模擬戦開始
敷地内に設けられた闘技場。ヒノクニでも盛んに行われるヤキューと云うスポーツのグラウンド程の結構な広さだ。
俺達1年A組とB組の合同で、これから模擬戦が行われる。
模擬戦の組み合わせは特に決まっておらず、当人同士で承諾していればその相手と行う事も可能。それ以外は適当にその場で決めたり、教師が勝手に決めたりする様だが、基本的に男女での対戦は禁止されているようだ。
「さて、じゃあお前らもお待ちかねの模擬戦を行う。この模擬戦の結果は特にお前らの成績に影響するものでは無い。あくまで、現段階のお前らの実力を俺達が測るという意味合いの物だから、勝敗に固執せず力を出し切る事を第一にして行え。」
ケースケ先生、言ってる事は良いのだが、ポケットに手を突っこんだまま気だるそうに言ってるから生徒達も不安になってるじゃねーか。この人、ホントにロビンさんが言ったように正しい心を持ってるのか微妙だな。
「まず男子からだな。じゃあ戦りたい奴から始めろ!」
次々と男子の模擬戦が行われていく。クラスメートの情報をジークに聞きながら見ていたのだが…………う~ん、これが一般的な同年代の実力なのだろうか?多分、俺が5歳の頃よりも弱い奴もいるぞ?
中には、少しだけ研けば光る様な奴もいたが、それは今後の見込みがあるだけの話。しかも、成長してもランクCが限度な位だ。
「さて、次は俺だな…。」
一時間程経過し、ジークが立ち上がると、ディーノが闘技場の中央に立っていた。あの二人が模擬戦をやるのか…。
「ディーノとか…。勝算は?」
「…聞くな。アイツとは今までも幾度となく模擬戦をやって来たけど、一度も勝った事ねーんだよ。」
「そうか…。じゃあ、記念すべき最初の勝利を期待して見ておくわ。」
「ああ。期待して見ておいてくれ。」
ジークとディーノが闘技場で向かいってると、ケースケ先生が俺の元にやって来た。
「これで、お前が気を使う相手はいなくなったから、思いっきり手を抜いて戦えよ?」
ケースケ先生が俺の耳元で呟く。なるほど…気を使ってくれた訳か。
「サンキュー。今後も、アイツ等とは極力戦いたくないから宜しく頼むわ。」
「分かってるよ。話はロビンからも聞いてるしな。…まったく、いきなり故郷に帰ろうとするとは…コンドーが泣いてるぞ。」
「も、もう大丈夫だって。絶対に上手くやってみせるよ…。ロビンさんとも約束したし。」
力強い言葉を残し、ジークも闘技場へと向かって行った。
「クックック…おめえ、ロビンは俺の娘みてえなもんなんだからな?適当に相手して泣かせやがったら殺すから、手え出すなら覚悟して手え出せよ?」
…はい。肝に免じておきます!この人、やっぱり親父の親友だわ。一瞬だけ放たれた殺気がトシ兄にも劣らない殺気だった。
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闘技場中央では、ジークが大剣の模造剣を、ディーノが片手剣の模造剣を持って向かい合っていた。
「ヘッ、またお前とか、ディーノ。」
「ま、仕方ないよ。僕達の相手が務まる人間なんて、学生では他にはマイル位だからね。」
「違いねえ。もう一人いるが、”アイツ”の相手をするには俺達の方が力不足だろうからな。」
ディーノはその言葉には返事を返さなかった。だが、剣を握る力が強くなる。
「さぁ、いくよ、ジーク!君は僕に勝った事が無い。今日もまた同じ結果にしてやるよ!」
「チッ…事実なだけにムカつくが、今日は一泡吹かせてやるぜ!!」
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激しい戦闘が始まった。ハッキリ言って、今までの奴等と比べたら実力が段違いだ。本当に同年代なのかと疑いたくなる位だ。
「牙狼最年少隊長から見てどうだ?あの二人は?」
「ああ、レベルは高いよ。さっきまで他の奴等の退屈な模擬戦を見せられたから尚更そう思うんだろうけど。」
「はっ、正直だな。ま、こと戦闘の事ならふざけたりしないからな、牙狼は。」
「まあね。この二人ならこのまま研鑽していけば、いずれ牙狼にスカウトしても良い位だよ。」
