意外な強敵
ナジムの口から放たれた炎が俺を襲った。
「なんだと!?あのタイミングで炎!?」
ジークの驚きの声が聞こえる。この模擬戦では魔法の使用は特に禁止されてはいないが、それでもこの攻撃が危険な物だとその場にいる全員が感じたのだろう、至る所から驚きの声と悲鳴が上がった。
………だが、俺は無傷だった。咄嗟にその場で高速スピンを行い、炎を逸らしたのだ。あれ?今の避け方って…多分普通じゃないヤツだったかも?
先生を見ると、あちゃ〜って顔をしている。…いや、こんな曲者を俺の相手にしたアンタのせいだかんね!?
ナジムもあまりの俺の避け方に驚いたのか、怪訝な表情で間合いをとった。
「……今のは、どうやって我が炎を逸らしたのだ?」
なんだ、喋れたのかコイツ。しかもまだ冷静だ。前言を上方修正、ナジムは初見ならディーノやジークにも勝てたかもしれない。今の炎の威力はそれ程の威力を秘めていた。
「厄介だな〜、なんでよりによってお前みたいな曲者と戦わなならんのだ。」
「…それはこっちの台詞だ…東洋人。貴様こそ何者だ?」
「チッ、うるせーよ、このゴム人間。お前もこの国に来たばっかなんだろ?」
ナジムは何も言わない。相変わらず焦点の合ってない目で俺の出方を警戒している。
ああ…分かる人には分かってしまっただろう。結果的にナジムの奇襲と隠し玉を難無く捌いたのがどれ程凄い事なのかを。
現に、ディーノとジークは俺達の闘いに釘付けになってるし。考えたら頭に来た。偶然でも何でも装って、一撃でぶっ倒してやる。
少しだけオーラを身に纏う。これにより、俺の身体能力は格段に上昇するのだ。
俺の様子が変わったのに気付き、ナジムの表情が明らかに変わった。
「なんだと!?…くっ、…お主…本当に何者だ?」
ナジムがダラダラと汗をかき始める。やはりコイツは強い。自分と相手との差にしっかり気付ける程に。
「俺は普通の学生だ。普通の!普通の学生!分かったか?じゃあ…そろそろ終わりにするぞ!」
一気に近付き、模造刀をナジムの首筋に、振るう。頸動脈に軽く当てて気絶させる為に。だが、ナジムの首がゴムのようにしなり、俺の一撃の威力を吸収してみせたのだ。
「うそん!?もう万国ビックリ賞は要らないって!!」
コイツ、全身ゴムなのか!?だとすると、普通に考えれば打撃は効果が薄い。模造刀だと部が悪い!
更に上方修正だ。状況的に見て、今回の模擬戦で仮にナジムがディーノやジークと当たってたら…ナジムが勝つ可能性はかなり高かっただろう。
……先生…完全に裏目じゃねーかよ!
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ナジムは相当焦っていた。
彼は、世界でも最も苛烈な紛争地域でもある中東に於いて最強の傭兵団"ジ・ハード"の次期総帥の座を約束された男である。
このキングダム学園に入学する際も、同学年に勇者等の実力者がいると聞き、自分の力を存分に発揮し、己の強さを試す事が出来ると楽しみにしていた。先程のディーノとジークの模擬戦を見た際にも、自分なら彼等に勝てると確信する程に己の強さに自信を持っていた。
だが、今目の前に立っている東洋人は、自分とは強さの桁が違っていた。
ナジムの戦法は他から見れば、変則的な飛び道具であるチャクラム、伸縮自在の打撃、口から吐き出す炎の3つだけに見えるが、実はもっと多くの攻撃を仕掛けていたのだ。
まず、目と目が合う事により相手を恐慌状態にする催眠術。耐性があるリョーマには無効だった。
そして、実は途中から左手の指輪を外していたのだが…それにより伸縮自在なだけに見える打撃が一撃必殺の攻撃に替わっていたのだ。実はナジムの左腕は"毒手"である。普段は指輪で効果を消しているのだが、現在は一撃でも触れるだけで相手は毒に侵される状態なのだ。当然、模擬戦では禁じ手なのだろうが、ケースケは相手がリョーマなので流している。他の教師陣や生徒達は気付いてもいない。
