が異なる。
幼なじみは揚陸軍士官学校に進学して、僕は一般大学に進学する。
進路が異なれば簡単に会うこともできなくなるから、この夏休みに二人で思い出作りをすることにしたのだ。
揚陸軍の一般公開の抽選に当たったのは幸運だった。
「せっかく『大和』の甲板にいるのに動画なんか見てるんじゃないよ!『大和』の実物を見ろ!」
「でも、イージス艦に改装された海軍の『武蔵』の方がカッコいいよ?」
「馬鹿!揚陸軍の『大和』は大規模な改装を一度もされずに、ほぼオリジナルの姿なのが貴重なんだ。よし!これから、その理由を説明してやる!」
幼なじみは「大和」に関する蘊蓄を語り始めた。
何度も同じ内容を僕は聞いている。
でも、彼が蘊蓄を語る姿は好きなので相槌を打ちながら僕は聞いている。
それに、彼は戦艦「大和」の艦長になるのが子供の頃からの夢なのだ。
戦艦「大和」は、日本帝国海軍の大和型戦艦の一番艦として建造された。
二番艦「武蔵」は同じ戦艦として、三番艦「信濃」は空母として建造された。
揚陸軍が健軍された時、上陸作戦支援のための強力な火力を求めた揚陸軍の要望に応えて、「大和」は揚陸軍に移籍した。
海軍に残った「武蔵」は対艦ミサイルに対抗するために、第三砲塔を撤去して、そこに垂直ミサイル発射機を置いたイージス艦に改装された。
だが、「大和」は上陸作戦支援の時の主砲による火力が何よりも求められていたため、主砲を撤去されるような改装はされずに、一部レーダーなどの電子機器が追加されただけの外見は新造時とほとんど同じ姿である。
さらに、幼なじみの蘊蓄は揚陸軍が健軍された理由に続いた。
これも何度も聞いているが、僕は彼の熱弁する姿を楽しんだ。
1940年代初め、日本政府はアメリカ合衆国政府からの中国大陸への門戸開放要求を一部受け入れ、アメリカとの軍事衝突を回避した。
日本国内では「売国」「国辱」などと騒動にもなったが、アメリカからの資本・資源により日本経済が活性化すると沈静化した。
アメリカが日本の「傀儡国家」として批判していた「満州国」は、アメリカは正式な独立国として認め、アメリカが支援することで、アメリカは中国大陸に進出する足掛かりとしようとした。
さて、政治状況の変化により、混乱したのは日本海軍であった。
日本陸軍は、満州国が正式な独立国になった後も、「関東軍」をあらためて「満州国派遣軍」とし、ソ連や中国を仮想敵とするドクトリンに変わりはなかった。
しかし、長年アメリカ海軍を仮想敵とし、アメリカ海軍との艦隊決戦のための艦隊を整備してきた日本海軍は、アメリカが事実上の同盟国となったことで仮想敵を失ってしまったのだ。
議会や新聞、一般世論などでも「アメリカと戦うことはなくなったのに、莫大な予算で巨大な戦艦や空母を維持する必要があるのか?」といった議論がされるようになった。
日本海軍は自らの存在意義を見つけださなければならなかった。
見つけだしたのが、中国国民党と中国共産党の内戦である。
中国国民党はアメリカが支援していて、中国共産党はソ連が支援していた。
中国大陸における米ソの代理戦争であった。
日本はアメリカに合わせて国民党を支援していた。
日本海軍は、中国大陸に軍事介入するための「上陸作戦専門部隊」を創設することにしたのだ。
海軍陸戦隊を拡充して、空母を揚陸艦に改装した。
それが日本帝国第四の軍である揚陸軍に発展したのには理由がある。
1940年代、日本では大本営に変わる常設の軍事機構として、アメリカの統合作戦本部を参考にした統合幕僚本部が設立された。
そして、アメリカ陸軍航空隊が独立した空軍になったのにならって、日本も陸軍航空隊を独立した空軍とした。(一部で提案された陸海軍航空隊を統合して空軍とする案は海軍の反対により採用されず。空軍は本土防空と大陸での航空撃滅戦を任務とし、海軍は洋上での航空作戦用の母艦航空隊と基地航空隊を保有し続けることになった)
統合幕僚本部で陸軍と海軍の意見が対立した場合、空軍が陸軍に同調する可能性が高く、2対1で陸軍の意見が常に優位になる可能性を海軍は怖れた。
