入学式
「大丈夫ですか!?リョーマさん!」
ロルシーが俺の元へ駆け付けてハンカチを左頬にあててくれる。うん、例え完全アウェーでも、俺はロルシー一人が味方でいてくれたらそれでいいわ。
「ああ、何ともないよ、こんなカスパンチ。所詮無防備な状態の奴にしか当てられないんだから。」
そう言って余裕の眼差しをディーノに送ると、奴は何とも言えない表情で俺を睨んだ。
だが、威勢だけでアッサリやられた様にしか見えない俺に、周囲は容赦なく罵声を浴びせてくる。なんだってんだ?勇者ってのはそんなに偉いのか?
「ディーノ、何やってるんですか!リョーマさんに謝りなさい!」
「なっ、何言ってるんだロルシー。コイツは僕をおちょくったばかりか、彼女達にもヒドイ事を言ったんだぞ!?」
「だからって、勇者は好きに暴力を振るって良い理由にはならないでしょ?謝って下さい。」
なんだ?ディーノは随分とロルシーには弱気だな…。つーか、ロルシーがディーノに強気なんだ。勇者だからって特別扱いしてる風でも無いし。
「…クッ、おい東洋人!少々やり過ぎた事は認める。だが、これに懲りたら二度と舐めた態度は止めろ!」
わざわざビシッと決めてディーノが去っていく。それに連れて、野次馬達も散っていったのだった。
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〜数分前
ディーノとリョーマが口論になり、ディーノが黄金の魔力で己の身を包んだ頃…その光景を、物影から見つめている少女がいた。
(…あれが勇者…。確かに年齢を考えればかなりの力を秘めているけど…まだまだ粗削りね。)
それよりも少女は、勇者と口論になっている東洋人が気になった。あの東洋人は、相手があの勇者だと知っている。知っていて尚、全く恐れる様子もなく揉めているのだ。
(…何者?)
そんな少女の疑問は、次の瞬間、より大きな物となった。
リョーマが少しだけ己のオーラを送出させると、少女の表情が凍りついた。
(なんなの…あの研ぎ澄まされた魔力…いえ、東洋のオーラという力は!?しかも、あれで全力じゃない…?)
少女の視線は、リョーマに釘付けだった。そして、リョーマがディーノとの間合いを一気に詰める。
その後、ディーノがリョーマを殴り飛ばしたが、その一連の動きを少女は当人達以外で最も正確に把握してみせた。
(速い!?こんなの…学生の動きじゃない…。)
少女の頭の中がフル回転する。
(東洋人…勇者を凌駕する能力…まだ全力じゃ無い…。これ以上の実力?…何者?)
少女の頭の中に様々な仮説が立てられるが、そのどれもが確証を持てるものではなかった。
(リョーマ・コンドー………要注意人物ね…。)
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「まったくもう、ディーノったら…。リョーマさん、大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう。本当に大丈夫だから、それにロルシーが謝る事じゃないでしょ?」
名も知らぬ女の子との会話の効果だろう。舞い上がらずに会話が出来てる!これが成長ってやつか!
「本当にゴメンなさいね。ディーノとは幼なじみなんです。アイツ、勇者に認定されてからちょっと調子に乗る所があって…根は優しい子なんですけど…。」
まぁ、ディーノ自体はちょっと間抜けな所とかあって笑えるし、案外悪い奴じゃ無いのかもしれないが…あのご都合主義は質が悪いな。
ロルシーの優しさは本当にありがたいが、俺、今の出来事で一気に学園の嫌われ者になっちゃったかな〜?入学早々、流石にへこむわ。
「あの、なんか俺、多分今ので大多数に嫌われちゃったみたいだし、ロルシーもあんまり俺には関わらない方がいいかもよ?」
嘘です。心の中では、君だけは見捨てないでって願ってます!
「何言ってるんですか?どうせ原因はディーノの思い込みとかでしょう?だったら私からアイツにキッチリ誤解を解かせますよ。アイツ、私には頭が上がらないので。」
うう…マジでこの子は天使や!!
「ところで、リョーマさんは何組でした?」
「え?えっと…A組です。」
「本当ですか!?一緒のクラスですね!やった!」
ええ、知ってました。やったって言いながら小さくガッツポーズするロルシー…マジ萌える。
「取り敢えず、一年間宜しく、ロルシー。」
自然とロルシーを呼び捨てにする…。まさか、こんなにスムーズに実行出来るとは…凄いぞ俺!
「そうですね!…でも…ディーノも同じクラスですね…。」
なんだと!?あのクソ勇者とも同じクラスだと!?ガッデム!!
「フフフッ…」
ロルシーが俺を見て笑い出す。あれ?俺何かしたかな?
「リョーマさんって、考えてる事が直ぐ顔に出ちゃうんですね。」
なぬ!?そんな事、初めて言われたぞ?でも、確かに今はディーノと同じクラスのショックが顔に出たとは思うが。
「さ、折角同じクラスになれたんだし、一緒に集会場に行きましょう!」
ロルシーが俺の手を繋いで集会場へ向かう。なんなんだ?こんなに幸せで、本当に良いのか!?ディーノに殴られた事など、既に頭から消え去る位幸せだ!
