青春は放課後にある
「あ、リョーマ君、遅かったですね……あれ?ジーク君も一緒ですか?」
ロルシーが俺に手を振っていると、一緒にいるジークの存在にも気が付いたようだ。
「おう、悪いねロルシー。ついさっき俺とリョーマは親友になったんで、俺も付き合わせてもらうぜ。」
「誰が親友だ。馴れ馴れしくすんなって言っただろ?…つーか、なんでテメェまでいるんだよ、クソ勇者。」
そう、俺とジークが待ち合わせの校門前まで来ると、ロルシー、ユリア、赤髪っ娘の他に、何故かディーノまでいたのだ。
ディーノは俺を忌々しそうに睨みつけている。なんだよ?決着つけてーんならつけてやろうか?
「フン、ロルシーとユリアさんの間に、お前みたいな野蛮な東洋人がいる状況を黙って見ていられるか。…それに、ジーク、なんで君までこんな東洋人と?」
「俺が誰と親交を深めようがお前には関係ないだろ?それに、俺は強い奴には興味があるんだよ。”誰かさん”みたいに無防備な奴を殴ったりしない本物の強い奴にな。」
ディーノが表情を強張らせる。ま、当然自分のした事に気がついてるだろうから何も言えないな。ジーク、もっとやれ。
「その事だけど、私からもディーノを叱っておいたから、ゴメンねリョーマ君。ほらディーノ、ちゃんと謝りなさい!」
「ぐぬ…と、東洋人、確かに、今朝の一件は俺にも非があった。す………………………すまなかった。」
どんだけ苦渋の思いで謝ってんだよ。反省の色がサッパリ見えん。
「クックックッ、相変わらずロルシーには頭が上がらないな、ディーノ。」
「…ジーク。仕方ないだろう、ロルシーは幼なじみだし、聖女なんだから。」
「ゴメンねリョーマ君、明日にはちゃんとディーノ本人に皆の誤解を解かせますから。」
なんか、もうどうでも良くなって来たし、勇者と敵対するのもプラスにならなそうだから許してやるか。
「ま、仕方ない。今回だけは特別に許してやるよ。これに懲りたら、無闇に俺に絡んでくんじゃねーぞ。」
「ぐ……………………………ああ。」
絞り出すように返事をするディーノ。ま、人間的に悪い奴じゃ無いのは何となく分かるから、これ以上は突っ込まないでおくか。
「それじゃあ皆様、そろそろ行きましょうか。私、学生の間は王家の別宅に住んでおりますから、そちらでお茶でもしましょう。」
今まで空気の様に黙っていたユリアが促すと、王家の紋章の、入った馬車が表れた。実はさっきからユリアの様子を見ていたんだが…なんかモジモジして戸惑ってる様にも見えた。こうして見ると、やっぱり二日前の行動的な彼女の印象とは大違いだな…。
…って、なんでディーノまで馬車に乗り込んで来きてんだよ!?盛大に叩き落としてやりたい所ではあるが、ここは我慢するか。
王家の別宅は学園から馬車で10分程の場所にあった。別宅って云うか…普通に豪邸だ。うん、流石王族。
中に入ると、早速数人のメイドと執事が出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様。お茶の準備は出来ておりますので、お客様はサロンの方へご案内致します。」
着いて早々広い部屋に通される。……一つ一つの家具が高そうだな〜。
円卓のテーブルに、ユリア、俺、ロルシー、ディーノ、ジークが時計回りの順で席に座る。赤髪の『アンナ』さんはユリアの後方に立っている。こういうのに馴れてないから緊張するな〜。他の皆は、やはり貴族なだけあって馴れてる様に見えるけど。
「それでは皆さん、これからも宜しくお願いしますね。」
ユリアの言葉に皆頷くと、メイドさん達が紅茶とお菓子を運んで着てくれた。
「それにしても、ユリア王女は何でまた学園なんかに?」
「王女は止めて下さいね、ジークさん。私は…王族として民の心を知る為の経験が必要だと考えて入学しました。ですので、王女扱いは極力控えて下さいね?」
「いやぁ、いくら王女…ユリアさんがそう言っても、流石に抵抗がありますよ。」
ディーノが苦笑いを浮かべる。このやり取り、朝もやったよな?まったく…すると、一瞬ユリアが寂しそうな表情を見せたのを俺は見逃さなかった。
あ…もしかしてユリアは………よし、一肌脱いでやろうか!
「ところで、なんでリョーマ君とユリアちゃんはお知り合いなんですか?リョーマ君、まだこの国に来て三日目ですよね?」
お、ロルシーからのナイスアシスト!これはそのまま利用させてもらうぜ!
「ああ、実は俺が街中で寛いでたら、急に後ろから"ユリア"に体当たりされてね。」
「…!?そ、それは!」
敢えて呼び捨てにして出会った時の事を語り出した俺に、ユリアは顔を真っ赤にして動揺しはじめた。
「で、こっちの意見も聞かずに強引にランチに連行されたんだよ。その間も、俺の故郷がヒノクニだって知ると目を輝かせてね。」
「ちょっ、リョーマ君!?」
焦ってる焦ってる…もう一押しだな。
多分、先日のあの活発なユリアが本当の彼女の姿なんだと思う。そして、ユリア自身も素の自分で学園生活を送りたいと願っているのでは?