それで、2対2とするため海軍の上陸作戦専門部隊を独立させて揚陸軍としたのであった。(当初は、軍の名前をアメリカ海兵隊にならって『海兵軍』とする予定だったが、『何でもアメリカの真似をするのはいかがなものか』という意見が出たため『揚陸軍』となった。陸軍の船舶兵を吸収する案もあったが、陸軍の反対により不採用となった。陸軍は同盟国となった満州国と中華民国の派遣軍を重視しているため、陸軍船舶部隊は縮小されている)
1949年の中国南北戦争の休戦後、現在では中国大陸は、満州国・中国民国・中華人民共和国の三ヶ国に分割さており、満州国・中国民国は日本とアメリカの同盟国であり、中華人民共和国とは敵対関係にある。
人民中国はソ連邦が崩壊した後でも中国共産党による中国大陸統一をスローガンとしている。
空軍の大陸間弾道弾や海軍の潜水艦発射弾道弾のように揚陸軍は核戦力を保有してはいないが、上陸兵力による脅威を常に人民中国与え続けている。
戦艦「大和」は、核戦力がある今では「骨董品」と言われることもあるが、人民中国の一般人にも理解できる「軍事力」として戦艦「大和」は揚陸軍の象徴であり続けている。
幼なじみの蘊蓄が終わると、僕は軽く拍手をした。
幼なじみの視線が僕の下半身に向いた。
「話は変わるが、本当に午後からのコスプレ大会に、その格好で出るつもりか?」
幼なじみの視線は、短いスカートから伸びる僕の健康的な太ももに向けられていた。
「うん、最近流行りのゲームの戦艦『大和』を擬人化して女性化したキャラクター『大和たん』のコスプレだよ。似合わないかな?」
「似合うよ!可愛い過ぎるよ!」
「嬉しい!初めて、僕のこと『可愛い』って言ってくれたね?」
「ところで、もう高校三年になるのに、いつまでお前は自分のことを『僕』って言うつもりだ?女なのに?」
「僕と君は小学生の頃、毎週日曜日の朝にテレビの五人の戦士が戦う特撮とバイクに乗って戦う男の特撮を一緒に見て、その後の女の子向きのアニメも一緒に見ていたよね?」
「あ、ああ」
「その女の子向きアニメの自分を『僕』って言うボーイッシュな女の子キャラの君は大ファンだったじゃないか?僕はそれに合わせていたんだけど?」
「えっ!?そうだったのか?てっきり、お前は俺に『男友達』みたくあつかってもらいたいからだと思っていたぞ」
「僕と君の間には、ちょっと誤解があったみたいだね。僕の君に対する気持ちは分かっただろ?君の僕に対する気持ちを教えてよ?」
幼なじみは口を開いた。
それから十数年後、僕は、いや、私は十数年前と同じく戦艦「大和」の甲板にいる。
今日は、あの時と同じく揚陸軍の一般公開日だ。
でも、幼なじみはいない私一人だけだ。
戦艦「大和」も老朽化により現役を退き、記念艦になっている。
私は結婚し子供を産み母親となっている。
でも、幼なじみはここにはいない。
彼は揚陸軍士官学校を卒業して、揚陸軍士官となったが、今はもう揚陸軍に所属していない。
彼の夢が戦艦「大和」の艦長になることであったが、彼が艦長が務まる階級になる前に、「大和」は記念艦になってしまった。
そして、彼はある理由により、揚陸軍を辞めて、今では……。
「大和」の甲板に設置された巨大なモニターには、地球の衛星軌道上にある軌道宇宙船が映し出されている。
日本の第五の軍、宇宙軍の軌道宇宙船「やまと」だ。
今日の一般公開日は、揚陸軍と宇宙軍合同になっている。
その宇宙船の船長が、幼なじみ……、いや、十数年前から私の「夫」である彼だ。
新たに健軍された宇宙軍は、陸海空揚陸軍から主に人員が選抜されて、私の夫も志願したのだ。
夫は最初は宇宙軍に興味がなかったのだが、軌道宇宙船の名前が「やまと」になることが決まると志願したのだ。
軌道宇宙船「やまと」は、宇宙で人間が長期滞在した場合を検証するための宇宙船で、武装はしていない。
だけど、私と夫の間だけでは、軌道宇宙船「やまと」を宇宙戦艦「やまと」と呼んでいる。
夫は昔の夢を違った形で叶えたのだ。
私と夫が、お互いの気持ちを確かめ合った記念艦「大和」の甲板で感慨深くなった。
ご感想・評価をお待ちしております。