結局この2つの攻撃は、リョーマには全く通用していないのだ。
ナジムは、生まれてから同年代では常にダントツの強さを誇っていた。だからこそ、目の前の東洋人に恐怖を覚えてしまった自分が許せなかった。禁じ手まで使っているにも関わらず、何も出来ない無様な自分に…。
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ケースケ・サンナンはジッと戦況を伺っていた。
リョーマには適当な相手を宛がうと言った。しかし実際は、ナジムは恐らくディーノやジーク以上の実力者だ。
実は、ケースケはナジムの実力を見誤った訳では無く、敢えてリョーマの相手に選んだのだ。
イサミチ・コンドーはケースケにリョーマを頼むと言った。それを、ケースケはより強くなれる様に"成長"させてくれと言っているのだと解釈した。
なら、リョーマには試練を与える必要があると考えたケースケは、まず自分の弟子であるロビンをけしかけた。牙狼の凄さ、リョーマの強さをロビンに自然な形で刷り込めば、女がてらに今の地位を得たロビンなら確実にリョーマに勝負を挑むだろうと。
…結果的にリョーマは精神的に大きく成長しただろう。
そして今回のナジムとの一戦も、リョーマを更に成長させる為の策だった。
ナジムの所属するジ・ハードの現総帥と牙狼局長コンドーは友好関係にある為可能性は低いが、今後何処かの戦争でナジムと戦う可能性だってあるのだ。その時の為の経験を積ませたいと考えていたのだが…
「ふむ…いかにジ・ハードでも、やはり同世代ではリョーマの相手は荷が重すぎたな…。」
あまりにも余裕でナジムをあしらうリョーマに、今回の策の効果がイマイチだった事を自覚していた。
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もう、コイツ、メッチャ強い奴じゃん!?あくまで同年代ではだけど。
さて、これ以上戦っても良い事は無いだろう。洗練された攻撃に対処するだけでも強さは測れるんだから。
なら…一発で決めるか。
「おい、ナジム。お前、一体何者なんだ?」
ナジムにしか聞こえない程度に話しかける。
「それはこちらのセリフだ。お前こそ何者だ?」
「いや、最初に聞いたの俺だから?」
「うぬ…明らかにお前の方が異常だろう?」
「はあ!?全身ビックリ人間のお前に言われたくないわ!!」
「ぐぬ…ならば、俺を倒せば教えてやる…時間の問題かもしれんがな。」
ほう、分かってんじゃねーか。
「だが、簡単にやられるつもりは無い…。」
ナジムの魔力…中東では”チャクラ”と言ったか?そのチャクラを最大限まで練り上げた。
そして繰り出される伸びる手刀のラッシュ+毒効果。俺以外の生徒にはまるで手が数十本ある様に見えてるだろう程の高速の連打だが…俺には通用しない。
掌にオーラを溜める…。そして、ランクBギリギリの位の動きで一気にナジムの懐に飛び込み、掌を胸に叩き込んだ。
「あがっ…!?」
ナジムの心臓がほんの一瞬だけ活動を停止する。
そして…ナジムはストンと膝から崩れ落ち、失神してしまった。
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「この攻撃すら、余裕で捌くと云うのか!?」
一撃必殺の連打…それすらもリョーマは一撃一撃をしっかりと避ける。想像はしていたナジムだったが、己との実力差に驚きよりも感嘆を覚えていると…リョーマの雰囲気が変わった事に気付き、ナジムは素早く身構えた。
だが、気が付くとリョーマが目の前にいて、次の瞬間ナジムの胸に強烈な衝撃が走った。
薄れ行く意識の中で、ナジムはとある傭兵の事を思い出す。それは、国を発つ前に仲間が話していた傭兵の事だ…。
「エメリヤーエンコ・ゴルバチョフを討ったのは、牙狼の最年少隊長らしい…。」
ナジムの中で、牙狼の最年少隊長とリョーマの姿が重なった…。
(なんで…こんな所に……?)
そして、ナジムの意識は途切れたのだった。