「ほう、この国の勇者と、騎士団長の遺伝子を受け継いだ息子がスカウト止まりか?」
「ま、今すぐ牙狼に入隊すれば5年後には隊長クラスになれる可能性はあるんじゃない?今すぐ入隊すればだけどね。」
「ふむ、牙狼の隊長とは中々高評価だな。さて、そろそろ大詰めだが…。」
ジークとディーノの戦いは、力で圧すジークに対して技で対向するディーノの構図で一進一退の攻防が続いていた。
「チッ、相変わらずお前はいやらしい戦い方だな?勇者さんよ。」
「君相手に真正面から対向するなんて愚の骨頂だからね、ジーク。」
俺と先生以外は気付いてないだろうが、少しずつディーノに流れが傾いていた。
やはりそれぞれの武器がキーになっている。体力が同じで手数も同数なら、得物が重い方が早くスタミナを消耗する。しかし、二人の差なんて本当にそれ位のものだ。少し策を労すればどちらにでも勝敗が転ぶか分からない程度の。
「先生、この模擬戦は別に評価は関係ないんだろ?あの二人、共に成長させたいんなら、もう止めてやった方が良いかもね。」
ディーノはジークに勝利する事によって、己の力を過信する訳では無いだろうが、今以上の努力を怠るかもしれない。であれば、今まで勝ち越していたジークと引き分ける事で悔しさを与えてあげた方が努力をするタイプだろう。
ジークは、乗せてやった方が伸びるタイプだ。負けてヤル気を出すタイプではない。
…まぁ、多分だけどな。
「お前、中々人を育てる才能もあるのかもな。よし、それまでだ!!」
このタイミングで止められるとは思ってなかったんだろう。ジークもディーノも戸惑ってる様に見える。
「流石は新一年生期待の星だな、二人とも。他の生徒も、この二人に近付ける様に努力を怠るな!」
クラスメート全員が大きな返事をしている。今の二人の模擬戦は、彼等にとっては最高の刺激となったのだろう。
「チッ、終わりか…。」
「その様だね。ジーク、相変わらず強いね、流石だよ。」
「嫌味だねぇ。ま、褒め言葉として素直に受け取っておくよ。」
ジークが俺の元へとやって来る。
「ふぅ、まぁ、やられずに済んだわ。」
「何言ってんだ?あんな凄い戦いしやがって。これじゃあこれから戦う俺の立場がねーじゃねーか。」
「へっ、よく言うな。じゃ、楽しみにしてるぜ。」
さてと、次は俺か。残念ながらジークの期待に応えてやるつもりはないけどな。さ〜て、俺の相手はと…。
真正面には俺の相手が立っている。長身で褐色の肌だが見るからに貧弱。もやしみたいな男だった。先生…流石にこれは気ぃ使い過ぎだろ?
「それじゃあA組リョーマ・コンドー、B組ナジム・ハメード…初め!!」
相手の得物はチャクラムか…珍しい武器だな。
ナジムがチャクラムを投げてくる。軽く避けるが、背後からブーメランの様に戻ってくるだろう。チャクラムの軌道は既に経験済みだ。
なら、迎撃して一気に間合いを詰めてやるか。
帰ってくるチャクラムを待ち構えて模造刀で叩き落とす……と、予期せぬ間合いからナジムのパンチが飛んで来た。当然かわしたが……今、明らかにナジムの手が伸びた!?
「お前、ヨガの使い手か?」
「………。」
ナジムは何も言わず、ゆらゆらと身体を揺らしながら俺の様子を伺っている。
「…チッ、無口な奴め。」
静かなのが逆に不気味だ。しかも変則的な戦闘スタイルだし、どうやって決着着けようかな…と、考えていると、またもチャクラムが飛んできて、合間に伸びた手足による打撃が俺を襲う。
チラッとケースケ先生を見る。…気まずそうな顔をしている。ナジムを外見だけで弱そうと判断してたんだろう。ちゃんと生徒を見やがれ!
ハジムは俺が見ても、ここまででディーノやジークに次ぐ実力の持ち主の様に見える。
先程の攻撃は初見ならディーノやジークでも多分避けきれず攻撃を喰らっていただろう……って事は、さっきの攻撃を初見で簡単にかわしてしまったのは不味かったかな?
過ぎてしまった事は仕方ない。今までの分析だと、ナジムは接近戦は苦手だろう。一気に間合いを詰めて、接近戦でゴリ押しして何とか勝ったフリをしよう!
チャクラムと手足を"何とか"掻い潜り、接近戦に持ち込む。すると………ナジムの口から巨大な炎が吐き出され、俺の上半身を包み込んだのだった。