さっきからモジモジしてたのも、素の自分を出して良いのかどうか王女として葛藤してたんじゃないかと思ったんだよね。だったら、素のユリアを俺が引き出してやる!
「その後も壁に手を突っ込んだり、高台に行って海を眺めたり連れまわされて、終いには、急用を思い出したとかって言って走ってどっか行っちゃうんだもん。その後息を切らして走って来た『アンナ』さんが俺に話し掛けて来たんだけど、今考えればあの時はユリアが勝手に城を抜け出して、それをアンナさんが追い掛けて来たんじゃないの?」
ユリアは顔を真っ赤にしたまま、あわわわ言っている。
さ、アシストは出したんだから、後は自分で勇気を出せ、ユリア。
……だが、ここで再び空気を読まない男が空気を読まない行動に出た。
「貴様ぁ東洋人!!王女を辱しめるとは何事だ!!」
……………このクソ勇者。何余計な事言ってんだよ?テメェがそんな事言い出したら、ユリアが素を出しづらくなっちまうじゃねーか。
案の定、ユリアはオロオロしてるし。ロルシーもジークもどうしたら良いか分からないでいる。
「やはり貴様の様な東洋人は王女の側に居るべきではない!とっとと出て行け!」
やっぱ、俺コイツと仲良く出来そうに無いわ…。ぶっ殺そうかな…もう。
険悪なムードが漂う中、そんな空気を引き裂いたのは意外な人物だった。
「何を図星を突かれて顔を真っ赤にしてるんですか?お嬢様。貴女の逃避癖は一度や二度じゃ無いんだから、今更恥ずかしがる事じゃないでしょう。毎回私を困らせておいて…反省してます?」
なんと、ユリアの従者であるアンナさんだった。
「まったく、さっきから折角リョーマ様がお嬢様の為に素の自分を出せる空気を作ってくれたのに、いつまで恥ずかしがってるんですか?王女としてではなく、一人の人間として学園に通いたいって言って我が儘を通したのはお嬢様自身でしょう?だったらいつまでもウジウジしてないで勇気を出して下さい。」
なんと言う毒舌…、なんと言う無表情。本当に従者なのかと不安になる程だったが、アンナさんは俺にだけ軽くウインクをしてくれた。やばい…惚れそう。
「あの…その……もう!何よアンナ!皆の前でそんなに怒らなくたって良いじゃない!?」
観念したようにユリアが素の自分をさらけ出した。これにはロルシーもジークも、クソ勇者も唖然としている。
「もう!そうですよ!学園に入学したのだってお城の生活が退屈だったから!外の世界を満喫したかったからよ!どう?これでいい!?」
どうだと言わんばかりにアンナさんに胸を張るユリア。取り敢えず、俺の目論見は成功だな。
「……ハッハッハ、やっぱユリアはそうじゃなきゃ。正直、王女モードのユリアはギャップがあり過ぎて同一人物に見えなくてさ。うん、今の方が断然可愛いよ。」
「…か、可愛い!?」
周囲が微妙な空気になる………あ〜れ〜?俺、今心の声をそのまま出しちやったかな〜?し、しまった〜!思惑通りに事が進んだのが嬉しくて油断しちまった〜!今の発言はイケメンにのみ許される玄道だった!間違っても俺なんかが口にしちゃアカン用語やった!!
「…も、もう!可愛いだなんて!!恥ずかしいじゃない!バカー!」
「いだっ!」
ユリアの肩パンが炸裂する。ちょっ、痛い!普通に痛いんだけど!
「あっ!リョーマ君、大丈夫ですか!?」
ロルシーが俺を庇うように抱き抱える。
「あ…その…御免なさい!リョーマ…痛かった?ちょっと見せて?」
今度はユリアが俺の腕を掴んで自分の方に引き寄せようとする。
「駄目です!リョーマ君の傷は聖女である私が治します!」
「なっ、私だって王家直伝の医療技術があるからそれ位治せるわよ!」
いや、別に傷も無いし、痛みももう無いんだけど…、ちょ、左右から引っ張らないで、裂ける!
この光景を、アンナさんは無表情のまま…いや、微かに口元に笑みを浮かべながら見つめている。
そして…
「分かったか?ディーノ。お前が余計な事したおかげで、王女は自分の中の殻を破る機会を失う所だったんだぞ?」
「そ、そんな…僕は、アイツが王女に生意気な事言うから…」
「お前なぁ、その空気読めない癖にいい加減気付けよ?リョーマは王女の為に敢えてあんな事を言い出したんだよ。」
「そ、それにしたって、王女に対してあまりにも…」
「それを王女本人が望んでたんだろうが?」
「うぐっ…………。」
「リョーマをこっちに寄越しなさい!王女命令よ!」
「自分から普通の人間として視てもらいたいって言いましたよね!?リョーマ君は私が治します!」
ああ…もしかしてらこれが世に言う修羅場ってやつなんだろうか?気が付くとロルシーは俺の首をスリーパーホールドしながら引っ張ってるし、ユリアは俺の腹に抱きついて引っ張ってくるし…。へへ…俺って罪な奴だぜ…。あれ、意識が遠くなってきたぞ?あれれ?なんか後頭部に柔らかい感触が…?…………。