集会場には既に多くの新入生が集まっていた。
一応クラス毎に列が決まってるようだが、クラスさえ合ってれば順番は特に決まってる訳じゃ無く、俺とロルシーは仲良く並んで椅子に腰を掛ける。
「そう言えば知ってました?今年の新入生は結構注目されてるんですよ。」
「注目?勇者がいるから?」
「それもありますけど、実は、アルヴィン公爵の次男『マイル・アルヴィン』、騎士団長の長男『ジーク・カルバン』に勇者『ディーノ・シーフィールド』と、中等部時代から武に優れた3人が入学するんです。更に天才魔術師で伯爵家の娘『ネメシス・ロンダリング』、文武両道の大商家令嬢『サファリ・ライラック』に…私事で恥ずかしいんですが聖女『ロルシー・ソフィーナ』と、巷では30年に一度の豊作と言われてます。」
ディーノは先程の件で、俺程では無いにしろかなりの実力である事は分かったが、そのディーノに並ぶ実力者が二人もいるってのか?
その上女性徒も有望で…って、聖女!?ロルシーが聖女!?
「聖女って…じゃあロルシーは回復魔法を使えるのか?」
回復魔法を使える術者は希少だ。それこそ、使えるだけで聖人聖女と讃えられる程に。牙狼でも一人しか居なかった。
「凄いな…じゃあ、ロルシーの将来は安泰だな。」
その上、あまりに希少だから戦争中でも前線に出される事も無いし、常に万全の守備で守られる事になるから危険も少ない。
「そう…ですね。私としては荷が重いんですけど…。おかげでディーノとワンセットにされて嫌なんですよ…。」
この間からだが、ロルシーのディーノに対する態度はちょっと強めだなぁ。嫌いなのかな?そうあって欲しい!
「ロルシーはディーノとは幼なじみだっけ?」
「ええ、同じ伯爵家で親同士も仲が良くて、子供の頃から姉弟の様に育ってきました。ディーノも子供の頃は素直で良い子だったんですが、10歳の能力鑑定時に勇者認定されてからは暴走気味で…。」
能力適性鑑定。そうか…国によってはある年令になると能力鑑定師に自分に最も適した職業の能力を鑑定してもらうんだったな。で、この国は10歳でそれを行うのか。ヒノクニには無い文化だな。
「まあ、素直な所は昔から変わってないんですけど、下手に力を認められたせいで自分の考えが正しいと思う節が目立つんですよね。昔は私の言う事なら何でも聞いてくれたのに。」
ふむ…面倒な性格だな。扱い様によったら扱い易いんだろうが、俺とは出会い方が最悪だったし、これから仲を改善するのは骨だな…ま、改善する必要も無いが。
「あ、一人忘れてました!優秀かどうかは分からないんですけど、今年の入学生の中に"王女"がいるって噂もあるんですよ。」
「王女?この国の?なんで王女が学校になんか通うんだ?」
「本人の意向だそうです。」
王女の教育など、それこそ城内で最高水準の教育が学べるハズだろう。何より、一国の王女が一般人に混じって学園生活なんか送ったら、その間の警護や何やらでかなりの負担があるだろう。当然周りは反対するハズだし、それでも本人の意向でって事はかなりの我が儘か世間知らずの王女様って事かな?
「…まぁいいや。俺はあんまり関わりたくないな。目立つの嫌だし。」
すると、ロルシーは申し訳なさそうに俯くと、力強い眼差しで俺を見つめてきた。
「…大丈夫です!リョーマ君は私が守りますから!」
え?え?なんで??
「ディーノのせいでリョーマ君、皆に誤解されちゃったでしょう?アイツ、あんなんでも勇者なんで、周りからは崇拝されてるんですよ。今朝の一件で間違いなくリョーマ君は皆に嫌われちゃったと思うんです。さっきも言いましたが、誤解はディーノ自身に解かせますし、私はリョーマ君の味方ですから!」
………嫌われたと云う理不尽よりも、ロルシーが俺の味方だって言葉に涙が出そうになる。何なのこの子!マジ・マイ・スゥイート・エンジェルだ!
気が付くと全ての席が埋まっている。俺達は最後方の席に並んで座っていたのだが、前の席でディーノが恨めしそうに俺を見ている。…あ、アイツ、ロルシーの事が好きなのかな?フッ、だったら…ざまぁ!
入学式が始まる。本来なら退屈でしかない儀式も、隣にロルシーが座ってくれているだけで幸せな空間になってしまう…。これが…恋なのか!?嘘!?海を渡ってまだ三日、もう目標達成しちゃうの?俺!?
「新入生代表挨拶、1年A組、ユリア・ヴァルデモード。」
なんだ!?司会進行役の教師の一言に、会場内が一気に湧いた。
「王女ですよ、リョーマ君。やっぱり噂は本当でしたね。」
ああ、王女か。確か本来なら新入生代表って首席の奴がするんだろうけど、王女だったら文句は言えないな。
最後方の席のおかげで王女の顔はよく見えないが、我が儘なイメージとは違って落ち着いた口調で挨拶している。なんか、カリスマ性を感じるな…流石は王女。
つーか、王女も同じクラスか…。ま、あんま関わる事も無いだろうし、俺にはロルシーがいるから関係ないぜ!