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最強の少年、海を渡る  作者: silver
19/20

幕間 戦場の死神 前編

-創世記789年12月



 二年に渡ったカンシン王国とルシアン帝国との戦争は、カンシン王国がルシアン帝国の侵略を跳ね返す形で決着を迎えようとしていた。


 領土拡大の為、隣接するカンシン王国に攻め入ったルシアン帝国は、屈強な帝国軍を率いて侵攻を始めた。その圧倒的な軍事力に、当初カンシン帝国は尽く敗走を繰り返し、誰もがこの戦争の早期決着を予想していた。しかし、戦争開始から一年経った頃、形勢は少しずつカンシン王国に傾きを変える。その最大の原因となったのが、一つの傭兵団の存在だった。


 カンシン王国から海を挟んだ島国であるヒノクニ、そのヒノクニが誇る最強の傭兵団”牙狼”。黒字に狼のマークが描かれた団旗が戦場に現れれば、敵対している者にとって”死神”が現れたと同意義とまで恐れられている。


 それでも、軍事力に絶大な自信を誇るルシアン帝国は引かなかった。戦火は激しさを増し、多くの人の血が流れた。だが、次第に戦況はカンシン王国有利に傾く。あらゆる局面で牙狼が関与したからなのは明らかであった。



 そして、牙狼がカンシン王国に加勢して丁度一年、ルシアン帝国は最後の決戦を仕掛ける。帝国のトップ、エメーリヤエンコ・ゴルバチョフ大王自らが軍を率いてカンシン王国王都に攻め入ろうと突撃して来たのだ。


 屈強な大王の軍に次々と防壁を突破されたカンシン王国だったが、それすらも作戦だったかの様に、気が付けば大王軍は全方位からカンシン王国軍に囲まれ、最早引く事も出来ない状況となっていた…。




「はっはっは、絶対絶命だな。のう、エーリッヒよ。」


「…そうですな。……やはりこの戦、完全に我らの敗けですな、大王。」


「その様だな…。これも戦の定め、勝者がいれば敗者もいる…今回は戦の神が我々に微笑まなかっただけの話し。」


 周囲を万を超す敵軍に囲まれながらも、その表情はこの状況すらも楽しんでいるかのようなエメリヤーエンコ・ゴルバチョフ。そして側近であり将軍のエーンリッヒ。


 ルシアン帝国軍の兵8000を、カンシン王国軍30000が取り囲んでいる。進むも地獄、戻るも地獄のこの状況で、ゴルバチョフはかつて無い程の高揚を覚えていた。



「さて…最後は派手に死に花を咲かせたいものだな…エーリッヒ。」


「御意。ですが、このまま突撃しても犬死…一兵士に貴方様の首は勿体無いですぞ?」


「ふっ、それもそうだな。なら、俺の首を取るに相応しい武人との一騎打ちでも望んでみるか!」


「…まあ、相手がそれに応えてくれるかは疑問ですがな。」


 ゴルバチョフは、単体の戦闘能力なら世界でも1・2を争う程の武人として名を轟かせている。そんなゴルバチョフに一騎打ちを申し込まれても、受ける者が現れるかはエーリッヒにしても疑問だった。



 ゴルバチョフが拳を天に突き上げ、有り得ないほどの通る声で吠えた。


「我が名はエメリヤーエンコ・ゴルバチョフ!!この場にいる勇気あるものよ、一騎討ちにて我が首を欲する強者はおらぬか!!!」



 戦場にも関わらず、その声はこの場にいた周辺の兵士達に届いた。そして…


「俺がやろう!我が名はシュー・キンペリ!カンシン王国の将軍だ!貴様の首を取るのに相応しいのは俺の他におらぬだろう!」


 シューはカンシン王国の将軍。王国軍の実質上のトップだったのだが、戦功の殆んどを牙狼に奪われ、軍の信頼が低下していた事もあり、一発逆転の機会と見たのだ。



「ほう、カンシン王国の将軍か…。いいだろう、かかってこい!!」


 二人の一騎討ちの為に、両軍の兵士が場所を空ける。



「行くぞ、エメリヤーエンコ・ゴルバチョフ!!うるああああーー!!」


 剣を構えてシューが走りだす。だが……次の瞬間、シューの身体は縦に真っ二つに斬り裂かれた…。



 ゴルバチョフが自分の身体程のバトルアックスに付着した血を振り払う。


「………話しにならんな。そうだ…牙狼…、牙狼の者はいないのか!?このワシに…ルシアン帝国に敗北を味あわせた元凶!この戦は確かに我々の負けだ…。最後に男気を見せて我の相手をせよ!!」


 非常に理不尽な申し出だ。カシンシ王国軍としては既に勝利が確定しているのだから。その上、今のシューの末路を目にした兵士たちは誰も動こうとはしない。



 しかし、その言葉に歓喜を以って興味を示している男がいた…。


「おもしろい…。俺が相手してやる…。」


「え?駄目だよ!トシ兄は副長でしょ!?やるなら一番隊隊長の僕が行くよ!」


 牙狼副長トシゾー・ヒジリと一番隊隊長ソージ・サワムラは、一騎討ちに対して受ける気満々だった。だったのだが…、彼らが今居る場所は、ルシアン軍の逃走を防ぐ為の後方部隊、ゴルバチョフの居る場所からは3キロ程も離れた場所だった。ゴルバチョフの声も当然届く距離では無く、前線から伝わって来た情報を得て動き出そうとしたのだ。



 トシゾーとソージは移動しながら考える。


「う~ん、僕達が向かう前に、他の隊員が一騎討ちに応えてるんじゃないかな~?」


「バカヤロウ!俺は常に隊員以外の奴に一対一で負けるなと教えてる。つまり、”勝てない相手”とはやるなって教えてるんだ!ゴルバチョフを相手に真正面からまともに勝負出来るやつなんか、牙狼でも俺だけ……と、お前位だぞ?」


「ハハッ、今自分だけって言おうとしたね。良いよ、多分僕じゃ少し分が悪いかもね…。でも、そんな強い奴と戦える機会をみすみす逃すつもりは無いよ?」


「この戦闘狂が…なら、俺が負けたら次はお前がやれ。」


「ええー!?トシ兄なら負けないじゃん!駄目!僕が先だよ!!」


「うるせー。仲間をみすみす死なせる訳にはいかねーだろ?……ところで、配置的にゴルバチョフに一番近い場所にいる隊長は誰だ?」


「えっと…『ハジメ』ッチは違うし、『ウノスケ』ッチも違うな……あ!」


「どーした?」


「…………今、一番近い場所にいる隊長は…”リョーマ”だ!?」



 トシゾーの表情が固まる。


「リョーマか?本当か?でも、アイツなら進んで面倒事に突っこんでは行かないだろ?」


「うん…でも、リョーマには面倒事の方が突っこんで行くんだよ…。」


「…そうだったな。マズイな…アイツの存在は出来るだけ隠しておきたい所なんだが…」


「前から聞きたかったんだけど、なんで局長もトシ兄もリョーマの事を隠そうとしてるの?もう隊長も任せてる位なんだから、少しくらい名前と顔が売れた方が良いんじゃないの?」


「…お前等には黙っていたんだが…アイツはな、キレると手がつけられなくなるんだよ。実際、俺はそれで死にかけた。」


「トシ兄が!?嘘でしょ??じゃあキレたらリョーマはトシ兄より強いの!?」


「…それでも今はまだ俺の方が上だろう。でも…アイツはまだ子供だ。自分の力を理解していない。だから、今はまだ見守ってやらないとな。」


「じゃあ…もし仮に、リョーマがゴルバチョフを倒しちゃったら?」


「…全力で隠蔽だ。…まあ、全てを隠すのは無理だろうがな…。」



 そして…トシゾーとソージが戦線へ向かって移動している頃、自分の申し出に誰も名乗りを上げて来ない事にゴルバチョフは腹を立てていた。


「…フン、牙狼といえど、腑抜けの集まりか。トップが名乗り出る位は期待してたんだがな…そのトップもどうせ腰抜けなんだろう。」



 その言葉に、一人の少年が反応した。


「取り消せ…。今の言葉を取り消せ!!」


 少年はゴルバチョフの前に立ち、睨みつけている。



「…ほう、小僧、まさかお前がワシの相手をするとでも?」


「今の言葉…局長を…親父を馬鹿にする様な言葉を取り消せ!!」


 少年の腕を、仲間と思われる男が引っ張る。


「馬鹿!そのうちトシゾーが来る、それまで黙ってりゃいいんだ!」


「『シンパチ』さん…俺は、仲間を…家族を侮辱されて黙ってられる程大人じゃねーんだよ!!」


 少年は怒りから完全に周りが見えなくなっている。腰に差した刀…黒刀をゴルバチョフに向ける。


「俺は牙狼十番隊隊長だ!お前の相手に不足は無いだろう!?」


「小僧が?牙狼の隊長?………ふむ、確かに、その身に纏うオーラは、貴様が只者では無い事を物語っておる…。良かろう、いざ尋常に、勝負!!」



 大王と少年の一騎討ちが始まった。パワー・経験はゴルバチョフが圧倒的に上、それに対して少年は圧倒的なスピードとセンスで対抗して見せた。



「小僧…名を聞こう。我が生涯最後の相手に相応しい御主の名を!」


「リョーマ…リョーマ・コンドー。お前がさっき馬鹿にした、イサミチ・コンドー局長の息子だ!!」


「ふっ、先程の失言を詫びよう、リョーマよ。お前程の息子を育て上げたのだ、コンドー局長はさぞ立派な武人なのだろう。そして、そのコンドーにも詫びよう。将来有望な息子の命を散らしてしまう事を!」



 戦いは激しさを増す。だが…地力の差だろうか?徐々に少年はゴルバチョフの攻撃に圧されていく…。そして、辛うじてバトルアックスをかわした瞬間、強烈な蹴りを受けて吹っ飛ばされてしまった。



「ぐふっ…か…かはっ!」


 血反吐を吐く少年。肋骨は何本か折れ、臓器にもダメージを受けた。最早まともに動ける状態ではない。



 そこへ、ようやくトシゾーとソージが到着した。


「シンパチ、状況は!?」


「ああ、今までよく凌いでいたんだが…今の一撃で深刻なダメージを受けたな。」


「そうか…。リョーマ!後は俺がやる!今すぐ代われ!!」



 だが、少年にトシゾーの言葉は届いてなかった。痛みで意識が途切れそうになる。だが、それでも少年を奮い立たせるのは牙狼の教え。”牙狼たるもの、隊員以外の者との一対一に負けてはならない…”。


 自分が負ければ、牙狼の名に傷が付く。仲間達がバカにされる…。それだけは我慢ならない。そして、目の前の相手に歯が立たない自分の力の無さに激しい怒りを覚えていた…。



 少年は立ちあがる…。眼光は鋭くゴルバチョフを捉えて離さない。


「…大した根性だ。牙狼の隊長…そうでなくてはな。ところで、牙狼には御主より強い者がいるのか?」


 ゴルバチョフの問い掛けにも少年はもう口を開かない。朦朧とする意識の中で、ただ戦う事だけに集中し、意識を手放したのだった…。

後編は30日更新です。

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